バス停が見えなくなるまで車を走らせる。辺り一面に真っ白な田んぼが広がりようやく自動販売機の光を見つけ車を前に停め一息つくことにした。積もり積もったある思いがミキサーのように頭の中で疲れと後悔が思い迷ったまま再び七時間の運転を続ける事は不可能だろう。エンジンを切らずドアを開き外へ出て自動販売機で百二十円を入れビターなホットコーヒーのボタンを押すと振動とともに落ちた。乗り込まないままタブをあけ一口飲む。太陽がもうじき顔を出すだろう。空はオレンジ色から濃紺のグラデーション、白い月も一番星も輝いている。車の中から流れる音楽が僅かに聞こえる。
「これで良かったのかな」
ホットコーヒーで温められた真っ白な息が独り言と共に吐き出される。
七年前のあの日、原を寮に誘ったのは私だった。彼氏が一人で留学することになり原は一方的に別れを告げられ、見送りにいくことを迷っていてた原に飲み明かそうと誘ったのだ。夜を飲み明かし疲れ果てぐっすりとコタツの上に項垂れたまま眠った。朝一度、トイレに置きカーテンの隙間から外を伺い、そろそろ彼が出発する時間だと時計を見ながら思ったがすやすやと眠る原を見てそのまま眠りに戻った。二人の眠りを妨げたのは鳴り響く電話のベル。昼間近くだった。電話を持つ原は一瞬全身が固まってしまったのではないかと思うほど動きが止まり、何か大変が事でも起こったのだろうかと不安のまま原の顔を見て肩に手を伸ばし軽く揺さぶる。
「事故にあったって、駅前で。病院で手術を受けてるって・・・彼が事故に、行かなきゃ」
原はコタツを飛び出て立ち上がり鞄だけを走りながら持ちあげそのまま靴を履き外へ飛び出した。薄着のまま飛び出した原のコートを取り後を追おうと玄関のドアを開けたけれどもう姿はなく部屋の中へ戻るしかなかった。
三時間後に戻ってきた原は、部屋一歩入るなり膝から崩れ落ち体を曲げた。顔は真っ青で言葉の一つも発するのが難しそうで冷たくなった体を温めてあげる事しかやることがなかった。
トイレに立ったとき眠っている原を起こし駅まで送り届けるべきだった。そうすれば、こんな事にならなかったのではないかと原の姿をみてそう思い、私がこんなに飲まさなければいや、そもそも誘わなければ良かったのかもしれない。そんな私に原は何も言わなかった。ただ憔悴しその後を静かに過ごした。もし、原が私に当り散らしてくれたらこの罪悪感はもっと違ったもので七年経った今でも悔やみ悩むこともなかったかもしれない。
鳥のさえずりがどこからともなく聞こえオレンジ色の空を小さな鳥たちが一斉に羽ばたく。体がぶるっと震え冷めてしまったコーヒーはもう飲む気にはなれず、再び温かいコーヒーを買い車の中へ戻ろうとドアに手をかけたとき、まっすぐな道のずっと先にいる原は今何をし何を考えているのだろうと見えない原を見つめ車に乗り込んだ。
七年越しにやっと、送り届けることが出来たけれど、この選択は本当に正しいのだろうかと送り届けた今でも答えは見つからないが、これで良かったのだと今は思える。たとえ間違っていたとしてもだ。愛想を尽かされても、嫌われてもそれでいいと、助手席で眠る原の横でハンドルを握った時決心したののだから。
真東へ歩いていた。町の中心部へ向かうには田畑を突っ切る一本道を進むほかなく道路沿いに詰まれた雪を避けながらザクッザクッと踏みしめ白い息を定期的に吐き出し前へと太陽の方へ向かう。軽いロングコートにニット帽に厚手の手袋にマフラー、靴底には靴底ホッカイロに衣類に貼れるホッカイロ。防寒対策は完璧だった。バス停のベンチの上に置かれ疑うこともなく準備を整えた。バスの時刻表を念のために確認はしたがバスが来るのは三時間後でとくに気にすることもなく歩き始めた。
一歩ずつ進みこの遅さではなかなか町中心部が見えてこない。けれど静かな光の中を歩くうちにこれで良かったのかもしれないと思い始めていた。突然町の中心部に置き去りにされたらきっと私は電車に飛び乗って引き返してしまったかもしれないし、このどうにもならない状況では歩く事しかなくその行為が私の心の準備を整えていくように思えた。不思議なことに私はこの町にやさしくゆっくりと歩み寄り受け止められているように思えた。友人の心遣いに感謝した。けれど、冷たい風が田畑を走りぬけ巻き上がる粉雪が顔に当たるたびにその気持ちは薄れていく。
