小説 ONE-COIN

たった一度、過去へ電話をかけることが出来たなら、あなたは、誰にかけますか?

短*アイスココア

2005年06月18日 | 短編
 昨日は、夜中まで仕事で、朝目を覚ましたときは案の定体が起きる事を拒否した。けれど、そんな事は許されずに無理やりだるく重い体を起こしソファーから立ち上がる。体の節々が痛くいつもの事だが、ベットで眠ればよかったと後悔する。
 のそのそとキッチンへ向かい金物屋で買った銀色のヤカンに水をいれコンロの上に置く。ガスをつけ青い炎が出ているか覗いて確認し後にする。
 水きり台に置かれたままになっているスプーンを口に銜え、数年前に温泉で買って来た藍色のマグカップを取り、棚の上に置かれた金色の蓋のココアの瓶へ手を伸ばす。
 出窓にマグカップとココアを置き、窓の外の天気を伺う。雨が降りしきる音は聞こえず、溜まった雨水がポタポタと垂れる音だけが聞こえる。けれど、雨が降っているのは確かだ。外の景色は音を立てないような細かい雨に霞んでいる。

「いやな雨だな」

 くわえたスプーンをカップに入れ呟く。銀色の蓋を捻り、瓶をカップに傾けトントンとカップの淵に当てると、粉がどさっと落ち小さな山がカップの底に出来る。置いたココアの瓶の金色の蓋を閉める。振り向き、ヤカンから白い蒸気が噴出している事を確認し、カップを持ちコンロへ向かう。
 沸騰したヤカンのお湯を、カップの五分の一だけ注ぎスプーンでかき回す。ドロドロとしたココアに粉残りがないか確かめ冷蔵庫の中からミネラルウオーターを取り出し五分の四まで注ぎ再びかき回しながら、髭の伸び具合を確かめ、冷凍庫から氷を三つ取り出しココアの上に浮かべる。スプーンを流しの中に置きカップを持ちソファーへと向かった。

 甘いけれど、疲れているときは、この甘さが堪らなく愛しくひんやりと喉を流れ落ちる時の感触がとても気持ちが良い。疲れた体にじわじわと滲み込み力を取り戻していく。色は、あまり好きではないけれど、特に差し支えるような色ではないので気にしないようにしている。
 健康ブームで、毎日ココアを飲む事が流行っていた時期もあり、甘くないココアなんてものまで登場し華やかな時代を迎えたときもあったけれど、結局、平常に戻ったようだ。ココアといえば、冬に湯気をフーフーと吹き飛ばしながら、少しずつ飲む事が多いだろうけれど、私は、断固ココアは、アイスである。夏はもちろん、冬もコタツでアイスココアである。
 なぜ、ホットよりアイスなのか、基本的に甘いものがあまり好きでなく、同じ砂糖の量でも、ホットよりアイスの方がすっきりとしている気になるのだ。以前友達に話したとき、その友達も同じ理由で、ホットの方を好んでいたので、人によって甘さの感じ方は違うのかもしれない。ちなみに、その友達も、時々堪らなく飲みたくなるらしい。

 もしも、この世界からココアが無くなったらどうなるだろう。

 ある日を境に突然ココアが滅びてしまったら、もうひとつだけでも多くココアをストックしておけばよかったとまず、思うだろうし、ひと粉もなくなったときは、空になった缶を捨てずに貯金箱にでもして記念に取っておくかもしれない。
 溜まらず、ココアが飲みたくなったらどうしよう。どうすることも出来ずに、ココアが飲みたいなあとあった頃のことを羨ましげに思い浮かべるしかない。それでも飲みたくなったならばどうする。きっと、そのようなことを考えるのは、私だけではないはずで、世界のココアファンは黙っていないだろうし、もし、ココアの製造が可能ならば、製造を求め、プラカードを掲げ、ココアを作れと行進する。けれど、製造事態が不可能ならば、これまた熱狂的なファンが、ココアに変わるものを夜も寝ないで開発に勤しむに違いない。
 私自身は、熱狂的ファンでもなく、ファンという部類に属せるかどうかも微妙であるが、心の中では、あったらよいなと切望しているのは間違いない。

 とりあえず、ココアに変わるものが出てきてそれが、ココイになるのか、ソコアになるのか、新ココアになるのかはわからないが、そんな類似品が出てくれば、それを買って飲むに決まっている。でも、もしかすると、慣れたココアの味とは、少し違ってそこがやけに目だって、冷水に溶ける新ココアの元を見ながら、昔のココアはよかったなとぶつぶつ文句を言うだろう。けれど、ある程度その新ココアを飲み始めてしまえば、いつしかそれも気にならなくなり、愛しいココアの味を忘れ、思い出すことも出来ずに新ココアの味に慣れてしまうのだ。
 万が一、奇跡が起こって一杯だけココアが飲める事になったとき、期待して口にしてみると、案外今の新ココアの方がおいしく感じてしまうことだってあるだろう。

