大玉村社協ブログ 

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第18回ふくしまボランティアフェスティバルに行ってきました

2015年02月28日 16時31分08秒 | ボランティア

大玉村では大玉村ボランティアネットワーク主催で、毎年11月23日にボランティアフェスティバルを障がいのある人もない人も世代を越えて、祭り(フェスティバル)を通して一緒に地域福祉を創りあげることを目的に実施しています。

同じ「ボランティアフェスティバル」という文言が入っていますが、本日(2月28日)は福島県全体で常日頃ボランティア活動をしている団体を表彰する、福島県社会福祉協議会主催の「第18回ふくしまボランティアフェスティバル」に出席してきました。

というのも、このブログでもすっかりお馴染みの大玉村で活動を開始して20年を経過した「かあちゃん弁当の会」が福島県社会福祉協議会長表彰という立派な表彰を受賞することになったので、かあちゃん弁当の会の役員の皆さんに同行させていただきました。

会場はビッグパレットふくしまの大ホールだったのですが、会場はご覧の通り首都圏の朝の通勤時間の電車のように超満員です。

会場の隅に目をやると県知事感謝状や県社協会長表彰、感謝状を受ける団体や個人の方の活動紹介が掲示してありました。

地元の団体であれば活動内容が分かるでしょうが、せっかく県内の多くの立派な活動をしている他の団体や個人の方も受賞されるのですから、どのような活動をしているのかを知るための機会を用意してくれているのはありがたいですね。

更には挨拶や祝辞、講演等の際にお話をされている方の隣りで手話通訳をしている方の姿はよく目にしますが、

耳が聞こえづらい方等のために話している内容をその場で文章にして視覚的に分かりやすい配慮をしている、というのを始めてみました。身体的なハンディがあったとしても、キチンとした心配りをすることによってハンディがハンディではなくなる、という見本を見せていただきました。

流石は福島県社会福祉協議会ですね。

と言うわけで、誉ある席上で名前を呼ばれて起立しているかあちゃん弁当の会の皆さんです。

せっかくですので式典終了後に記念写真を撮らせて頂きました。

本日はかあちゃん弁当の役員の方でボランティアフェスティバルに出席できる方だけにご参加いただきましたが、役員の方の努力はもちろんですが、100名を超えるかあちゃん弁当の会の皆さんの20年以上に渡る活動が認められての受賞ですので、本当におめでたいことです。

かあちゃん弁当の会の皆様、おめでとうございます。

式典終了後、法相宗大本山薬師寺執事長の加藤長胤氏より「いま求められる癒しとは ~奈良・薬師寺のメッセージ~」をテーマにした記念講演でお話をお聴きしました。

非常に素晴らしいお話でしたので、以下に講演の概要プラス私見だけまとめさせていただきます。

心に不安がない状態のことを安心と言います。

では身体に不安がない状態のことを何と言うでしょうか。「らくちん」と言いますね。では「らくちん」を漢字で書けますか。

漢字で書くと普通は「楽ちん」って書きますよね。この「楽ちん」の「ちん」まで漢字で書くと「楽身」という仏教用語になるそうです。このまま読むと「らくしん」。このらくしんが段々なまって、現在は「楽ちん」という言葉で定着したようです。

心に不安がなく、身体にも不安がない状態のことを仏教用語では「身心安楽(しんじんあんらく)」、普段我々が使う言葉では、この状態のことを「健康」と言います。つまり健康とは身体の悪いところがないことだけを指すのではなくて、心も安定している状態のことを言うんですね。

そして我々俗人からすると修行というと滝に打たれたり、断食したり、火の上を歩いたりを想像するかもしれません。

ドラゴンボールを読んでいた方は大きな亀の甲羅を担いで歩いたり、大岩を押して動かすことを想像するかもしれませんが、本当の修行とはできることを続けることだそうです。

ということは本日ビッグパレットふくしまに集まっている皆さんは普段からボランティア活動を継続している方がほとんどだと思います。ボランティア活動、というかどのような事であっても活動を継続するためには無理をしたのでは長続きしません。出来る事をやって、それで喜んでくれている人がいる、場合によっては良くなる環境があるわけです。

ですから、皆さん仏教でいうところの修行をしているんですね。

そしてお釈迦様は奇跡はないと言うお言葉を残されているそうです。

結果があるのには何らかの原因があって、それを繋ぐのが「縁」。

例えば私はボクシングをやったことはありませんが、ボクシングではラッキーパンチはないと言われるそうです。

どのようなパンチであってもそれは日頃からの練習が背景にあって、その日頃の練習(これが原因ですね)を普段目にすることがないから、立っているのがやっとのような状態だとして、その状態から打ったパンチが相手に当たって、相手が倒れる(これが結果になります)、見ている私達からすればあんなフラフラな状態から逆転をするなんて奇跡だ、と思えたとしても、キチンとした日頃の練習があるからこその逆転になるわけです。

このような目に見えない力を加視力と言うそうです。

そして私達は偏らない心、こだわらない心、とらわれない心で、喜び、感謝し、敬いの気持ちを忘れないことが大事だよ。

という趣旨でした。

それ以外にもボランティアの語源は「ボランタリー」というラテン語が元になっていて、日本語に直すと「志願兵」となりますが、仏教ではボランティアのことを「布施」という、薬師寺には檀家もいないし、お墓もないのだけれど、どのような方法でお堂の再建をしたのか、同じ事柄であっても受け取り方によって結果が違ってくる等、非常に含蓄に富んだ講演でした。

なお薬師寺に安置されている国宝の吉祥天女像や聖観世音菩薩立像、重要文化財や名宝の数々が仙台市博物館で4月26日から6月21日まで特別公開されるようですので、興味のある方は足をお運びください。

午後からは3つの会場に分かれて、分科会を行いました。

私が参加させていただいたのは「生活支援ボランティアの可能性」のシンポジウム。

現在65歳以上の一人暮らしが全国に600万人いて、孤独死はおよそ3万件ぐらい起こっているそうです。

一人暮らし高齢者は増えるとも減ることはないので、お互いに助け合える分野で助け合うことが必要だよ、それも何かあった時だけではなくて、日常的に手を差しのべ合えるような関係性の構築が必要、ということで、児童分野や高齢者分野、労働組合、地域福祉を推進している社会福祉協議会という活動内容や視点が違う4明のシンポジストの方が日頃の取り組みについての紹介をされました。

孫子が「彼を知り、己を知らざれば100戦危うからず」と言っていますが、別に戦うわけではなくても、他地域で実践されている優れた活動を知って、大玉村でその活動がないけれども必要だから是非実施してみよう、という新たな気付きにも繋がったシンポジウムでした。

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