小説 ONE-COIN

たった一度、過去へ電話をかけることが出来たなら、あなたは、誰にかけますか?

十二月の出来事 2

2005年05月21日 | FILM 十十一十二月
曇りのち雨【十二の二】→→→「忘年会?」

 サラリーマンサンタがビルの隙間に隠れ見えなくなり、となりの優希が息を吸い込み吐き出す音が聞こえ、一時置き、ぽつりと声を出した。優希を見遣ると、いつもと変わらない雰囲気へと変わり、居心地の悪さはこのフロアからくるものだったのだろうかと思いなおしていた。

「そうそう、奥の居酒屋。そっちは、忘年会兼送別会?」

 ほっとした気持ちがじわりと広がり、不安な気持ちが消え、話しながら後ろにある長いすに腰を下ろす。

「佐々木ちゃんが寿退社」

 優希は、私のとなりに座る事無く視線は、いまだにガラスの外へ向けられている。

「へーそうなんだ」

 笑顔で頷いて見せる。佐々木といえば、車上荒しにあったことを思い出す。私にとっては、勝手にコーラ事件と格付けていて四月の苦い経験をも呼び起こす。そういえば、佐々木は未だに、シートに飛び散ったコーラは泥棒が飲んだものだと思っているのだろうか。今度会ったら聞いてみようと決める。

「鉄板焼きかあ、羨ましいなあ」

 ガラスに映る優希に顔は、白い頬だけがはっきりと見えたけれど、目や口元は影が出来ていて、見て取れない。髪の毛から覗く白い首元と、少しなで肩の肩と真直ぐ伸びた背中を眺めていると、突然、不安な気持ちが、心の中で膨れ上がってくる。優希は、振り向き背中をガラスに預け、一度フロアへ視線をやり、私の顔へ移すと人数が少ないからと続けた。その時、私の中で不安が絶頂に膨れ、その視線を離さぬまま一瞬間が開き、大切な事を思い出したように口にする。

「そうだ、あれ、どうだった?」
「あれって?」

 優希は首をかしげ、私を見下ろしたまま、何も言わずにガラスに寄りかかっていた背中を浮かせ直立に立ち私の答えを待っている。

「検査・・・検査するって言ってなかった?」

 優希は、あれの意味することを知っていたかも知れない、私が検査の事を口にする事を望んでいなかったのだろうか。いや、望んでいなかった。それでも、私は、戸惑いながらも、びくびくと口に、その答えを待っている。

「ああ・・・。言わなければいけない?」

 やっぱりかと確認するような失望混じりのため息をつき、背にしたガラスから斜め前にいる私へ体を少し向け左掌がガラスに触れる。

「そういうわけじゃないけど、なんか気になったから」

 威圧的な態度に完全に押され続け、どういうわけかも分からぬまま気持ちと動揺に口元もしぼみ、しどろもどろになっていく。

「これから先、結果が出るたびに言わなきゃいけない、今回は、こうだったとか、ああだったとか言わなければいけいない?」

 周りを気にする事無く響き渡る優希の声は、まるでジャブを数回喰らい、いきなり強力なアッパーを喰らって吹き飛ばされる程のノックアウト顔負けだった。不安をきっかけにふとした疑問が言葉にでて、優希を傷つける結果になった。今、言葉を一つでも吐き出せば、必死で堰き止めているものが溢れ出てしまう。そんな事態は絶対にあってはならないと、長いすの淵を力の限り握り締め、目頭に力をいれ一分一秒でも早く優希がこの場から去る事を願う。
 エレベーターが開く音が鳴ると、そこから足音が出て優希の名を誰が呼ぶ。

