路地を歩き雑踏の中へ飛び出した。町一番の大通りだろう。ここは七年前とは大きく変わっていた。見慣れない街灯に街路樹に整備された歩道に信号、それに続く先には街一番の近代的な駅が建っている。その脇を固める低層のビル群。駅へと向かう横断歩道はなく歩道肩に小さな建物入り口に人の出入りがある。入り口上柱に矢印が書かれている。地下道があるのだろう。七年前の古びた駅の面影はどこにも見当たらなかった。
きょろきょろと見渡しながら進み、地下へと降りる階段に近づくにつれ自然と足早になっていた。飛び込むように階段を降り道路下を横断し階段を上ると駅の中なのかと勘違いしてしまうほど大きな屋根がバス停まで覆い、ここなら雨でも雪でも気にせずバスを待てるだろう。駅ホールから出てきた観光客数人がメインの地図看板を見つけ足を止める。その向かい側に、バスを待つ人が思い思いに並んでいた。二色のレンガで突き詰められた歩道、その先ごみ箱からさらに横にある掲示板、その前に水色のダウンジャンパーを着た女性がガラス戸を開けポスターを張り替えている。足元に置いておいたポスターが駅外から吹き込む風にパサパサと煽られた途端丸められたポスターが開きひらりと風に飛ばされた。
みるみるうちに近づくポスター。私の横を飛んでいこうとするポスターに駆け寄り飛びついた。リュックの重みが反動で左肩にのしかかる。張り替えていた女性が風の音に気づき、今貼っているポスターを抑えたまま振り向く。私は手に掴んだポスターを見せながら傍へ向かう。
「すいません、有難う御座います」
ポスターの角四箇所に画鋲を刺してから、手が冷えてしまったのか寒そうにぎゅっと握り私の持つポスターへ手を伸ばした。
「もう、お祭りの宣伝ですか」
雪が降りしきる冬に金色の画鋲が角で輝く春祭りのポスターに目をやる。女性は私が拾ったポスターをくるくると丸めながら春と秋の祭りは町の大きな財政元ですからと話し、私に旅行かと聞き、私は、はいと答える。まさか、朝方友人に放り出されてしまってとは言えない。若い女の子集団が大きな声を上げながら駅から出てきて視線がそちらへそれた。
「駅、随分と変わりましたね、地下道とかも出来ているし」
騒がしい女の子達は地下道へと降りていき声が響いたかと思うと吸い込まれたかのように消えた。注意が女性に戻ると、女性がほんの一瞬だけ曇ったように思えた。私の言葉を考えるというよりも、それをキーワードに何かを思い起こすような表情。何か悪いことでも言ってしまったのだろうか。それとも、昔の駅の方が好きだったのだろうか。
「本当は、この駅開発はもう少し先になる予定でした、でも、早まったんです、以前はバス停が道路を挟んでこの先でしたが、今はこの通り誰もが安心して乗れるようになりました」
安心して、その言葉が気になり胸に引っ掛かる。いらぬ想像が勝手に頭で繰り広げられる。便利ではなく、安心。この女性は私と同じくらいの歳だろうか、背格好も似ている。けれど、ダウンジャンパーの袖口は色が落ち、所々解れ縫い直している。このジャンパーにどれほどの愛着があるのだろうか。確かにこのジャンパーは世間で売られているものではなく、缶コーヒーについているポイントを集め当選しないと着れないものである。もちろん、当時は人気がありプレミアまでついたものだ。だから今も大切に着ているのか。もしくは、洋服は、あまり気にしない性格なのか。
「便利になりましたね、でもどうして早まったんですか」
ジャンパーの事を聞きたかったが初対面でそんな質問するのは気が引ける。ありきたりの質問を投げかける。女性は、指先を口元に当て一度温めてから掲示板のガラスを締めた。きっと、氷のように冷たいに違いない。小さな鍵穴に鍵を入れ締めた。紙袋に入ったポスターの本数を確かめそれを抱え、ある方向へ体を向け、ひとつ息を吸い込み吐き出した。
「七年前、バスに乗ろうとした人が道路へ駆け出して事故に、以前から小さな事故はありましたが、その事故は大事故になってしまって、それで」
どくんと打った心臓が指先まで鼓動を伝えた。この小さな町で、同じ年、同じ場所で同じような事故はそうそう起きないだろう。
「そうですか、事故ですか」
他に言葉は出てこなかった。女性が抱えていた紙袋に力が入りガサッと音がした。
「そのバスの乗客も運転手も、誰も気づかないまま事故に合われて、私たちは知らずに」
口は一文字にし紙袋は今もぎゅっと抱えられている。なぜ、そんな目をするのだろうか。私はなぜ、この女性に目を留めたのか。今更問いかえる必要なんてないことは分かっていた。けれど、推測を認める事は簡単ではない。見覚えのあるダウンジャンパー、世の中に同じジャンパーを着ている人はどれだけいるだろうか、この町にどれくらいいただろうか、七年前に来ていた人はどれだけいただろうか。女性は、最後に私たちは知らずにと言った。私たちとは、乗客と運転手だろうか。
「あの・・・」
