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〈読書会〉おもしろ☆本棚

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2月の課題本 辻村深月『朝が来る』

2016-01-30 22:32:11 | ・例会レポ

辻村深月『朝が来る』
文藝春秋 2015年

「子どもを、返してほしいんです」親子三人で穏やかに暮らす栗原家に、ある朝かかってきた一本の電話。電話口の女が口にした「片倉ひかり」は、だが、確かに息子の産みの母の名だった…。子を産めなかった者、子を手放さなければならなかった者、両者の葛藤と人生を丹念に描いた、感動長篇。(Amazon 内容紹介より)  

※2016年2月の例会は、会場の都合などにより、見学者の受け入れは行いません。ご興味を持って下さった方には申し訳ないのですが、何とぞご了承下さい。なお、2016年3月以降で見学者の受け入れを行う際は、本ブログにてお知らせを致します。

=例会レポ=

今月の例会は、おもしろ本棚二代目講師のMさん(またの名を書評家のK・Jさん)を特別ゲストに迎え、休会中の会員も含めて 24名の参加者が集まって賑々しく行われました。
課題本は、Mさん推薦の、辻村深月『朝が来る』。親子関係、不妊治療、望まれない出産などがテーマの、本屋大賞候補作です。

菊池講師による、「評価は真っ二つに分かれるだろう」という予言のとおり、会員の感想は二手に分かれ、しかしどちらかというとネガティヴな評価が多かったようでした。

この小説は、
一章)保育園でおきた事故と脅迫電話
二章)主人公夫妻の不妊治療から養子縁組まで
三章)中学生の少女の妊娠、出産、その後の転落
四章)エピローグ
という四つの章立てで、章ごとにカットバックを使いながら物語が進んでゆきます。

この構成とバランスに、多くの批判が寄せられました。
子の実母である少女ひかりのパート(第三章)が長すぎて他とのバランスを欠き、最終章で性急に話をまとめた感がある、といった意見です。

―月刊文藝春秋の紙媒体最後の号に唯一最終回を迎える作品として、尺を合わせるための作為的な構成なのか?
―もしかして自分は連載中にどこかの部分を読み損ねちゃったのかな?
―物語は、ここから始まるんじゃないのか。結論は、このあと下巻に続くのか?
など、読みながらあらぬことを考えてしまった方が多いようで、会場では笑いが起きつつも、大きく頷く人たちも。
そこまで思わなくても、夫婦の不妊治療の深刻さについて書かれた後で、中学生の少女の幼稚な考えと無責任な性、家族との類型的なやり取りを長々と語る構成に、いささか興をそがれたという方が多かったようです。
振り返って「雑なTVドラマを見ているようだった」という感想もありました。

批判が向けられたのは少女の描写だけではなく、主人公の佐都子が立派過ぎて素直に感動できない、彼女が養子を迎える決断をするにあたって、もう少しディテールを描き込むべきだったのでは?という感想も聞かれました。

この小説の成り立ちそのものにも苦言が寄せられました。
作家がテーマについて取材して、勉強して、物語を組み立て、ネタを盛り込んで小説に書く、こうした工程が見えすぎてしまい、小説世界に没頭できなかった方が多かったようです。
(たしかに作者辻村深月は、編集者から不妊治療と養子縁組について書かないかという提案を受けてこの小説を書いた、とインタビューで語っています。)
ひかりが背負った借金 80万円というのが、更生可能な、程よい転落の度合いで、登場人物と物語にとって非常に都合のいい設定であること、不妊と養子縁組をテーマに書くのなら、希望のある終わり方にする必要があるという予定調和の気配、そうしたものが、読者の共感を呼びきれずに、却って白けさせてしまった恨みはあるかもしれません。
「あざとい」という感想が幾度も聞かれましたし、何でこうなっちゃうの?と思わせる部分がもう少し必要なのでは?という意見もありました。

と、ここまで批判的な意見を並べましたが、もちろん肯定的な感想もありました。
構成について、素晴らしいという逆の意見が複数あったことも事実です。
佐都子とひかり、2つの視点から見せることで物語が立体的になった、初めに感じた違和感がカットバックで解消されて、主人公が志を立てたことが物語の後半につながったなど、ベーシックな手法がまっとうな効果を出してもいると言えそうです。
批判の多かった明るい雨の降るラストシーンは、むしろそこにたどり着くために作品が存在しているのだから良いのではないか、また、「ひかり」という名が、 10代で軌道を踏み外した少女に、やがてもたらされる未来を暗示しているのではないか、といった印象的な意見もありました。

菊池先生は、辻村深月の作家としてのテーマが「女性の込み入った関係」であること、そして、物語のズラし方のうまさに特長があるとした上で、この作品では「広島のお母ちゃん」という存在が、幼い子供の中で着実に膨らんでいるところが素晴らしいと評価されました。
確かにこれは大人(ひかりを「大人」とするならばですが)が右往左往するお話ですが、その中で、実はちいさな朝斗くんの中でも着実にもう一つの物語が育っていたことを描き込んでいたとは、指摘されるまで気がつきませんでした。
辻村深月の、もしかしたらすごいポテンシャルがここにあるのかもしれません。
やがて朝斗くんが大人になったら、二人の母親のことを、どうのように想い、語るのでしょうね。

特別ゲストのMさんによると、辻村深月は、角田光代とならんで、直木賞を獲ったあとに大きく伸びた作家だそうです。
辻村は下手な作家である。
『ツナグ』なんて、いいのは半分だけ。
『島はぼくらと』『ハケンアニメ』は面白いけれど、「既存の面白さ」でしかない。
しかし、『鍵のない夢を見る』で直木賞を獲ったあとは、いい作品を書き続けている。


☆最後に、Mさんの小説読み方道場〜!

小説は、どう読んでもいいのです。
ただ、面白い小説がなぜ面白いのか、つまらない小説がなぜつまらないのか、そこを追求してみるならば、読み終わった後で、プロットを書き出して分析してみましょう。
まずこうきて、それがこうなって、そしてこう展開して・・・
分解している途中で、あれ?となる部分が必ずあります。
それがどうしてなのか?
そこを考えてみましょう。

小説というものは、説明してしまってはいけない。
この『朝が来る』は、結論をまったく書いていない。そこがいい。
たとえば、ひかりが佐都子のマンションを尋ねてきた時に、ひかりの口からは何も言わせていないのに、「あなたは母親じゃありませんね」「お金がほしいんでしょ」と、どんどん勝手に決めてしまう。
そして最後も、ひかりに何も言わせていない。
この子を育てるのだという意志の強さだけで最後まで押し切っている。
ここに描かれる「意志の強さ」、そのシンプルさが、この小説の力である。
小説は、語りすぎてはいけないのです。

かつて、宮部みゆき氏にインタビューした際に、彼女の作品のプロットを分解してみせたところ、「ゼンゼン違います」と言われましたが。(笑)

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