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papalion - 航海日誌

東京で活動するライブバンド papalion(パパライオン)のブログです。

お遍路を自転車で・・・31(15日目2)

2007年12月22日 | お遍路を自転車で・・・
お遍路一覧(廻った順)ページはこちらから >>> ①徳島~高知編 ②高知~愛媛編

2006年の秋、自転車でお遍路四国八十八ヶ寺を廻った話の続き。

お遍路を始めて15日目、写真は宇和島城。

>>お遍路を自転車で・・・30の後、宇和島探索を始める、まずは駅からと宇和島駅に行った。市街は再開発の様子で道路拡張やら区画整理で、いたる所に更地や工事中の看板が立っていた。かといって東京の幹線道路のように、忙しく働いている現場の人も見られない。工事やら建設等で現場にいる人口密度が圧倒的に少ないのか、四国では見慣れた風景。今年ツアーで日本中を廻ったけど、田舎といわれる場所の現場はそんなもんで、逆にこれが普通なんだとも思う。

市街をぐるっと自転車で廻っていると、中心部のアーケードでお祭りをやっていた。なんの祭りだったのかな。

お祭り風景
宇和島といえば宇和島城と闘牛。まずは築城の名手、藤堂高虎が造った宇和島城を見に、お城へ向かった。宇和島城は平山城で、山々の間にぽっかり空いた宇和島の平地中央にこんもりとそびえる平山城だ。宇和島に来る時も、山頂に天守があり、あれが宇和島城かと一目でわかった。
お城への入口を探して山をぐるっと廻っていると、東側に入口を見つけた。
大きな大手門が無いお城のようで、入口はわかりづらい場所にあった。
天守閣までは急な上り道で、意外と大変。途中途中に30m四方くらいの平地(丸)は備えられているが、手入れが行き届いてないのか、それが目的なのか、城は樹木に覆われた山で、山頂に天守閣がぽつんとある、今まで見たことが無いようなお城だった。
天守の周りを包み込むような本丸の遺構も、立派な石垣も樹木に覆われていてわかりずらい、少し手入れして欲しい感じ。でもそれがいいのかもしれない。
2年程前、仕事で姫路に行った時に姫路城を探索したのだが、その規模、建造物に圧倒された、さすがは文化遺産。宇和島城は高虎の築城という事で期待してただけに、もうちょっとその内容を詳しく見せて欲しい感じはした。時間があればもっと見たかった。
天守閣へ先を急いだ。
天守からの眺めはよく、山と海に囲まれ、平野を一望できる。昔は城の西側がすぐ海だったそうで、この天守から見下ろす風景は、「さすが」の一言。
今まで、地方地方行く先々でお城は見てきたけど、お城はこうあるべきだ的な模擬天守を備えた城郭は沢山見たが、宇和島城のようなスタイルのお城は初めてで、その分楽しめた。さすがは現存12天守の一つだ。
もう17時を廻り、お城も閉まってしまうので、下山し、インターネット喫茶に行った。1時間ほど調べものをして、お弁当屋さんで晩飯を買い、ホテルに帰る。
宇和島のもう一つの観光名所である闘牛は諦めた。土地土地で美味しいものを食べれるような旅はしたいけど、なかなかね。お金が無いからね。

ホテルには大浴場があったので、お弁当を食べてから汗を流しにいった。
大浴場には2、3人先客がいた。湯けむりの中進んでゆくと、先客の背中には入れ墨が。
今日お祭りがあったから、地域周辺の暴れん坊が宇和島に集まってきたんだろう。これはこれはと思いささっと身体を洗い、湯船に入り、サウナにも寄らず、そそくさとお風呂を出た。脱衣所にも2人ほど別の入れ墨さんが来ていて、場所柄禁じられているはずのタバコの煙が漂っていた。
汗も引く前に浴衣を着て、自分の部屋に退散した。
部屋を出る用事も全く無くなり就寝。


次の日の朝、結構朝早かったので、ホテルを出て宇和島にある大村益次郎の仮宿を見に行った。
大村益次郎は「花神」という司馬さんの本の主人公で何回か読んだので興味があり、せっかくだからと見に行ったのだが。仮宿は見つけづらいところにあり、道にも迷ったが、時間を掛けて見に行くほどのものではなかった。
続きは>>お遍路を自転車で・・・22

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お遍路を自転車で・・・30(15日目1)

2007年12月21日 | お遍路を自転車で・・・
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2006年の秋、自転車でお遍路四国八十八ヶ寺を廻った話の続き。