彼女のポケットが震え携帯の電子音が鳴り響く。電子音に二人はほっと肩の力を抜いた。女性は私に会釈し歩道沿いに歩いていく。七年前の事故は、彼の事故をいっているのだろうか。おそらくそうだろう。でも、彼女はバスに乗り急ぐために事故に合ったと言っていたが、もし彼ならそれは違う。
辺りを見渡す。女性は今ある道路の向こう側を見たけれど、当時あの場所に道路はなく長屋のお土産屋が連ねていた。駅も大きくなり、道路も位置をずらした。本当に彼が七年前に事故を起こした場所はもう分からない。目印に出来るものは、何ひとつなかった。
「はい、すぐに戻ります」
事務所からの電話は、変更された打ち合わせ時間を告げるものだった。まだポスターは余っているがとりあえず、事務所へ帰ることにする。電話を切りポケットに仕舞う。先ほどの話していた女性を思い出す。観光客の女性は、何かを言いかけた。私自身それから逃げるように電話の着信音に胸を撫で下ろすようにその場を後にしていた。いったい、何を聞こうとしたのだろうか。着信音が鳴らなかったらどうなっていただろう。
立ち止まり植樹されたイチョウの木を振り返った。空耳のような声はもう聞こえない。開発整備されたいま、正確な場所はもう思い出せない。どんな人だったのかどんな声で叫んでいたのかも、思い出せない。あの日バスに乗り込む時、男性の声が聞こえたように思えた。無意識に声の方へ目をやりすぐにバスのステップに上がった。視界が道路から車内に比重を多く変えたとき、男性がちらりと写ったように思えた。けれど、その意識は、事故を知った後に思い返して気づいたものだ。バスは男性を乗せずに走り去り、実際あの時の男性が事故に合ってしまったのかは分からない。もしかすると、別の人かもしれないし、そんな人は存在しなかったのかもしれない。けれど、どんな思い込みをしようとも気持ちは晴れず、当時は何度も夢にあの光景が現れ苦しんだ。もし、私がバスに一瞬でも遅く乗り込み、叫んだ彼の声に耳を傾けバスの運転手に声をかけたらこんな事故にはならなかったのでないか。声も顔も思い出せない今思うのは、やはり私が見た男性が事故にあったのだろう。疑うのを止め自分に出来ることをすることにした。これは、彼のためではなく、きっと自分のため。あの日、前日届いたジャンパーを浮かれた気分で着込み出かけた。誰もが自分のジャンパーを見ている気さえなっていた。けれど、今も着ているのはうれしいからではない、自分への見せしめだ。
「すみません」
年配の夫婦が、私の腕についた観光協会の腕章を見てから、手に持っている地図をみせる、二人に笑いかけた。
花粉が目に染みる季節・・・まだ、つづく・・・。
きょろきょろと見渡しながら進み、地下へと降りる階段に近づくにつれ自然と足早になっていた。飛び込むように階段を降り道路下を横断し階段を上ると駅の中なのかと勘違いしてしまうほど大きな屋根がバス停まで覆い、ここなら雨でも雪でも気にせずバスを待てるだろう。駅ホールから出てきた観光客数人がメインの地図看板を見つけ足を止める。その向かい側に、バスを待つ人が思い思いに並んでいた。二色のレンガで突き詰められた歩道、その先ごみ箱からさらに横にある掲示板、その前に水色のダウンジャンパーを着た女性がガラス戸を開けポスターを張り替えている。足元に置いておいたポスターが駅外から吹き込む風にパサパサと煽られた途端丸められたポスターが開きひらりと風に飛ばされた。
みるみるうちに近づくポスター。私の横を飛んでいこうとするポスターに駆け寄り飛びついた。リュックの重みが反動で左肩にのしかかる。張り替えていた女性が風の音に気づき、今貼っているポスターを抑えたまま振り向く。私は手に掴んだポスターを見せながら傍へ向かう。
「すいません、有難う御座います」
ポスターの角四箇所に画鋲を刺してから、手が冷えてしまったのか寒そうにぎゅっと握り私の持つポスターへ手を伸ばした。
「もう、お祭りの宣伝ですか」
雪が降りしきる冬に金色の画鋲が角で輝く春祭りのポスターに目をやる。女性は私が拾ったポスターをくるくると丸めながら春と秋の祭りは町の大きな財政元ですからと話し、私に旅行かと聞き、私は、はいと答える。まさか、朝方友人に放り出されてしまってとは言えない。若い女の子集団が大きな声を上げながら駅から出てきて視線がそちらへそれた。
「駅、随分と変わりましたね、地下道とかも出来ているし」
騒がしい女の子達は地下道へと降りていき声が響いたかと思うと吸い込まれたかのように消えた。注意が女性に戻ると、女性がほんの一瞬だけ曇ったように思えた。私の言葉を考えるというよりも、それをキーワードに何かを思い起こすような表情。何か悪いことでも言ってしまったのだろうか。それとも、昔の駅の方が好きだったのだろうか。
「本当は、この駅開発はもう少し先になる予定でした、でも、早まったんです、以前はバス停が道路を挟んでこの先でしたが、今はこの通り誰もが安心して乗れるようになりました」
