天窓風景

簡単goo →OCNの閉鎖に伴う一時保管所

love letter

2005-07-05 20:12:00 | 日記
高校の卒業式の翌日生まれて初めて、ラブレターを出した。   

きっかけは、仲良しの女の子が
「彼に思い切って手紙を書いた」
と言ったからだ。  

その時
「おおっ!そうだ もう二度と会えないかもしれないじゃん、それくらいしなくちゃ」

急に思いつくところがすでに出遅れ 周回遅れだった。

しかし返事は来た。
出すと翌々日には返事が届いて、あっという間にみかん10キロ入りの箱が一杯になるくらの手紙になった。けれど1年後、
「看護婦さんと暮らしています、君の手紙はほんとうに楽しかった」


楽しかっただとぉ!!!!!  一体全体ワタシの手紙をなんと心得ていたのだ、
相手は浪人中だった、だからなるべく楽しくて、気持に負担にならないように気遣って手紙を書いていた。けれど
彼の大学合格を聞いてから  アタシは実行するつもりだった。

     首でも全身でも、赤とかピンクのリボンをつけて・・・・彼の住む関東の大きな町へ
(ただ、相手の迷惑は露ほども、考えてなかった。そこが若さというか馬鹿さだった)


そういう手紙には受けとられてなかった
・・・文才の欠落  稚拙な暗喩は 「恋」への「変換」には遠すぎた。
  彼はワタシよりはるかに国語の成績だって良かったのだ。
何故気づかないかっ  だから第一希望校に滑ったのだっ!  ふんっ!
ナースとそんなこと あんなこと こんなことしてるからだっ
第一、1年間ワタシと手紙のやり取りをしながら一体いつ知り合ったのだ、知り合って翌日から住み始めたのかよぉ  ううう  落涙


見たことも無いナースにウラミはない、ないけど・・・
丁度その直後、父が入院をした、父は
「いつも親切してもらってるから、今はやりのストッキングを買って来て欲しい お礼にするから」
サポート~ってやつで当時一足2千円したヒット商品だったと思う。
そんなものを知っていることが、いかに「女性にマメ」だったかを物語っている。

ワタシは頼まれた物ではなく、普通の値段のストッキングを買い、差額をピンハネしたのだ。

それでウラミは流すことにした。なんて人間ができているのだろう、寛容なのだろう 我ながら惚れ惚れしている。



・・・・・ちきしょぉ~ ・・・でも、あたしはウラミがましい性格じゃない、ほんとに爽やかな、軽快な人生を心がけている、
    ただ、ほんの少し記憶力がいい。

20年以上も前のことを書いてしまった。
今もあんまり「白衣」が目にはいる場所には行かない。
平常心を失いそうになるからだ    ははは嘘ぴょ~~~ん