 やがて、ココアを知る人は消え、忘れられてしまうに違いない。
 もし、ココア博物館があるなら、とびきりのココアマニアが博物館に寄贈し、カチコチに固まった絶対飲むことが出来ないココアが飾られるかもしれない。

 今、考えてみればココアは意外と幸せ者ではないか。

 もちろん、これは、オレ自身の想像もしくは空想でしかないけれど、オレが考えるココアは、間違いなく幸せの部類に入る。世の中の人に予想以上に愛されているではないか。愛している者がいるからこそ、動いてくれる人がいる。でも、一方的に愛されただけで、果たしてこれほどまでの展開になるだろうかとも思える。必然的に考えれば、ココアも愛を送っていたのではないか。いうならば、送られた人がココアに魅了され結果的に愛した。
 しかしながら、この世の中には、一方通行の愛も山ほど存在するわけだし愛とは言えない可能性が高い。ならばなんだろう。好きとも違うな。思い入れがあるからこそ忘れられない人もいて、ふと思い出し懐かしむときがあるわけだから、なるほど、思いだ。ココアは、お湯を注がれ、水を注がれ、牛乳を注がれ、時には、ありえない液体を注がれていたかもしれないが、いつだって、飲む人へ思いやりを何が注ぎ込まれようとも共に送ろうとしているのではないだろうか。

 ココアは、自分を愛そうとしたからこそ、飲む人を思いやり、やがて思われるようになっていく。ココアが消えても、その思いを受け止め捧げようとした人々が、動くことが出来たのだ。

 あの心地よい感触は、そこから来ていたのだろう。

「ココアって、偉いよな、俺も人を思いやる人間になろう」

 カップをテーブルの上に置き、ソファーに体を沈めた瞬間に眠りの世界に落ちていた。けたたましく鳴り響く電話のベル。開かない瞼で電話を手探りで探し耳に押し当てる。
「もしもしい!!ちょっとお!!何時だと思ってるのよお!!」
 電話の向こうで、オレと待ち合わせした彼女が怒りまくっていた。開かなかった瞼が突然ぱっちりと開き、慌てて立ち上がり仕度をしようとソファーから離れようとしたとき、左足のすねがテーブルに強打し、揺れるテーブルの上でカップが倒れ、カップの中から溶けて小さくなった氷の欠片がテーブルの上に流れ零れた水の中で溺れるように溶けていく。
 服だけ着替え、オレは部屋を飛び出した。外は、いつの間にか雨は上がり青空が出ている。


 散々なデートとからぐったりとした体で帰ってくると、堪らなくココアが飲みたくなり、座ることもせずに準備を始める。倒れたままのカップを手にし、テーブルを拭き流しへもっていき、カップを漱ぎ、ついでに、スプーンも洗う。洗ったままの濡れたスプーンを口に咥え、水が滴るカップを持ち棚へ手を伸ばすがココアの瓶がない。辺りを見渡すと、朝、出窓で入れた時のまま置かれている。出窓へ移動する。

 カップに咥えたままのスプーンを入れ、ココアの瓶を取り蓋を捻る。
 蓋は回らず、手が滑り、もう一度握り直して捻る。

「あれ?」

 気の抜けた声が漏れ、オレは、ココアの蓋を開けられない程まで憔悴しているのだろうか。力を込めても蓋がどういうわけか、開かない。朝、そんなにきつく閉めただろうか。再び、力を込めて回してみるが、手が滑り赤くなるばかりで、ぴくりとも動かない。中のココアだけが、無常にもカサカサ動くだけだ。

「くそお!!」

 布巾を床に叩き付ける。布巾で捻ってみても、全身全霊を込めて捻ってみても無駄だった。息を切らし、開かないココアの瓶を右手で持ちながらだらりと力なくぶる下げ、肩を落とす。
 オレは、ココアにも見捨てられたのだろうか。ココアへの思いやりが足らなかったのだろうか。だからこそ、自分自身がこんな惨めな姿になっているのか。俯いた顔をあげ、出窓に映る情けない姿を眺める。
 窓に映る高く上がり続ける白い蒸気。ヤカンが怒り狂って蒸気を噴出していることに気づき慌てて火を止める。持ったままの瓶をコンロの上に置きしばらく呆然と立ち尽くす。
 蒸気が納まりつつあるヤカンの横に、思いやることが出来なかったココアの瓶。
 振り返りソファへ向かおうとしたとき、コンロの上で、ポンと何かが音を鳴らした。
 踵を返し、コンロを見つめる。今の音は、ココアの方からした、もしかすると、もしかするぞ。ゆっくりとココアの瓶を、やさしく包み込むように手に取り、金の蓋を捻る。いつもの抵抗の後、ゆっくりと蓋は回る。懐かしいココアの匂いが鼻をやさしく擽る。

