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「でにをは」別口入力・三属性の変換による日本語入力 - ペンタクラスタキーボードのコンセプト解説

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貴重な映像資料 日本語ワープロ誕生の秘話

2017-05-10 | 関連書籍・DVDのレビュー
プロジェクトX 挑戦者たち 第VI期 運命の最終テスト~ワープロ・日本語に挑んだ若者たち~ [DVD]
国井雅比古,膳場貴子,田口トモロヲ
NHKエンタープライズ


今回紹介するのは珍しく映像です。
今では懐かしい番組ですが、産業界・実業界から国家プロジェクト・スポーツ・エンターテイメント界にわたるまで数々の名ドキュメントを残してきたNHKの「プロジェクトX〜挑戦者たち〜」から第95回目の放送「運命の最終テスト 〜ワープロ・日本語に挑んだ若者たち〜」(初回放送2002年9月3日)のDVDを紹介したいと思います。

20世紀も半ばを大きく過ぎ、世界の経済界が隆盛を誇っていた頃、ビジネスシーンにおいて整った文書の作成はなくてはならないものとなっていました。
欧米では一般の人がタイプライターで契約書を作っていましたが、その一方日本で活字を打てるのは数少ない和文タイピストだけ。言語の特性とはいえタイピング文化の趨勢に日本はついていけず、まさに日本語が経済の足かせとなっていました。
アルファベット26文字に対して漢字50000、これでは全く勝負になりません。戦後日本語の表記を改めローマ字表記に統一しようとする動きもあったくらいでしたから何とか乗り遅れまいとする当時の産業界では相当の危機感があったはずです。
そんな折とある新聞社から当時ベトナム戦争で大量の記事を電信で送るために使われていた漢字テレックス鍵盤の、お世辞にも良いとは言えない使いづらさの窮状に東芝の森健一さんが「なんとかしてみます」と対応に奮闘するところから話は始まります。

その後紆余曲折があって本格的に日本語入力タイプライターへの取り組みが始まったのですが、技術的な壁に直面しつつも「変換」という概念をブレークスルーにして実用化させ商品化を目指す技術者たちの物語が描かれています。
そしてまたこれは、常にダイナミックに変容し続けている企業の、組織人たちのドラマでもあります。日本語ワープロ開発の立ち上げに携わった人員もまだ限られており、正規の業務課題ではなく少人数の人員でひっそりと行う"アンダーザテーブル"の研究対象であったのです。(一応上司の承認がいるが)
未公認のプロジェクトを責任者に認めてもらうために知恵を絞る技術者たち…市場に商品となるものを世に出すためには数々の技術的課題をクリアしていかねばなりません。製品の小型化、変換率の向上、変換スピードなどの問題をひとつひとつ打開していく技術者の苦労が語られていきます。
その頃東芝青梅工場では大型コンピュータ製造からの撤退、事業縮小が進められようとしている最中の社内情勢もあり瀬戸際に立たされながらの状況で上司との対決も迫ってくるという非常に緊張感のある展開となっています。

2回視聴した限りで印象に残ったのはプロジェクトのリーダーである森健一さんの言葉
「日本語のいいタイプライターというのが手近にあって誰でも使えるものでなければいけない」
「小学生から大人の人まで老人までもが使えるような道具が欲しいと」
などのような国民誰でもが使えるような、特別に訓練された者だけにとどまらない取り扱いのしやすさを追求する信念のようなものがうかがえるセリフです。
この言葉は番組の構成上も重要な役割を示すので見逃さずに心に留めておいた方がいいでしょう。
かくして新商品は文章を加工する機械=ワードプロセッサー(ワープロ)と名付けられ機種名 JW-10の名とともに日本の技術史の中でも燦然と輝く業績となったのです。


――とストーリーの紹介はこの辺にして、このドキュメントに盛り込まれなかったいくつかの背景事情もあわせて頭に入れると有益なのでここに記していきたいと思います。

1.まず、「かな漢字変換」という概念を初めて使ったのは九州大学の栗原俊彦先生という方であり先進的な研究をしていましたが当時沖電気と共同で研究をおこなっていたので森さんは協力を得られませんでした。そこで森さんは本番組で登場した工学部出身の河田勉さんを一年間京都大学に留学させています。(京都大学も九州大学と並んでコンピュータでの言語処理のメッカだった)

2.困難なことに、開発メンバーの一人である天野真家さんはこの番組が放映されてから何年も経ったのちに2007年12月、日本語ワープロの発明に関する職務発明を巡り東芝を訴訟するという事態にもつれてしまいました。この番組の制作時、問題が露呈する前の微妙な事実関係の認識があったせいか今考えてみると都合よく演出された観がぬぐえない描写も一部にあります。
具体的には、
同音異義語の選択を機械がするということについてさまざま問題で苦労していた天野真家さん(本番組の出演者の一人)とのやりとりシーン・
<雑誌を抱えた森が天野のもとへやってきた「ヒントがあったぞ」医学誌とスポーツ誌を広げた>
<職業によってよく使う単語は決まっている。最初は使う人が単語を選び、次からはその単語を機械に優先的に表示させればいい>
<学習機能をつければ変換率は大幅に上がるぞ>
*ここの部分は事実と違います(演出上の問題かもしれませんが正確ではありません)
――変換時に使用頻度の高い単語を優先的に表示する技術については第一審で森氏が具体的・創作的に関与したものと判断することは困難である旨の判断がなされています。
森さんはリーダーとして方向性を打ち出していったかとは思いますが、開発チーム内での「その発明者の議論の相手になって,その発明に本質的に貢献した者も発明者である」とのルールがかえって真の発明者の線引きを難しくさせて事態がややこしくなってしまったのは残念です。
その後天野さんは2011年に高裁へ控訴する事態に発展するものの翌年東芝と和解し(天野氏曰く「200%満足」)、一応の解決に至りました。
入力したかなの前後関係から候補を判断する「局所的意味処理による二層型かな漢字変換」は天野さんの単独発明であることが認められましたし、「優先権の付された単語を記憶する記憶手段-暫定辞書を用いた学習方式」についても第一審でこそ3人のメンバーでの共同発明となっておりましたが今回の和解により評価も鑑みられた結果となっているかと思われます。(和解内容は非公開なため推測でしかありませんが…)

3.本番組や他の書籍などでは登場してきませんでしたが、出演した3人のほかに武田公人さんもメインメンバーの一人として重要な貢献をされたのでここに記しておきます。
開発が進む過程の中で天野さんが国文法の枠組みの中だけでは計算機で言語処理の扱いに窮するので国文法にない、コンピュータで扱うための品詞体系を整備する必要に迫られるなどいよいよ大詰めを迎えてきたのに伴い森さんから新たなメンバーとして紹介されたのが武田さんであります。
彼は固有名詞の処理エンジンやファイルシステムまわりの処理を担当し、アンダーザテーブルの中で正規業務の手前人員・時間を割けなかった中で天野さんをうまくサポートし技術的なやりとりをしました。
のちに全国発明表彰や特許庁長官賞も受賞するほどの実質的貢献者として大きな功績を残されています。


…以上の補足知識を顧慮しつつ番組を視聴すると奥行きのある鑑賞ができるかと思います。
時代の流れなのか、この番組の舞台にもなった東芝の青梅事業所は2016年暮れに売却されてしまい跡地には大型物流施設が建設されるとのことですが日本語ワープロにかけた先人たちのロマンあふれるドラマは今後も心に刻まれていくことでしょう。
懐古主義というわけではありませんが、こんな今だからこそみる価値のある1本だと思います。

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