小説 ONE-COIN

たった一度、過去へ電話をかけることが出来たなら、あなたは、誰にかけますか?

十月の出来事 2

2005年04月20日 | FILM 十十一十二月
アンテナ微弱【十の二】→→→ 街路灯が、真っ暗な港を所々浮かび上がらせ、並ぶ船が波に揺れている。見る限り人はいない。信号を左折し、町の集落から外れ、港沿いの道をひた走る。静まりかえった港を後にし、車は緩やかな上り坂に差し掛かり、しばらくすると、右へ左へカーブが現れる。辺りは、一層寂しくなり、海は見えず鬱蒼とした木々に囲まれている。時々、現れる街路灯がそれを浮かびあがらせる。昼間なら、木漏れ日が地面に落ち気持ちよく通り過ぎるのだろうけれど、闇に覆われたいまは、僅かな光に照らされるすべては不気味でしかなかった。
 ヘッドライトの光は、上向きにしても深い闇の中に次々に吸い込まれていく。ぼんやりとヘッドライトに照らされた公園駐車場を知らせる白い看板が現れ、閑散とした駐車場へ車を入れた。ステレオに光る時計は、九時二十五分を示している。
 車内から、駐車場を見渡す。駐車場の隅には、潰れたペットボトルが転がっている。車は、点々と三台停まっていて、二台は、人のいる気配は感じられない、一台は、カップルの影がステレオの光でぼんやりと確認出来る。その車は、私達が現れるとエンジンをかけ、車を走らせた。辺りは、私達以外誰もいなくなったようだ。

「なんかさあ・・・」

 闇に襲われそうというのは、こういう事をいうんじゃないかとふと思い、二人に伝えようとしたとき、それを察したかのように優希が言葉を遮る。

「準備準備!!」

 声が裏返っている。前に座る二人は、同時にドアをあけ外へ出る。冷たい風が音をたてて渦を巻くように入り込み、思わず肩をすくめた。
 トランクが開けられ車が揺れる。二人はせっせと準備を進めているので、闇への不安を振り払い後部座席に置かれている食材やその他の荷物を運び出す。
 車の外は、三百六十度木々に覆われ、風に煽られる葉がカサカサと音を立てて、それに混じりキーキーとどこからともなく鳥の叫びが聞こえてくる。ホラー映画の冒頭のシーンで十分使えるのではないだろうか。暗闇の中に車をとめ、怖いものしらずに歩き出し、踏み入れてはいけない世界に踏み入れ、タイトルがでて登場人物の名前がクレジットされていく。要らぬ想像を膨らまし続けたあげく、勝手な鳥肌まで腕にたち、慌てて楽しい夜のバーベキューを想像する。花火は失敗に終わり、今度こそ海を前に、火を灯しのんびりとバーベキューをしながら語らう。これを我慢すれば、そんな世界が待っている。
 気を取り直し、持ちきれるだけ荷物を抱える。優希とキックもそうしていた。

「海岸まで歩くから、忘れ物ない?」

 優希が、上着を着込み後部座席とトランクを順番に覗き込みながら問いかけ、私達は、根拠無く頷く。駐車場にあるたった一つの街灯は、チカチカと不規則な明滅を繰り返し、今にも電球が切れてしまいそうだった。そんな中、確かめるほどの明るさはない。唯一頼りになるライトは、キックの額についているヘッドライトであるが、キックの視線の先を飛びかっている。
 キックが車をロックし、鍵をジーンズについている金具に繋ぐと、その右手が再び鼻の下へ伸び、首を傾ける。しっかりとは見えないけれど、間違いなく、爪楊枝の先っちょ程のニキビを触っているに違いない。私の視線に気づいたらしく、ヘッドライトが私を捉え眩しくて眉を細めた。キックは、光を遊歩道へ向けそのまま歩き始める。
 
