小説 ONE-COIN

たった一度、過去へ電話をかけることが出来たなら、あなたは、誰にかけますか?

十月の出来事 1

2005年04月16日 | FILM 十十一十二月
アンテナ微弱【十の一】→→→ バッティングドームの中に、快音が鳴り響く。八十キロのエリアに入り、液晶画面に移る弱そうなキャラクターが投げるまねをし、液晶に開けられた小さな穴からボールが飛び出し、網で挟まれるボックス目掛けてやってくる球を金属バットで力任せに叩く。

 もちろん、野球経験などなくスイングは、プロ野球の延長時に、次に始まるドラマを待ちながら、なんとなく見たものを参考にする。しかしながら、良いスイングをすることが目標でもなく、これから、野球サークルに入部する予定もない。私が求めているものは、ストレスの発散と、適度な運動と、斜め上に掲げられたホームランマークを目指すことだった。私を挟んで、左側には、私と変わらない考えの優希が、子供用の短く軽いバットでスイングを続けていた。右側では、バットを持たずに、トヨのような溝を転がってくるボールを握り、大きく腕を振り被り、なぜか大リーグで投げていた佐々木投手の真似をしながら、鋭い眼差しで、並べられたパネルに向かいキックは投げ続けている。キックのホームをみて、あっ佐々木選手の真似をしている、なんて思う人は誰もいないだろうけれど、パネルを見つめる眼差しは真剣そのものなので、あえてその事に触れない。このストライクアウトを以前、私も挑戦した事があったが、そのとき半分はパネルに届かず、山形に投げて辛うじてパネルに触れる程度で、肩がきしきしと痛みだし、おもしろくもなんともなかった。ところが、キックは、山形ボールなど一度も投げずに、振り被った腕からは、まっすぐな直球がパネルに向かって突き刺さる。ちなみに、野球の経験はまったくないので、フォークのようにボールが沈むことはない。それどころか、野球を見ないキックがフォークをしっているかも疑問である。今、見る限り、何球投げたかは定かではないが、九枚中、四枚のパネルが開けられている。けれど、ひとつだけ違う点があった。それは、し切りに鼻の下辺りを気にし、手で摩っているところだ。疑問に思いながらも、そんな姿に、ただ、関心するばかりだ。

「球、勿体無いよ、無心に振るべし」

 背中越しの、優希の声とスイングの音で我に返り、躊躇なく穴から飛び出る球が、キャッチャー代わりの緑の網に受け止められていた。バットを握り直し、構えボールに集中する。ボールが当たると、ずしりと重くなり腹に力を込め前へと押し出す。低い位置にまっすぐ飛ばしたときは、特に重く、逆にホームランマークへ飛んだときは、その抵抗も少ない。テレビで、力じゃなくタイミングだと聞いた事がある。まさしく、それに近い。そして、そんなときは、溜まらず気持ちよく爽快な気分になる。
 当たりは良かったが、明らかに力がなく高くホームランマークへ目指すものの、ふらふらとしていて、それを追い抜かしていくボールが一つ通りすぎ、マークを揺らす。私の放ったフラフラボールは、山を下るように落下しメカピッチャーの上にある緑の屋根に落ち、ぼこりと音をあげ弾んでいた。
 誰かのボールが当たり、音の割れたファンファーレがドームに響き渡る。
 隣で、優希が声をあげ喜んでいる。見て見ぬ振りをし、バットを振り続けたが気が散ってしまい、網に突き刺さるボールの数は増え、当たりがないまま、液晶画面がプツンと終わりを告げた。
 後ろを振り向き網越しに、優希が喜ぶ姿を見る。ホームランを聞きつけ店員がかけより、一回無料カードを、笑顔で手渡す。

「勝ったぜ」

 優希は、ひらひらとカードを振ってみせ、にんまりと笑う。私は、負けたと気の抜けた言葉を発し、網に掴まりながらうな垂れた。このバッティングドームにはよく出入りしていて、そのたびに、私達二人は、一番遅い球のスペースに入り、ホームランを競っているのだ。

「さて、喉も渇いたことだし、ジュースをおごってもらおう」

 胸をはり、金属バットを筒の中に差しフロアを指差す。これも、恒例である。私は、はいはいと同じ返事を繰り返し、ピーピーと喧しく鳴るバッティングカードの排出口からカードをとり、フロアへと繋がるドアを開けた。
 腕を回しながら、自動販売機へ向かう。カバンの中から財布をだし、小銭を握り販売機に入れる。