お遍路を始めて15日目、写真は御荘から宇和島の道中にある歩行者自転車専用トンネ
ル。

朝「ビジネスホテルプラザ御荘」で目覚め、手早く荷物を片付け、誰もいないロビーに別れを告げ、40番観自在寺に行く。観自在寺は、ホテルからほんの目と鼻の先にある。早朝、朝日を浴びながらお参りをする。早朝にお参りをするのも久しぶりなのですごく気分がいい。
続いて宇和島を目指した。
今日は、宇和島で安いホテルを予約してある。距離的には45kmくらいだから、そろそろ漕いでも4時間もあれば辿り着く距離。ゆっくりと走り始めた。
御荘の市街を出たら大きな公園があった。テントを貼れるような大きさ。昨夜、キャンプ場所探しを諦めず走ってたらここに辿り着けたはず。運を呼び込めなかった自分に憤慨。
さらに走る。時折、海も臨めて、素敵な風景の連続。

走り始めて1時間くらいのしたか、前方に急な上り坂と、山が立ちはだかった。その手前にある道脇の空き地で休憩しようとしばし休止。
空き地の木陰に、先客の歩きお遍路さんがいた。
「これはどうも」としばし雑談。
このお遍路さんはただ者ではなく、話を聞くごとに嘘だろ!と思うような内容ばかりだった。
彼は八戸(青森県)の人で、なんと新潟から歩いて来て四国に入ったとか。日本中をてくてく歩いてるらしく、リヤカーマンの本を読んで感銘を受けて、徒歩旅に目覚めたそうだ。「四国はお遍路があるせいか、人が温かいですね」「半年働いて半年旅に出る生活してます。1日多くても1000円で生活してますよ」と、からから笑いながら東北のなまりで話してくれた。
1日1000円って出来そうな金額だと思うだろうけど、意外と難しい。キャンプ場は300円くらいするから基本野宿か。飯はどうする?1食200円だと栄養が心配。自炊すれば大丈夫だろうけど、そんな器材を抱えて歩くにはもうリヤカー引っ張るしかない。
まあ、そんな素敵な旅人に出会って、話し込んで30分くらい経過、朝の貴重な時間が刻々と進んでいくのに危険を覚え、強引に話を終わらせ、旅をリスタートした。

旅人と別れて、山を上り始める。峠越えかと思ってたら、途中にトンネルがあった。自動車用と歩行者・自転車用に別れてる。素敵なトンネル。内海トンネルだと思う。誰もいない。田舎の公共施設は金が掛かってるけど利用者はいるのだろうか心配になる。田舎の集落をつなぐ重要なトンネルを造る事はいい、ただ、利用する人々を集められないのが、今、田舎の一番の問題だと思う。
トンネルをくぐり、休憩所で水を汲んでると、先ほどのお遍路さんがもうここまで上ってきた。
急いで再度別れを言い、自転車に乗った。

この辺りは本当に綺麗なところで、海も穏やかだし、道もなだらかで走りやすい、もちろん景色も素晴らしい。

観自在寺と昼の弁当を食べた辺りの風景

昼は、コンビニでお弁当を買い、コンビニの裏の田園風景を見ながら食べた。午後の稲を刈り終わった田園風景が綺麗だった。こんなお昼休みを東京で味わいたいな、と思った。
まだ昼過ぎ、もうすぐ宇和島だ。

徐々に人家が見え、住宅団地が見え、宇和島の市街に着いき、予約したホテルを探した。安いホテルだからか駅近くには無く、港ちかくにあった。荷物を預かって貰い宇和島探索に出かける。まだ15時程度だ。日は陰りはじめたが散策には十分、珍しく時間があった。

続きは>>お遍路を自転車で・・・31で。
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お遍路を自転車で・・・29(14日目2)

2007年12月19日 | お遍路を自転車で・・・
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2006年の秋、自転車でお遍路四国八十八ヶ寺を廻った話の続き。

お遍路を始めて14日目、>>お遍路を自転車で・・・28の続き。写真は地元で賑わう道の駅「サニーサイドパーク・すくも」。

宿毛の手前で道の駅「サニーサイドパーク・すくも」を見つけて立ち寄った。珊瑚のお土産が安く売ってた。宿毛名物「だるま夕日」は本日は見えないらしい。
まだ昼には早かったので、道の駅を出発し、続いて走るとすぐ宿毛市街に着いた。
宿毛では溜まった衣類を洗濯するためにコインランドリーを探した。ホテルの近くならあるかもと思い地図を手に探したが無かった。
コインランドリーを諦めて、次の目標、39番延光寺へ向かう。宿毛市街を越え、国道沿いに走っていると、コインランドリーを発見。金額も高かったがしょうがない、キャンプ生活が続く予定なので、衣類を手早く突っ込み、39番延光寺へ向かった。延光寺の参拝を終えて、コインランドリーに戻り、乾燥機に衣類を突っ込み30分休憩。近くに食堂もお店も無かったので、常備してたカロリーメイトとジュースでお腹をごまかした。