 石造りの遊歩道が続き、急な階段が始まる。相変わらず辺りは、真っ黒な木々が覆いかぶさっている。闇の階段を降りている錯覚に陥る。鉄板が、コンロに当たり音を上げ跳ね返った鉄板が、腰に当たり痛みが走る。途中見晴台が現れ空を覗かせた。けれど、星ひとつなく嫌な風が吹きつけていた。土産でも売っているのだろう小屋が、その風にバタバタと煽られている。深く見ず横目で通り過ぎ、再び、石段へ足をだす。
 背にした小屋の方から、何かがドサリと倒れる音が体を固まらせた。

「きゃっ!!」

 優希は、敏感に反応し悲鳴をあげ震え上がり、ばさっと何かを落とす。私は、親指を潰しそうになるほど押していた。
 キックが振り向き優希の足元を照らす。何かをいれたビニール袋が落ちていて、それを拾いあげ優希の手元へ乗せる。

「キック、後ろ照らしてみてよ」

 私は、小屋へ振り向いたけれど、真っ暗で何も見えない。唯一照明があるキックをうながしてみたが、キックは、怖いからという理由でそれを拒否し、階段を下り始めた。確認しない方が恐いのではないかと反論してみたけれど、耳を貸さずに降り始めたキックの後を仕方なく続いた。

 三人は一列に並び、揺れる一筋の光を頼りに一段ずつ確かめながら下り続け、ようやく、波の音が耳へと届く。最後の階段を降り、木々に覆われた闇のトンネルを抜け、肩を撫で下ろした。張り詰めた気持ちを、揉み解す。
足取り軽やかに進み歩道から、足場の悪い海岸に変わる。その時私達を待ち受けていたのは、闇のドームを吹き荒らす、海からの突風と強烈な潮の匂いだった。

「おいおい」

 漏らした言葉は、出鼻を挫かれる、いや違う、予想と掛け離れた悪状況にあっけに取られた末に、知らずうち、にやけてしまいそうな自分自身への突込みだった。


  今日の災いは、すべてキックから始まっているようにも思える。バッティングセンターは優希の要望で、ハプニングなく楽しめたし、キックが提案した、ラーメンから四つ石まで災いが続き、これから、バーベキューが決行されれば、この災いは継続するのだろうか。もしくは、三度目の正直で逆転か、それとも、二度あることは三度あるで、悲劇の継続か、ここは、キックの強運を信じ前者を願いたいものだ。ただ、気になる事といえば、キックの鼻の下にある爪楊枝の先っちょ程度のニキビが、直感を鈍らせているという真実味も出てきているということである。

 持っていたビニール袋が旗のようにバタバタと煽られ痺れ始めていた指先に負荷が掛かる。時折高い波が押し寄せるのか、白い飛沫が巻き上がり風に吹き飛ばされ肌に当たる。

「ううううう」

 肩をあげ再び全身に力が入り唸るような悲鳴が漏れる。優希とキックも同じような状況の中、絶句している。
 私の横を、カランコロンと喧しい音を立てながら優希が前へ五歩進み立ち止まる。

「とりあえず、この風に耐えられるような準備を整えよう」

 優希の声は、すべてを聞き取る前に波と風に瞬く間に吹き飛ばされる。それでも、撤退と言った様には思えず、決行だと認識し踏み出した。キックの揺れるヘッドライトを頼りに比較的大きな石の風下を探そうと足場の悪い海岸を風に煽られながら歩き続ける。どういうわけか、ヘッドライトの光すら風に流されているように思えた。
 一寸先は闇。そんな言葉を身をもって実感する。
 私の肩ぐらいの背の高い石をみつけ、その風下にある転がる石を足で退かし、三人が抱える荷物を一纏めに置く。

「まいったね」

 この最悪な状況に苦笑する。キックの灯りが一畳に満たないスペースを照らしそれを眺め考える。優希は、風下からややはみ出ていたので、髪がバサバサと巻き上がり片手で押さえ座り込む。