「お好きなものをどうぞ」

 バスガイドのように、撓った掌を灯りがついたボタンへ向ける。優希は、一瞬迷ったが、結局スポーツ飲料のボタン押す。がたっと音がすると同時に、手を伸ばし缶を取り出し優希に手渡す。続けて小銭をいれ自分のコーラを買い、キックが、いまだに投げ続けているスペースの後ろのソファへ向かい腰を深々と下ろした。

「プロ野球選手にでも、なったつもりなのかな?」

 休む事無く投げ込み続けるキックの後ろ姿をみながら、冷たい缶を爪であけ、音が上がりチリチリと缶の中でコーラが弾ける音を聞きながら優希に投げかけた。
 優希は、笑いながら、きっとキックにしか分からないおもしろさがあそこにはあるんだよ。と返す。

「なんかお腹空いたなあ」

 コーラが、喉を流れ胃へ辿りついた途端に、空腹に襲われる。シュワシュワが胃を刺激しているに違いない。優希は、腕時計をみる。私は、それを覗き込む。六時を回ったところだった。

「何食べる?」

 優希の問いにしばらく考えを巡らす。目の前のドアが開き投げ込みを終えたキックの右足がフロアについたところだった。息をきらしたキックは、両掌でコブシをつくりぽきぽきと揉み解しながら鳴らしている。手を止めると、何かを思い出したように、ややしかめっ面へ表情が変わり、右手が鼻の下へ伸び、今度は、ちょんちょんと早いスピードでクリック擦るように指が動く。
 その指の動きを止め、座り込む二人の前に立つと、多少の汗臭を漂わせながら言う。

「スタミナが切れた。ラーメン食べに行こう!!」

 ソファーに座る二人は顔を見合わせ頷く。夕食は、ラーメンに即決である。

 自動ドアから出ると街は、夕映えの中にあり、冷たい秋の空気が、熱を発する体を冷やしていき、肌寒く思える。空腹優先で、夕日を気にすることなくゴルフに乗り込み、キックがうまいと絶賛する最近出来たラーメン屋に向かう事にする。
 国道を十三分程走り、キックが指差した先には、真っ黒な建物の屋根に赤く長細い看板がのった一際目立つ店が現れる。店先に三台止められる駐車場があり、今現在、一台も止まっていない。普段は、運がよくない限り、めったに駐車できないと十三分の間に話していたが、すべて空いている。店の外に、並べられている椅子も、夕日に照らされ、駐車場へ陰を伸ばしているだけである。嫌な予感が走る。車は、ウィンカーを出し、駐車場に入ったけれど、案の定暖簾も出ていなければ、入口のドアに赤い楷書文字で定休日と書かれている札が掛けられ揺れている。

「どうみても、休みのようだけど」

 助手席に座る優希が、札をみながら漏らす。キックは、ハンドルから右手を離しその指先を鼻の下へ持っていき、小さな円を描くように触れている。ブレーキを踏んだまま、考え事をし、指が鼻の下から離れると、無表情から少し晴れやかな表情になる。二つの表情を写真にとってテーブルの上に並べ見比べてみたら、多くの人はこっちの方が、なんだか明るい気がするというだろう、その程度の差では有るが。

「バーベキューしよう!!」

 キックは、目を輝かせ、変更、変更と口ずさみ車をバックさせ、走らせる。ゴルフのエンジン音も俄かに軽やかに思える。そんな雰囲気の中、反論の声が上がることもなく、決定となる。
 車は、一路キック家納屋へと向かう。以前洗車した空き地に車を滑り込ませ、エンジンを掛けたまま、キックは、飛び出していき、壁の向こうにある納屋からゴソゴソと物がぶつかり合う音が聞こえ、しばらくすると、バーベキューセットを抱えたキックが現れた。トランクの下におき、今度は、優希を連れて納屋へと向かう。残された私は、トランクをあけ、箱が瞑れたセットを、持ち上げ押し込める。鉄板と、いつ利用したかも不明な炭箱と薪を無理やり詰め、もしものためのカセットコンロも入れようと試みたがスペースがなく、後部座席に放りなげ、トランクを閉めた。優希が、キックに何かいうと、キックは踵を返し家へと戻り、厚手の上着を抱え車に乗り込む。
 空は、太陽が沈み、薄明へと変わっている。三十分も過ぎれば、濃紺の空から夜へとなるだろう。金星が、ちかちかと存在感をアピールしていた。