安心して、その言葉が気になり胸に引っ掛かる。いらぬ想像が勝手に頭で繰り広げられる。便利ではなく、安心。この女性は私と同じくらいの歳だろうか、背格好も似ている。けれど、ダウンジャンパーの袖口は色が落ち、所々解れ縫い直している。このジャンパーにどれほどの愛着があるのだろうか。確かにこのジャンパーは世間で売られているものではなく、缶コーヒーについているポイントを集め当選しないと着れないものである。もちろん、当時は人気がありプレミアまでついたものだ。だから今も大切に着ているのか。もしくは、洋服は、あまり気にしない性格なのか。
「便利になりましたね、でもどうして早まったんですか」
ジャンパーの事を聞きたかったが初対面でそんな質問するのは気が引ける。ありきたりの質問を投げかける。女性は、指先を口元に当て一度温めてから掲示板のガラスを締めた。きっと、氷のように冷たいに違いない。小さな鍵穴に鍵を入れ締めた。紙袋に入ったポスターの本数を確かめそれを抱え、ある方向へ体を向け、ひとつ息を吸い込み吐き出した。
「七年前、バスに乗ろうとした人が道路へ駆け出して事故に、以前から小さな事故はありましたが、その事故は大事故になってしまって、それで」
どくんと打った心臓が指先まで鼓動を伝えた。この小さな町で、同じ年、同じ場所で同じような事故はそうそう起きないだろう。
「そうですか、事故ですか」
他に言葉は出てこなかった。女性が抱えていた紙袋に力が入りガサッと音がした。
「そのバスの乗客も運転手も、誰も気づかないまま事故に合われて、私たちは知らずに」
口は一文字にし紙袋は今もぎゅっと抱えられている。なぜ、そんな目をするのだろうか。私はなぜ、この女性に目を留めたのか。今更問いかえる必要なんてないことは分かっていた。けれど、推測を認める事は簡単ではない。見覚えのあるダウンジャンパー、世の中に同じジャンパーを着ている人はどれだけいるだろうか、この町にどれくらいいただろうか、七年前に来ていた人はどれだけいただろうか。女性は、最後に私たちは知らずにと言った。私たちとは、乗客と運転手だろうか。
「あの・・・」
彼女のポケットが震え携帯の電子音が鳴り響く。電子音に二人はほっと肩の力を抜いた。女性は私に会釈し歩道沿いに歩いていく。七年前の事故は、彼の事故をいっているのだろうか。おそらくそうだろう。でも、彼女はバスに乗り急ぐために事故に合ったと言っていたが、もし彼ならそれは違う。
辺りを見渡す。女性は今ある道路の向こう側を見たけれど、当時あの場所に道路はなく長屋のお土産屋が連ねていた。駅も大きくなり、道路も位置をずらした。本当に彼が七年前に事故を起こした場所はもう分からない。目印に出来るものは、何ひとつなかった。
「はい、すぐに戻ります」
事務所からの電話は、変更された打ち合わせ時間を告げるものだった。まだポスターは余っているがとりあえず、事務所へ帰ることにする。電話を切りポケットに仕舞う。先ほどの話していた女性を思い出す。観光客の女性は、何かを言いかけた。私自身それから逃げるように電話の着信音に胸を撫で下ろすようにその場を後にしていた。いったい、何を聞こうとしたのだろうか。着信音が鳴らなかったらどうなっていただろう。
立ち止まり植樹されたイチョウの木を振り返った。空耳のような声はもう聞こえない。開発整備されたいま、正確な場所はもう思い出せない。どんな人だったのかどんな声で叫んでいたのかも、思い出せない。あの日バスに乗り込む時、男性の声が聞こえたように思えた。無意識に声の方へ目をやりすぐにバスのステップに上がった。視界が道路から車内に比重を多く変えたとき、男性がちらりと写ったように思えた。けれど、その意識は、事故を知った後に思い返して気づいたものだ。バスは男性を乗せずに走り去り、実際あの時の男性が事故に合ってしまったのかは分からない。もしかすると、別の人かもしれないし、そんな人は存在しなかったのかもしれない。けれど、どんな思い込みをしようとも気持ちは晴れず、当時は何度も夢にあの光景が現れ苦しんだ。もし、私がバスに一瞬でも遅く乗り込み、叫んだ彼の声に耳を傾けバスの運転手に声をかけたらこんな事故にはならなかったのでないか。声も顔も思い出せない今思うのは、やはり私が見た男性が事故にあったのだろう。疑うのを止め自分に出来ることをすることにした。これは、彼のためではなく、きっと自分のため。あの日、前日届いたジャンパーを浮かれた気分で着込み出かけた。誰もが自分のジャンパーを見ている気さえなっていた。けれど、今も着ているのはうれしいからではない、自分への見せしめだ。
「すみません」
年配の夫婦が、私の腕についた観光協会の腕章を見てから、手に持っている地図をみせる、二人に笑いかけた。
花粉が目に染みる季節・・・まだ、つづく・・・。