だるま夕日ナビと宿毛の名士林有造の家

コインランドリーで待ってる間に、お客さんが入ってきた、お遍路さんだ。
裸の上に白衣・輪袈裟を着て菅笠をかぶった、プロレスの「新崎人生」のような若い歩きお遍路さん。野宿上等、なんでもこい!的な感じ。
衣類を乾燥するまで時間があったので話をしてみると、お坊さんから5000円の接待を貰ったとか、毎日野宿で、道の駅で寝れる時は贅沢だとか、豪快なお遍路体験談を聞けた。ぶっきらぼうな言いぶりに若干戸惑ったが、いかにも野宿お遍路らしい感じがした。
乾燥が仕上がると同時に別れた。

もう14時を廻りそうな時間帯、宿毛市街に再び戻り、コンビニで非常食を仕入れて、愛媛の御荘に向かって出発。途中峠越えはあるが20kmの道のりなので普通に行けば2時間とかからないはず。
愛媛県に入って少し走った所に、一本松温泉あけぼの荘があった。まだ15時30分過ぎで日暮れまで1時間30分は余裕があったのですぐ決断してすぐ温泉に入った。17時前には大森山公園キャンプ場に着きたい。

一本松温泉から6kmくらいのところに大森山公園があり、この施設の中にキャンプ場がある。
公園に到着後、公園施設の管理室に行った。管理の人の話では、「キャンプ場は9月で終わりでこの時期はやってない。しかも明日は公園で太鼓祭りがあるから、公園内でテントを張るのは無理だ」と。
「どうしても泊まりたいなら、公園前の国道沿いのあずま屋はどうだ?」と言われた。
行ってみると車の通行量は多いし、人通りも多い狭いスペースで、かろうじて屋根があるくらい。ここは諦めた。こんなとこで一晩過ごせるか!と腹が立った。

ここ御荘は海が近く、海水浴場に行けば砂浜でテントが張れるのではと思い、急いで御荘の街のコンビニで食料を買い、海へと向かった。これが失敗。
もう日が落ちてきた。自転車のライトもオン、海までは地図上すぐ近くだが、山が立ちはだかり、暗がりの中やっと山を越えた。そのまま海岸への急な山道をそろそろ下ると海に着いた。が、海水浴場には8mほどの砂浜しかない。これが海水浴場?後ろが山で8m幅の海水浴場なんて見た事が無い。こんなところにテントを張って夜波にさらわれたらアホだ。
だが、道路は、海岸沿いではなく、山道をまた登って山の尾根沿いに走っているので、闇雲に行っても先はどうなっているか全く予想できない。
砂浜でテントを張る事を諦めた。

御荘の市街地に戻り、この後をどうしようか思案してたら、近くにホテルがあり、行って料金を聞いたら、6000円程度。さらに、この街で一番安いところはどれくらいですか?と聞いてみると「ビジネスホテルプラザ御荘」が5000円くらいだとか。
御荘の先にキャンプできそうな公園が地図上ではあったが、もう夜になっているし、さっき自分の判断が二度も失敗したので、悩んだが、キャンプを諦めホテルに向かった。
もう19時を超えてたが、ラッキーな事に部屋は空いてた。4日ぶりのベッド、お金の事なども忘れて落ち着いた。
就寝。

続きは>>お遍路を自転車で・・・30で。
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お遍路を自転車で・・・28(14日目1)

2007年12月17日 | お遍路を自転車で・・・
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2006年の秋、自転車でお遍路四国八十八ヶ寺を廻った話の続き。

お遍路14日目、写真は朝の爪白キャンプ場。遠くの小さい白点はお遍路さん夫婦。

今日は長かった高知も最後、爪白キャンプ場から宿毛を抜けて愛媛の御荘まで行く予定。御荘といえば宮本輝の「流転の海」で舞台となった場所だ。
朝、テントを片付けて、キャンプ場で一緒だった歩きお遍路さん夫婦にお別れの挨拶をして、海沿いに宿毛へ向けて走った。海は雲の隙間から朝の日差しが差し込み、なだらかな海岸風景に空の光線がプラスされた美しい風景だった。



途中、何度か海沿いの短いトンネルを抜け走って、30分ほどたって内陸に入り、ずっと穏やかな風景の中を走ってると、道の駅「ふれあいパーク大月」に着いた。ここまでコンビニも無かったので初めての休憩。
来る途中、この辺りはコスモス畑が多いなーと思っていたら、どうも自治体の観光資源のようで、何年か前から休耕地を一面コスモス畑にしてしまおうと頑張っている人がいて、今、大々的に宣伝してるようだった。小夏アイスという美味しそうなのを売ってたので食べた。小夏は高知ではなじみの柑橘類で、さわやかな酸味と甘さが魅力、グレープフルーツほど酸味がきつく無く小さいのが特徴。

人が少ない田舎道を宿毛へ向けて出発。

続きは>>お遍路を自転車で・・・29で。
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