 そんな空に見向きもせず、テキパキと無駄のない行動でスーパーへ向かう。

 夕飯時とあって混雑するスーパー。カートを出しカゴを乗せ足早に進む。カット野菜、肉、ウィンナー、海老、ホタテ、さざえ、小分けされている好きなものを各々放りこむ。立ち止まる人たちをすり抜けながら進むカート。誰かが、口に出して、必要なものを呟くと、一番早く行動を移したものが、売り場へ向かいそれを取り戻ってくる。流れ作業のように必要なものを揃え、長蛇の列を作るレジへと向かい列に加わる。その時間を利用して品物を確認する。列に並ぶ人たちは、カゴを手で持ち今日の晩御飯の分程度の買い物であるようで、列は長くても次々に進んでいく。

 三人はカートをガードするように囲み立っている。私が後ろで左右にキック。何気に前を見ていると、キックの手が鼻の下を細かく摘んでいることに気づく。そういえば、バッティングドームのときもそんな仕草をしていたことを思い出す。鼻毛のチェックか、鼻水でも出てきているのだろうか。そんなことを考えているうちに会計の順番が回ってきた。

 会計を終え、キックがどこからかダンボールを持ってきて台の上に置き、そこへ詰め込む。足場やに、ダンボールを抱え戻り、後部座席に置く。ダンボールからは、食材が混ざり合った匂いが車内に立ち込めた。

「どこでやる?」

 三人が、車に乗り込みゴルフ音が響いている。優希の声に、キックの鶴の一声、四つ石に従い、迷うこともなくヘッドライトが付けられ、車は進む。

 四つ石は、海沿いの突き出た山のようなところにあり、浜辺はないが、石が乱雑した海岸で、そこに、山のように巨大な石が四つ並んでいる。昼間は、釣り客や、観光客や、バーベキューの人で溢れている。海岸から続く階段の先は、公園になっていて、おみやげ屋や、レストランもあり、そこを訪れる人は、そこへ車を停め、急でくねった階段を降りて海岸へ向かう。

 国道をひた走り、四つ石方面へ向かう。灯された街の光が、だんだんと遠く離れていく。民家は、まばらになり、時折現れるコンビニが放つ光が、車内に入り込み照らし通り過ぎていく。

「もう!!さっきから、なに鼻の下触ってるの?」

 コンビニの光が、キックの顔も浮かび上がらせたとき、偶然横を見ていた優希が問いかける。私には、見えなかったけれど、キックは、再び鼻の下を気にするように触っているのだろう。優希もその仕草に気づいていたのか、溜まらず聞いたのだろう、優希の声には、もどかしさが十分含まれていた。

「朝起きたら、鼻の下にニキビが出来てて、それがなんかめちゃくちゃ違和感あって、触ると痛いんだけど、気になってつい触っちゃう」

 キックは、珍しく困り果てた声をだし、以前右手はハンドルから離れている。

「触ると酷くなるよ、ほっとくのが一番」

 優希は、キックの右手をはらう。諦めたキックは、ハンドルへ戻す。

「でも、スーパーで顔みたとき、ニキビ全然目立たなかったよ」

 バッティングドームとスーパーの件を思い出し後ろからキックに話しかける。キックは、ちらりとバックミラーで私を見る。

「小さいけど、気分的には顔の三分の一くらい占領されている感じ」

 再び、右手が鼻の下へ向かおうとしたとき、優希が制す。
 優希は、随分大げさだなと言いながら、携帯の灯りを近づける。白く浮かび上がる横顔は若干不気味であって、一番びっくりするのは対向車だろう。優希が、顔を近づけそのニキビを見つけると、指を伸ばし、ぴんぽーんと言った。

「イタッ」

 ゴルフが、センター車線により慌ててハンドルを戻し、蛇行する。

「爪楊枝の先っちょ程度」

 助手席に座りなおす優希。

「爪楊枝って・・・」

 爪楊枝の例えが適切であるかは定かではないが、有触れたタバコ何個分とか、東京ドーム何個分とかで例えられるよりはマシである。キックは、それを笑うこともなく数ミリ口を尖らせ、続ける。

「なんか、五感が鈍るっていうか勝手が違うというかさあ、アンテナが弱いっていうか」

 五感?と私が聞き返す。

「直感が鈍るっていうかね」

 どんな直感かと聞くと、さあとしか戻ってこない。

「直感ねえ、ラーメン屋の定休日を見抜けなかったとか?」

 優希が笑いを含みながらいうと、キックは答えず、鼻を鳴らし、爪楊枝の先のようなニキビが痛かったのか顔を顰めた。爪楊枝の先っちょ程度のニキビに惑わされているキックが可笑しくて、欲をいえば、チャイムを押したくてたまらなかった。


thank you
つづく・・・

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