 ソファーの上で、アイスココアを飲み干すと、電話の受話器をとり、彼女の番号を押した。カップの中の氷が、崩れ小さな音を上げる。


thank you
おわり・・・

短*印象的な景色

2005年06月11日 | 短編
 なぜここにいるのだろうか・・・。

 深く息を吸い込み肺に冷たい空気が満ちた事を感じ、瞼が上がり眩い光が飛び込んだときは、どちらの方が先立っただろうか。思い返してみても、息を吸い込む方が早い気もするし、瞼を開けた時の方が早い気もする。眠っていて目が覚めたときは、いつでもこんなものかもしれない。どこからが目覚めでどこからが眠りなのか境界線はハッキリとせず滲んだ雲のようにかすれているに違いない。

 けれど、そんな事を考えていたのは束の間で、吸い込んだ空気を吐き出すのを忘れてしまうほどの美しい景色に釘付けになっていた。目の前に広がるのは、コバルトブルーの小さな湖を膝丈ほどの草が囲み、向かいの岸には森があり高い木々が空へと向かい、木々の間には朝霧が漂い、もうじき上がる太陽は森の向こうから光を出し始めているのか、木々の隙間にいくつかの光の筋が浮かび上がっている。そこから、湖まで漏れた光が、湖面をキラキラと光らせる。森の上にある群青色の空は、もうじき光を取り戻し始めるだろう。 風がなく、森はひっそりと朝を迎えるのを待ち、湖面は揺れることなくガラスのように透き通り、反射する光だけがキラキラと輝いている。

 夜でもなく朝でもない静かで幻想的な景色は、目を覚ました時に味わった気持ちとどこか似ている。この美しい景色は、もうじき朝を向かえ、鳥達が起き出し賑やかな姿へ変えていくだろう。

 もし、絵筆とキャンバスを持ち合わせていたら、間違いなくこの草むらにキャンバスを置き、絵筆を持ちこの景色を描くだろう。自分がそれらを持ち合わせていないことが、悔しく思える。それほど、目の前にある世界は、美しかった。

 知らずうちに目が覚め、偶然居合わせた、あまりにも美しい景色に一歩も動かずに立ち尽くし、ただ感動し見惚れている。そんな景色を何かに納めようとするならば、今自分に出来ることは記憶に残すことだけだ、ならば、太陽が昇るまで、それほど多くない時間を、この景色が続く限り、このままでいようと決める。空っぽの心が何かに満たされていくのを感じながら出来るだけ満喫しよう。なぜ、目が覚めた時、ここにいたのかなんて、それから考えればよい。そんなことは、以外に簡単でただ寝ぼけていただけというのが落ちという可能性が強いが、そんな味気ないことは後回しにする。

 なぜこんな事がなっているかということよりも、大切なのは、目の前にした今をどうするかの方が、ずっと大切で重要ではないのか。ましてや、たった一人でこの景色を独り占めしている事が、誇らしく優越感に浸り始めていた。頭の中で、どこからとも無く朝を迎えるのに相応しい音楽が流れ始める。どこかで聞いたことがある記憶が、この景色に刺激され呼び覚ましたのだろう。実に心地よく気持ちが良い。

 湖面に散りばめられた眩い光に、突然、なにか違和感を感じる。それは、頭で響く音楽の中に不協和音が混じるような不快な出来事だ。この完璧に思えた美しい世界に、ほんの一瞬でも感じた不快と違和感が、心を動揺させる。何が、そう感じさせているのだろうか。気のせいだったのかもしれない。けれど、不安は消えず立ち尽くしたまま、あるはずがないと思いながらも何かを探している。
 対岸の少し手前の光。不自然に白く光っている。白。頭で理解するよりも早く、心臓の鼓動が早く打ち続ける。あれは、光ではなく白い何かだ。それが湖面に浮かんでいる。いや張り付いていると言ったほうが相応しい。あの白は、何だろう。不安が色を濃くし新たな不安が現れる。
 太陽はまだ森に隠れたままだが、こんなに太陽が昇るのは遅かっただろうか。森の木々の隙間に走る光の角度も変わっていない。湖面も同様だ。感激していたあまりに、時間が進む感覚が酷く遅く感じているだけかもしれない。
 木々を見つめる。風が吹かないせいか鬱蒼とした緑の葉は、揺れることがなく緑が重なったままで、ざわめく事もない。まるで、塗り固められているようだ。

