お寺ふぁん・続々

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関東管領 平井城 五十子陣 てんぐ茶屋 享徳の乱 (2)

2021-10-15 | 日記


 
  腹が減りました。
 
 てんぐ茶屋さんでそばを頂きます。いい感じのお店です。地元の名店のようです。うま~

 
 
 五十子陣の案内の方に歩くと・・

 
 ぞうさんがいました。ただ、最近訪れる人はあまりいないようです。草が教えます・・
 



 
 赤っぽい神社のような屋根がてんぐ茶屋さんです。
 
 実はてんぐ茶屋さんが五十子陣の中心部のようです。
 
 五十子陣とは・・?
 
 

(図は戸谷八商店さんのhpからお借りしています。)
 
 
 享徳の乱の勃発に伴い、公方と管領の勢力圏は利根川をはさんで東西に分かれています。
 
 利根川が江戸湾に流入していますね。家康入府まではそうだったようです。大工事で銚子に流すようになりました。
 
 戻って、公方方は東北部上野方面を圧迫します。五十子の地は公方方に押さえられると管領方が分断されてしまう要地です。
 
 よって砦を築いて主要な一族を入れました。
 
 それは要地であることを教えることにもなり、攻撃を誘引します。
 
 小競り合いを繰り返すうちに山内家家宰長尾景信が死没(死因は不明 討死ではないとも)します。
 
 子の景春は自分が家宰を継ぐものと思い込んでいたものの、任命は他家であり継げなかったことに猛反発、公方方に寝返ります。これにより五十子陣の拮抗は崩れ陥落します。
 
 享徳の乱の内、長尾景春の離反・反乱を長尾景春の乱というようです。

 
 現代の護岸ですが、雰囲気は残っているんですかね?
 
 アンテナは無かったでしょうけど、似たものつまり物見やぐらはあったでしょう。
 
 ずっと平たい地で人為的な高みがないと人の背くらいだと遠望できなそうです。

 
 深谷ネギですかね? そろそろ収穫でしょう。
 
 ここも陣の内だと思います。



 
 当時から季節には咲いていたんでしょうか・・?
 


 しっかし、ま~いつもでしょうか? この日だけ? 新大宮バイパス大渋滞でした。

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