「焚き火は無理だから、コンロでやるか?」

 キックの放つ光の真ん中にコンロが置かれている。私と優希は、迷う事無く同意する。

「よし準備しよ!!」

 優希が、スポーツタオルを取り出し、立ち上がりながら、それを頭に被り顎の下で結び威勢の良い声をだす。
 周りに転がる石を出来るだけ一畳余りのスペースから退かし、小さな池の淵のように積み上げていく。平らにした砂地に押し付けられたコンロを置き大きめの鉄板を乗せ、ダイヤルを回しガスが出る音と、カチカチと着火させる音が響き、青白い炎が作られる。度々入り込む風に揺らされては勢いを取り戻す。キックは、優希の手元を中心に照らしていて、光の中では、小さなまな板を石の上に置き野菜が置かれ、一歩後ろに置かれたままになっていた果物ナイフを取ろうと振り向いた隙に、キックの声と共に、無数のキャベツが闇の中へ飛び立った。結局、キャベツを追う様にモヤシ数本とピーマンが飛び立つと優希はまな板をしまい、果物ナイフの刃をケースにいれ、キックへ手渡し、それが大きめのポケットに仕舞われるのを確認すると、用事を言いつけた。キックの光が別の場所を照らすと、優希は、ビニール袋の中へ野菜を詰め込みガサゴソとし始める。私としてはレタスは手で引き千切っても許せるが、キャベツや玉ねぎは幾分抵抗がある。けれど、この不足の事態にそうも言っていられず、そんな思いを振り払った。ところが、それに気づいたキックは、わざわざ優希に向かって何をしているのかと問い、優希は、見過ごしてくれと歯切れ良く言い放ったが、なぜかこそこそと背を向ける。キックは、こくりと頷き身近なビニール袋を持ち作業に戻った。作業を終えた優希はビニールの中から手を取り出し、風船のように膨らませ、今度はしゃかしゃかとシャッフルし始める。たとえば、このビニール袋を箱の中にいれ、箱の天井面だけ腕が入る穴をあけ何が入っているのでしょうかゲームをしたら、きっと難題に違いないだろう。
 鉄板に手を翳すと、熱が掌に当たるのを確認し油を滲み込ませたキッチンペーパーで鉄板を擦る。

「鉄板おっけーだよ」

 風除けの石に当たる風が、ヒュウヒュウと音をあげ、パチパチと音を上げる鉄板を通り過ぎ、その風を避けながら三人で囲む。

 優希のもつビニール袋が傾けられ、バラバラと鉄板の上に落ち残った水分が跳ね上がる。キックがいつのまにか持っていたビニール袋が斜めに傾けられる。けれど、何もでてこない。何が入っているのか聞こうとしたとき、キックの手は、詰まった物を出すようにビニール袋の中身を振り落とそうとし、何度か繰り返すと鉄板の上にどしゃりと物体が撥ねをあげ、崩れ落ちる。食欲不振に陥りそうな嫌な音だった。キックのヘッドライトに照らされたものは、十分な明かりの中にないせいか、赤黒い肉の塊に見えた。
 あまりの醜さに、声を失ったが気を取り直し、持っていた割り箸で、恐る恐る塊に触れ絡み合った肉を一枚一枚剥がし、出来る限り並べていく。そうすると、幾分食べ物らしく見え、音と共に、香ばしい匂いも鼻の奥へ届き始める。このとき、数時間ぶりに空腹を知らせるアラームが、頼りない音を上げていた。