 森を包む白いベールのような朝霧が、いつまでも晴れない。それどころか、濃さも変わらず流動することもない。足が竦み一歩も動くことが出来なくなっていた。言い知れぬ不安が、足を鉛で固められているように重い。言葉も失い、目覚めたときの疑問が、再び姿を現し答えを求めてくる。先ほどまでの晴れやかな気持ちは、暗雲に飲み込まれていく。
 なぜ、ここに居るのだろう。なぜ、誰もいない。なぜ、立ったまま目が覚めたのだ。何一つ解決の糸口を見つける事が出来ない。記憶喪失にでもなってしまったのか、誰かに助けを求めた方が良いだろうか。あれほど、一人で居る事に優越感で満ちていたにも関わらず、突然一人で居ることが恐ろしく思い始める。

 そんな湧き上がる気持ちを、掻き消す為に、ひとつでも落ち着ける証拠を探し求める。

 湖を囲む膝丈ほどの草。対岸にあるその草の先が、掠れている。掠れる?そんな言葉がなぜ浮かぶ。草が掠れるとはどういう事だ。空に雲が掠れるならば理解もするが、草が掠れることなどあるはずがない。けれど、よく見れば見るほど、似たような掠れは、草だけでなく、木々の葉も掠れている。それは無数に存在していた。まるで、細い筆で描かれているように、掠れているのだ。湖面に光っていると思ったものは、光ではなく、白が掠れているだけかもしれない。あれほど、美しいと思っていた景色が、景色ではなくなり無数の色の塊にしか見えなくなる。自らの目が、そうさせているのか、誰かに騙されていたのか。
 ここはどこだろう。なぜ、目が覚めている今も、何も思い出さない。頭はとっくに覚めている。いったいどうなっているのだ。包まれた恐怖に耐えられなくなっていく。一刻も早くこの場から立ち去りたい。そう思ったとき、発狂したくなるほどの不安が押し寄せる。
 目が覚めてから、一度も振り向いていない。それどころか、一歩も動いていないのだ。背中に神経を集中させ、僅かでもその先にあるものを感じてみるが、何一つ伝わる事がなく、溜まらず想像し、森や、草原や小高い丘などがあるだけだろうと満たしていく。
 振り向けば、すべては明確になる。けれど、背後の景色を見ることが怖いのではなく、振り向くという動作が不安や恐怖になり、体の隅々まで掻き立てる。
 瞬きをしただろうか、首を動かしただろうか、手を上げただろうか、鼻を啜っただろうか、そんな当たり前の動作を憶えているはずもないだろう。この景色に見惚れ動かさなかっただけなのだと、何度も反芻する。動けなかったのではなく、動かさなかっただけなのだ。この偽者の景色に絶望し一歩も動けずにいるけれど、動こうとすれば動けるに決まっている。
 脳みそが悲鳴をあげ、かあっと熱くなり、急速に冷やされていく。呼吸が上手く出来ない、すべてのピントがズレ、狂乱し恐怖が渦巻く。動くはずだ、動くに決まっていると足に言い聞かせ、振り返ろうとするが体が反応しない。その度に何度も、動かさなかっただけだと反芻する。
 ガンガンと頭が鳴り響き何も考える事が出来ない、目が眩み気が遠くなる。僅かにある記憶が、次々に壊れあの霧のように掠れていく。薄れる神経が、背中で何かを感じ取る。涼しげな風の音、誰かの足音が響く。夢だったのだろうか。今感じているものが、現実の世界なのか。ならば、夢から覚め現実の世界に引き戻されていくかもしれない。目を閉じた。

 冷房の効いた館内を興味なく歩いていたが、あるひとつのところで視線が釘付けになり、あまりの美しさに見惚れ、足を止め、いつのまにか酔いしれている。興味が次々にわき、額の中に描かれた立ち尽くす男の後姿をみて、小さく声を漏らす。

 この男は・・・(冒頭へつづく。


thank you
おわり・・・いや、永遠に続く。

小説は一週お休みです。

2005年06月01日 | Weblog
こんばんわ、管理人です。
今週の週末あたり、関東は梅雨に入るそうです。
また、じめじめとした季節がやってきます。
喜んでいるのは、傘屋とアジサイぐらいでしょうか。

さて、今週は、真に勝手ながらお休みとさせて頂きます。
尚、しばらくは、週一、土曜日更新とさせて頂きます。

次回更新は、六月十一日です。

それでは。