「御免なさいね、遅れてしまって」

 少しだけ顔をあげ、振り向く事無くガラス越しに伺うと、コートを着た年配の女性が優希に笑いかけ待っている。優希は、いくつか言葉を返し、ガラスに付けていた掌がコブシへ変わり付け根の関節が強く浮き出てそこから離れていった。窓に映る優希の後姿が、年配の女性と共に遠ざかっていき店の中へ消える。あのコブシで出来るなら、私を殴りたかっただろう。もし、エレベーターが開かなかったならば、そうなっていたかもしれない。
 掌を囲むように白く曇っていたガラスが、見る見るうちに崩れ、何もなくなった。
 このまま、座っているわけにもいかず、仕方なく立ち上がりガラスの前に立つ。
 優希と同じように、掌をガラスにつけてみると、ひんやりと冷たく、その温度が少しずつ体に入り込んでいくように感じる。
 その温度を意識しながら、気持ちを整えていく。今にも溢れそうだったものが、徐々に引いていく。目を瞑り、深い呼吸を何度も続ける。頭が前へ傾いたとき、ゴツンとおでこがガラスに当たり、鈍い音とじんわりとした痛みが頭に響く。目を開けると、何度も吐いた息が、ガラスを白く曇らせている。
 優希の言葉に、膝を落としてうな垂れるほど酷く傷ついた自分がいて、それを見下ろしている自分もいた。優希の言葉は、落胆するほど冷たくあっけないもので、おまえなんかに関係の無い事だと面と向かって罵られているようだった。
 たしかに、私の言葉すべてが人事そのものだったのだ。謙遜とかそんなものでもなく、こんな大切な事は、友達に気軽に話せることでもないはずで、友達よりも家族の方がずっと深刻でその代わりなんて甘っちょろいことは出来るはずもなく、私は、ただ、良い結果を期待し安心したかっただけなのだ。
 けれど、それは私が頼りないとかそんな事が原因なわけでもないだろう。誰よりも頼りがいのある友人であっても同じ結果になるに違いない。なぜなら、友人というのはそんな役回りなのだ。結局一番になることはありえないように、重大であればあるほど首を突っ込みづらくなり、何か言おうとしても言葉を詰まらせるか、気休めなものしか掛けられない。たとえば、家族を犠牲にしてまで友達を守ろうとしないだろし、たとえ逆のパターンはあってもそれはなく、平気でなくとも犠牲にすることは出来る。
 だからこそ、こんな忘年会の前に偶然あって、立ち話でこんな事を簡単に口ずさんでみたりするのだ。
 こんな事を考えながらも、優希の言葉にダメージを受けても優希には煮えくり返るほど腹が立ちおもいっきり怒鳴ってやりたい衝動にかられても、それと同じくらい自分自身も罵倒したい気分なのだ。

 エレベーターが、また人を運び込んだ。そこから出てきたのは同僚達で、駐車場がどうだとか騒いでいる。一人が、私に気づき声をかけ、私は、人並みの笑顔を彼らに投げかけ、何食わぬ顔でその中へ入る混み、鉄板屋の前を通り過ぎ、目的の居酒屋に入っていく。私が曇らしたガラスは、もう、跡形もなく元の姿に戻っているだろう。


 年末休みに入り、明日はスノーボードの大会でもらった一泊二日の温泉が控えていた。コタツの上に置かれている本を遠くから眺めて、寝不足でシバシバとする目を擦りながら、大きな欠伸をし本へと近づき手を伸ばし抱え、旅館から送られてきた湯気が立ち上る露天風呂が印刷された四つ折りパンフレットを載せ車の鍵を取る。
  助手席に置いた本と四つ折りパンフレットと共に、正月準備に忙しく動き回る人々をみながら図書館へ向かう。
 駐車場は、想像していたよりも年末という事もあってか混んでいて空いている所を探し車を停める。本を抱え車から降りると、どんよりと低いグレーの雲で空は覆われ冷たい風が音をあげ吹きぬけていく。夕方までには、雨か、霙が降るかもしれない。雪が降るには寒さがいまひとつ足りないだろう。冷たく低い空を見上げながら一週間前の痛みを感じていた。あの夜から優希とは連絡を取っていない。一週間連絡を取らないことなんてざらにあったので気にすることもないのだけれど、お花見のときのような気まずさがしっかりと残っている。
 とりあえず、あの件はあやふやにし、この本を返し明日の温泉の話でも、さり気無く持ちかけてみようかと考えていると、パンフレットを助手席に置き忘れたことに気づいたが、戻るのが面倒くさくそのまま歩く。
 借りた本を持ちながら、館内を見回す。優希の姿は見当たらず休憩に入っているのかもしれない。

