「赤間凜音」 銀-スケートボード・女子ストート
赤間 凛音(あかま りず、2009年1月8日 - )は、日本の女子スケートボーダー。2024年開催のパリオリンピック スケートボード女子ストリートの銀メダリスト。
*Wikipedia より
東北高校 赤間凛音さん 銀メダル in パリ 震えるほどの感動 本当におめでとう!! トピックス 24.07.29 東北高校HP
東北高校1年生の赤間凛音 さん
やってくれました 銀メダル🥈 in パリオリンピック!!7月28日(日本時間7月29日)
予選と決勝をあわせて パリの炎天のもとに闘いを繰り広げた 女子スケートボード・ストリート
決勝に出場した8名中 日本勢が3名という闘いです 日本の競技レベルが高いことが分かります
そして 予選から決勝まで約6時間を超す激闘 技術だけでなく体力と気力が試される競技です
後にインタビューで凛音さんは
「日本の2人は大切な存在 本当に助けられた」と語っています
一時はトップに立った凛音さん 最後まで「攻める滑り」を続けました
終盤には涙を浮かべる瞬間もあった凛音さん
それはトップにならないことではなく 自らの限界に挑み「攻め」の滑りに挑戦し続けた証しだったのです その姿にわたしたちは震えました!!
そして堂々の「銀メダル🥈」!!
仙台の 宮城の 日本の凛音さんが15歳で迎えた初のオリンピックで 悲願のオリンピックメダリストになりました
中学時代に全治6か月の大けがを負い 選手生命も危ぶまれる時期もあった凛音さん
しかし懸命なリハビリと練習を重ね 脅威の回復を果たし 第一線への復帰を果たしたのです
そこには言葉にできないほどの苦しさと努力があったことでしょう
凛音さんの思い・願い・闘志そして挑戦 そのすべてがドラマでした
【スケボーを持っていなかったら普通の高校生 でも闘志みなぎるアスリートです】
「年々レベルが上がっている激しい競技です。次回も(オリンピックの場に)立てるか分からない。・・・でも次は必ず金メダルを獲りたい。」
と力強く語る凛音さんのこころは すでに次回のオリンピックに向かっています
おめでとう そして震えるほどの感動をありがとう そしてお疲れ様!!
シルバーメダルをその胸に輝かせて帰ってきてください 凛音さんは東北高生の誇りです!!
【オリンピックに出場する前の凛音さんの姿です】
【銀メダリストになりました】
【感動をありがとう そしてお疲れ様 早く東北高校に戻ってきてその笑顔を見せてくださいね!!】
*https://www.tohoku.ed.jp/2024/07/29/%E6%9D%B1%E5%8C%97%E9%AB%98%E6%A0%A1-%E8%B5%A4%E9%96%93%E5%87%9B%E9%9F%B3%E3%81%95%E3%82%93-%E9%8A%80%E3%83%A1%E3%83%80%E3%83%AB-in-%E3%83%91%E3%83%AA-%E9%9C%87%E3%81%88%E3%82%8B%E3%81%BB%E3%81%A9/ より
「本当に終わったなと思った」 スケボー赤間凛音、全治5~6か月の大けが乗り越え初五輪…昨夏骨盤と鎖骨骨折 2024年6月24日 5時50分スポーツ報知
◆パリ五輪予選シリーズ(OQS)最終戦(23日、ハンガリー・ブダペスト)
22日のスケートボード女子ストリート準決勝では赤間凛音(りず、15)が決勝に進み、他の日本勢とのポイント差で初の五輪出場を確実にした。ランの1回目を失敗したが「予選より緊張しなかった」と2回目に挽回。一発技のベストトリックは最初から2回連続で成功させた。
昨年8月の国際大会の練習中、骨盤と鎖骨を折る大けがに見舞われた。全治5~6か月との診断に「本当に終わったなと思った」。それでも周囲の励ましを受け、1週間後には可能な範囲でトレーニングを再開。板に乗れない間は上半身や腹筋を鍛え、「けがする前より、逆に良くなっている」。絶望の淵から懸命のリハビリで見事に復活した高校1年生。「結果がどうであってもスケボー自体が楽しい」と言える強じんなメンタルを武器に、金メダル候補として、パリに乗り込む。
◆赤間 凛音(あかま・りず)2009年1月8日、仙台市生まれ。15歳。小学2年生から競技を始めストリートで活躍。日本選手権は19年に準優勝し、21年優勝。世界選手権は22年ローマ大会4位、23年ドバイ大会4位。パリ五輪予選は23年6月の第3戦と今年3月の第6戦で優勝。164センチ。
*https://hochi.news/articles/20240623-OHT1T51301.html?page=1 より
この子も名前表記が「RIZU」と。世界に通用するキラキラネーム(笑
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