どのくらい歩いただろう。用意されていたリュックを背負い正面だけを見つめ一歩一歩ふみだしていく。民家がぽつぽつと現れ雪に埋もれた生垣や自転車が生活を現している。目の前にある景色が記憶とシンクロしピントを合わせていく。直線だった一般道がこの先T字路になりその右側に四角い緑の箱が光っていて七年前と変わらずにあるコンビニを確認した。この一般道をそのまま進むよりも田畑を突っ切る車が通れない細い道を進む方が早い。コンビニまで一直線で両脇は踏み荒らされていない真っ白な雪に足跡が残る細い道。一般道は除雪され歩きやすいが、この道はそうでなく歩くたびに靴の中に雪が入ってしまうかもしれない。立ち止まり真っ直ぐコンビニへ伸びる道を見つめる。
ザクッ・・・ザクッ・・・。
気持ちは決まっていた。ただ、踏み込むタイミングを相談していただけだった。二つの足跡が並ぶように続いていて、自然と歩幅が狭いほうに靴をはめ込むように進む。
「どうして、踏まれたところを歩かないんだよ、普通はわざわざそこを踏むだろうが」
楕円型の足跡が真っ直ぐと伸びていて周りの壁は所々崩れている。行き交う人がそこを踏みしめて通っているのだろう。ジーンズの裾は粉雪が纏わり付き真っ白になっていたが気にすることなくまだ踏みしめられていない雪面をわざわざザクリザクリと踏み込んでいた。
「すいませんねっ雪に慣れていないもんで」
言いながらも、ざくりざくり。
「踏むたびにニヤリと笑うなよ」
ジャンパーのポケットに両手を入れ呆れた顔で私を見ている。彼は雪と一緒に育ってきたからきっとこの気持ちは分からないだろう。このサラサラ雪のすばらしさにワクワクし、いてもたってもいられず、つい、ざくりといってしまうのだ。これが自分一人では収まらず三段ステップをしながら三段目で彼を力いっぱい突き飛ばした。彼は、田畑にばったりと仰向けに倒れた。
「大丈夫・・・くっ・・・ぷっ」
「おまえなあ、俺が倒れた場所に杭とかあったらどうすんだよ、危ないだろっ」
「くい・・・まさかあ」
立ち上がった彼は、雪まみれでパタパタと叩き雪を振り落としていく。田畑には彼の倒れた跡がくっきりと模られている。カメラを持ってくれば良かったと後悔したが彼には言わなかった。しばらく眺め彼を見るとすでに歩き始めていた。コンビニに到着する頃には私は相変わらず裾に雪をたらふく付けおまけに息も切らしていた。それを見るたびに彼は呆れ顔で笑った。
七年前の彼の言葉を守り足跡を辿り歩く。細い道の終わり際に振り向くと二人分の足跡が残っている。彼と一緒に歩いたかのように錯覚した。
まだまだ続くよどこまでも。
「これで良かったのかな」
ホットコーヒーで温められた真っ白な息が独り言と共に吐き出される。
七年前のあの日、原を寮に誘ったのは私だった。彼氏が一人で留学することになり原は一方的に別れを告げられ、見送りにいくことを迷っていてた原に飲み明かそうと誘ったのだ。夜を飲み明かし疲れ果てぐっすりとコタツの上に項垂れたまま眠った。朝一度、トイレに置きカーテンの隙間から外を伺い、そろそろ彼が出発する時間だと時計を見ながら思ったがすやすやと眠る原を見てそのまま眠りに戻った。二人の眠りを妨げたのは鳴り響く電話のベル。昼間近くだった。電話を持つ原は一瞬全身が固まってしまったのではないかと思うほど動きが止まり、何か大変が事でも起こったのだろうかと不安のまま原の顔を見て肩に手を伸ばし軽く揺さぶる。
「事故にあったって、駅前で。病院で手術を受けてるって・・・彼が事故に、行かなきゃ」
原はコタツを飛び出て立ち上がり鞄だけを走りながら持ちあげそのまま靴を履き外へ飛び出した。薄着のまま飛び出した原のコートを取り後を追おうと玄関のドアを開けたけれどもう姿はなく部屋の中へ戻るしかなかった。
三時間後に戻ってきた原は、部屋一歩入るなり膝から崩れ落ち体を曲げた。顔は真っ青で言葉の一つも発するのが難しそうで冷たくなった体を温めてあげる事しかやることがなかった。
トイレに立ったとき眠っている原を起こし駅まで送り届けるべきだった。そうすれば、こんな事にならなかったのではないかと原の姿をみてそう思い、私がこんなに飲まさなければいや、そもそも誘わなければ良かったのかもしれない。そんな私に原は何も言わなかった。ただ憔悴しその後を静かに過ごした。もし、原が私に当り散らしてくれたらこの罪悪感はもっと違ったもので七年経った今でも悔やみ悩むこともなかったかもしれない。