「あら?」

 自動ドアを抜けると、暖房が効いていてそれが頬に当たる。静かな図書館は、いつもよりも賑やかだった。当てもなく通路を歩いていると、棚の整理をしていた佐々木がびっくりした様子で手元を止めたまま顔を上げる。驚かせてしまったのだろう。驚く佐々木を前に、私は、あの事を聞いてみようと閃く。

「こんにちは。あの、突然なんですが、コーラ事件、あれ、犯人分かりました」
「え・・・コーラ事件」

 きょとんとした佐々木は、何のことだか分からず困り果てた様子で動きを止めたままで、仕方なく車上荒しの事だと説明すると、大きく頷き、サルだったんですよねと続ける。

「あの後すぐだったかな、優希さんが教えてくれたんですよ」

 明るかった佐々木の表情が曇り、何か悪いことでも言ってしまったのかと気になり明るい話題を探す。

「あっ結婚おめでとうございます」

 表情は、どこか上の空で辛うじて返事は戻ってきたが、益々曇っていく。仕事中に話しかけた事を後悔し、その場を後にしようと考えていた。

「優希さん、送別会の写真を取りに先ほどまでいらしていたんですけど、この後もお世話になった方に挨拶にいくって行かれちゃいました。本当なら、一緒に辞めたかったんですけど、なんか気を使ってくれたのかなとか思ったり、優希さん、最後まで優しい人でいろいろ気を使ってくれて、私感極まってあまり感謝を伝えられなかったんです。だから、優希さんに会ったら、一生忘れませんって伝えてくれませんか?」

 なんなんだ、この懇情の別れのようなメッセージは。薄っすら涙を溜めた目で、そんなわけのわからない事を言われても何がなんだか理解に苦しむ。けれど、聞き捨てならないのは、優希は一足先に仕事を辞めたという事だ。あの時の送別会は、優希のものでもあったということだ。でも、なぜ、辞めたのだろう。

「優希には、ちゃんと伝わっているよ」

 どれだけの感情が詰まっていたのかは量れない、持っていた本を佐々木に手渡しそこを後にした。そんな事は、自分で伝えればよい。私にだって、伝えたいことはある。人のことなんて考えていられない。気が付くと走り出していて、館内にいる人々が気づくと視線を向けていたが、そのまま、外へ駆け出していた。

 車にエンジンをかけ、点灯したランプが消えサイドブレーキを下ろし、ブレーキからアクセルに踏み換えようとしたが躊躇しブレーキを踏んだまま考えを巡らす。携帯には着信はない。なら掛けてみるべきか、それは得策ではない気がする。優希の行き先、私やキックの元ではないのは、明らかだろう。なぜなら、何も知らされていない私達のところへ行けば話はややこしくなるに違いない。部屋にいくべきか、思い当たる挨拶にいっただろう場所へいくべきか二者択一、直感を信じアクセルを踏み走り出す。

 これは、酷い裏切りか、それとも私の思い過ごしか。今ある事実は、図書館を辞めたということのみだ。いったい、辞めてどうしようというのだろう。何かの理由で転職して驚かそうとでも考えているのだろうか。もし、そうなら、言わない理由も理解でき、明日の温泉旅行ででも言おうとしているかもしれない。もちろん、それなら、騒ぎ立てることもなく、その時を待てばよい。けれど、そんな様には、どうしても思えなかった。なら、明日の温泉はどうなる。キャンルか?それとも、明日の約束は守られるのか?いや、今日の夜、温泉の仕度をしている優希を信じる事はできない。私は、おそらく、まんまと騙されている。


thank you
つづく・・・

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