 優希が、手探りで、バタバタと風を受ける石の下に置かれた荷物から、使い捨ての皿を取り出し、闇に浮かぶ僅かな明かりの中へ戻る。焼肉ダレを、石と石に挟み私とキックに皿を差し出す。立ち上がりながら受け取ると特大スーパーボールを、掬えなかったかのように、指で触っていた皿の淵を残し、あっけない音を立てながら風に吹き飛ばされた。偶々、風に飛ばされていく皿の道にいたキックが咄嗟に手を伸ばしみごとにキャッチをしたが、皿には五本の指の痕がくっきりと残り使い物にならなくなり、結局新しい皿を貰ったのだけれど、なぜか石の上に置かれ、その中にはコブシぐらいの石が入れられていた。わざわざ入れられた石を取り出し出来るだけ風に背を向け刺さった焼肉ダレを注ぐ。ゴマが混じった茶色いはずの液体は、どちらかというと黒に近く泥なのではないかと疑いそうになる。

「ウインナー入れた?」

 準主役のウインナーの行き末が気になり、二人に聞く。キックは、ライトの明るさのせいで、口元のあたりしか見えず、一層表情が見えにくい。

「入れたよ」

 キックの口元が動き、手に持っている肉袋を振る。野菜をかき混ぜていた優希の手元が固まり、キックのヘッドライトがゆっくりとビニール袋の移動していく。見たくないと、心が拒否反応を起こし、咄嗟に鉄板へ視線を背ける。

「ウインナーあった、ほら、野菜の中」

 私よりも早く優希もの線が鉄板へと戻っていて、ウインナーを見つける。キックのヘッドライトがようやく鉄板へ向けられほっとする。

「ウインナー、こんがり焼こうね」

 さり気無い言葉を出してみたものの、心の中では、焼きすぎなくらい火を通そうと硬く決めていた。それから、野菜を担当していた優希の箸は、頻繁にウインナーを転がすようになる。

「いい匂いだ、バーベキューになってきた」

 一人テンションが上がり続けているキックは、わざわざ立ち上がり、頭の上を強風が掠めている事もきにせず、嬉しそうに言い、飲物の準備を率先して始める。

 一リットルのペットボトルが岩の間に挟まれ、風に吹き飛ばされることなく、コンロから僅かに漏れる明かりに照らされる。皿を持ちながらコップを持つことは不可能だったので、飲むときはそのままラッパ飲みすることになった。

「そろそろいいんじゃない?」

 目を凝らし鉄板を見つめながら、焼き加減に自信を持てない優希が同意を求める。キックのライトが出来る限り隅々を照らし、野菜が撓り、焦げ目がつき弾けたウインナーと、手ごたえがある肉を確かめた。
 三人の箸が、同時に動き、私と優希は野菜へ伸び、キックは迷わずウインナーを取る。
 キックは、箸で挟んだウインナーを風が遮られることなく通り過ぎる場所へ、ひょいと出し、自動冷まし機、しかも天然塩風味と、楽しそうに言い、自分なりの加減で口へ運びポキッと噛み切った。
 私と優希は、もちろんそんな事はせずに、弾け過ぎたウインナーへようやく箸を伸ばし味わい、うまいと呟いた。

 不思議なもので、海岸へ降りたときの不安はいつのまにか身を隠したのか、消えたのかは定かではないけれど、こんな状況の中、バーベキューを始めてしまった今は、頼りない灯りでも、慣れればなんとも思わず、ゴーゴーと不吉な音を鳴らす風や、ベタベタした潮風にも気を取られる数が減っていた。
 ウインナーと肉が入った袋をみてもそれ程のショックを受けることもなく、薄暗い中で食材を手探りで取り出すのに多少の時間がかかっても急ぐわけでもないので、待てばよい。いつの間にか、気にする事が減っていたのだ。どうにもならない状況で、出来ない事をすっぱり諦めてしまうと、不便な事でも、不便でなくなるようだ。
 キックは、二人よりも早くその世界に順応していたのかもしれない、私と優希は、一歩送れてようやくこの狭い空間を楽しめるようになっていた。

 キックのヘッドライトの灯りがそんな世界を作り出していた。光の外にあるのは、どこまでも続く闇と荒れる海で、その存在すら忘れていく。


thank you
つづく・・・

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