鳥のさえずりがどこからともなく聞こえオレンジ色の空を小さな鳥たちが一斉に羽ばたく。体がぶるっと震え冷めてしまったコーヒーはもう飲む気にはなれず、再び温かいコーヒーを買い車の中へ戻ろうとドアに手をかけたとき、まっすぐな道のずっと先にいる原は今何をし何を考えているのだろうと見えない原を見つめ車に乗り込んだ。
七年越しにやっと、送り届けることが出来たけれど、この選択は本当に正しいのだろうかと送り届けた今でも答えは見つからないが、これで良かったのだと今は思える。たとえ間違っていたとしてもだ。愛想を尽かされても、嫌われてもそれでいいと、助手席で眠る原の横でハンドルを握った時決心したののだから。
真東へ歩いていた。町の中心部へ向かうには田畑を突っ切る一本道を進むほかなく道路沿いに詰まれた雪を避けながらザクッザクッと踏みしめ白い息を定期的に吐き出し前へと太陽の方へ向かう。軽いロングコートにニット帽に厚手の手袋にマフラー、靴底には靴底ホッカイロに衣類に貼れるホッカイロ。防寒対策は完璧だった。バス停のベンチの上に置かれ疑うこともなく準備を整えた。バスの時刻表を念のために確認はしたがバスが来るのは三時間後でとくに気にすることもなく歩き始めた。
一歩ずつ進みこの遅さではなかなか町中心部が見えてこない。けれど静かな光の中を歩くうちにこれで良かったのかもしれないと思い始めていた。突然町の中心部に置き去りにされたらきっと私は電車に飛び乗って引き返してしまったかもしれないし、このどうにもならない状況では歩く事しかなくその行為が私の心の準備を整えていくように思えた。不思議なことに私はこの町にやさしくゆっくりと歩み寄り受け止められているように思えた。友人の心遣いに感謝した。けれど、冷たい風が田畑を走りぬけ巻き上がる粉雪が顔に当たるたびにその気持ちは薄れていく。
どのくらい歩いただろう。用意されていたリュックを背負い正面だけを見つめ一歩一歩ふみだしていく。民家がぽつぽつと現れ雪に埋もれた生垣や自転車が生活を現している。目の前にある景色が記憶とシンクロしピントを合わせていく。直線だった一般道がこの先T字路になりその右側に四角い緑の箱が光っていて七年前と変わらずにあるコンビニを確認した。この一般道をそのまま進むよりも田畑を突っ切る車が通れない細い道を進む方が早い。コンビニまで一直線で両脇は踏み荒らされていない真っ白な雪に足跡が残る細い道。一般道は除雪され歩きやすいが、この道はそうでなく歩くたびに靴の中に雪が入ってしまうかもしれない。立ち止まり真っ直ぐコンビニへ伸びる道を見つめる。
ザクッ・・・ザクッ・・・。
気持ちは決まっていた。ただ、踏み込むタイミングを相談していただけだった。二つの足跡が並ぶように続いていて、自然と歩幅が狭いほうに靴をはめ込むように進む。
「どうして、踏まれたところを歩かないんだよ、普通はわざわざそこを踏むだろうが」
楕円型の足跡が真っ直ぐと伸びていて周りの壁は所々崩れている。行き交う人がそこを踏みしめて通っているのだろう。ジーンズの裾は粉雪が纏わり付き真っ白になっていたが気にすることなくまだ踏みしめられていない雪面をわざわざザクリザクリと踏み込んでいた。
「すいませんねっ雪に慣れていないもんで」
言いながらも、ざくりざくり。
「踏むたびにニヤリと笑うなよ」
ジャンパーのポケットに両手を入れ呆れた顔で私を見ている。彼は雪と一緒に育ってきたからきっとこの気持ちは分からないだろう。このサラサラ雪のすばらしさにワクワクし、いてもたってもいられず、つい、ざくりといってしまうのだ。これが自分一人では収まらず三段ステップをしながら三段目で彼を力いっぱい突き飛ばした。彼は、田畑にばったりと仰向けに倒れた。
「大丈夫・・・くっ・・・ぷっ」
「おまえなあ、俺が倒れた場所に杭とかあったらどうすんだよ、危ないだろっ」
「くい・・・まさかあ」
立ち上がった彼は、雪まみれでパタパタと叩き雪を振り落としていく。田畑には彼の倒れた跡がくっきりと模られている。カメラを持ってくれば良かったと後悔したが彼には言わなかった。しばらく眺め彼を見るとすでに歩き始めていた。コンビニに到着する頃には私は相変わらず裾に雪をたらふく付けおまけに息も切らしていた。それを見るたびに彼は呆れ顔で笑った。
七年前の彼の言葉を守り足跡を辿り歩く。細い道の終わり際に振り向くと二人分の足跡が残っている。彼と一緒に歩いたかのように錯覚した。
まだまだ続くよどこまでも。