8月27日、参議院講堂で「子どもの権利は私たちになぜ適用されないのですか?入管庁による子どもと親の送還を今すぐやめてください」の緊急院内集会に参加しました。文科省や入管庁への交渉後の報告集会でしたが、会場は立ち見がでるほどに満員でした。
司会は、貧困ネットの瀬戸さん。南部の会も賛同した強制送還に反対する声明への賛同団体署名は1159団体。入管庁・文科省の方々は、突然に強制送還団体されることへの質問や胸に刺すような訴えにも全く見を貸さず「法律に沿って適正に対応しています」の回答を繰り返すのみでした。大学生や高校生の日本での厳しい暮らしのなかで、学校から帰ったら突然、父親がいなくなり、強制送還されたという体験、日本で生まれ、普通に暮らしているなかで家族がばらばらにされることの怖さなどが語られ、そして「どうして子どもの権利条約hが守られないの?誰か答えて下さい」との訴え、父親が病気になり医者の手当てが必要になったにも関わらず、入管庁がそれを阻止したという怒りなど人権を踏みにじる入管庁の対応が問題になりました。
参議選で「日本人ファースト」などの排外主義がはびこり、入管庁(出入国残留管理庁)は、5月に「国民の安心・安全が脅かされている」として非正規滞在者を対象にした「ゼロプラン」を発表。その後の強制送還がひどくなり、十分な説明もなく強制送還が行われているということでした。クルド難民は「怖くて外にでられなかった」などの報告もありました。
日本も批准している「子どもの権利条約」では、親と一緒に暮らす権利や教育を受ける権利など子どもの最善の利益が尊重されなければならないのに日本はそれを守っていない!子どもの権利を守る立場で対応してほしい、またどれぐらい強制送還がなされたか数字を明らかにしてほしいなど訴え、話し合いの継続を求めました。
「日本人ファースト」の差別排外主義は「戦争への道」!絶対に許してはならない! 反差別・人権擁護の声を上げ続けていきたいと改めて思いました。
8月14日、文教区民センターで行われた「『新たな戦前』に抗するために」の集会に参加しました。
ガマフヤーの具志堅隆松さんと関東学院の西原和久さんのインタビュー形式でした。西原さんが質問をし、具志堅さんが答えるというもので、具志堅さんのこれまでの取り組みについてと、もう一つの「カーチス・ルメイ氏への叙勲取消」の問題提起でした。
1964年の「カーチスへの叙勲 勲一等旭日大授章」は東京大空襲をはじめとし米空軍機で空からナパーム弾で、多くの市民を殺戮した米軍人であり、その人への勲章の授与は反国民的行為であり、「叙勲」を取り消せ!と、政府に要求するというものでした。もう一つは、航空自衛隊の創設に貢献があったということも授与の理由だそうだ。勲章は内閣府が決め、天皇が授与する国事行為であり、皇居で行われる。
大日本帝国の侵略戦争を引き起こし、多くの人々を虐殺した戦争の最高責任者が、大都市の住民を虐殺した米軍人を表彰し、さらに自衛隊創設にも関わったという功績をたたえ、カーチス・ルメイに旭日大綬章を手渡す光景は、戦争を起こし、お互いに戦争で人を殺すことを称賛しているようなものではないか!「叙勲」を取り消せではなく、「叙勲」そのものが問題ではないか、そのシステムはどうなんだろうかと・・・考えさせられた集会でした。150人ほどが参加。
8月2日、台風の通過で、雨風を心配したが、天気も私たちに味方したかのようにいい天気に。しかし、一気に猛暑到来でしたが、第51回のオール沖縄主催の辺野古シュワブ前での県民集会に呼応して、いつものように新宿南口でのスタンディングを開始。日本語で書かれた青い簡易チラシ、黄緑色の英語のチラシを配りながら、リレートーク。通りゆく人々に沖縄のたたかいへの理解や・支援を求めた。
その後、新宿歴史博物館で行われた「源啓美が語る 沖縄の戦後80年」の講演会に参加し、元ラジオ沖縄ディレクターで慶良間諸島の渡嘉敷島で1948年に生まれた源さんの講演です。琉球舞踊も踊れる源さんに「是非とも踊りも」とお願し、源さんは「かぎやで風」を踊って下さった。「かぎやで風」は祝いの席で必ず披露されるめでたい踊りです。会場いっぱいに大きな拍手が鳴り響きました。
その後「個人史からジェンダー視点で語る沖縄戦ご80年」の講演会。沖縄戦を生き延びたお母さんについての話でした。沖縄戦で防空壕で避難していた時に破裂した手りゅう弾の破片が無数に頭に入り、おでこからその黒い破片が出てきたりしたという。自殺しようと摩文仁の丘から飛び込んだが、気がついたら米軍に助けられ収容所の中だったそうです。その時のけがで、片方の足を曲げることができなかったそうだが、しかし、助産婦として6人の子どもを育てあげた母。過酷な沖縄戦を生き延び、頭に無数の破片をあり、頭痛に悩まされながらたくましく生き抜いたウチナ―の母親です!
北京会議のあと、95年の少女暴行事件を取り組む中で「基地軍隊を許さない行動する女たちの会」を立ち上げ、「うないフェスティバル」を取り組み、現在も毎週水曜日に辺野古や安和にいき、基地反対の抗議や沖縄の子どもや女性たちの安心・安全の暮らしを守る闘いを続けているそうです。
時間がないのが残念でしたが、ゆるがない沖縄の女たちのたたかいに、東京にいる私たちも「頑張っていかねば!」と奮い立たせてくれました。約100名の参加者でした。
猛暑の中、スタンディングと学習会への参加、本当にお疲れさまでした~
8月4日、毎月第一月曜日に開催されている防衛省前行動に参加しました。
いつものように主催者からの沖縄がおかれている厳しい現状が報告されました。急速にすすむ軍事要塞化と戦争を想定した日米欧の沖縄近海での軍事演習などに抗して闘う沖縄と連帯していこうと訴えていました。
今回は先の参議選挙で当選を勝ち取った高良沙哉さんが伊波さんとともに参加され、選挙へのお礼と、これから全力をつくして頑張っていくという決意が述べられ、大きな拍手が沸きました。その後、安和桟橋事故の原因究明をしないばかりか、被害者を犯罪者にしようとしていることに対する怒りの発言が続きました。
防衛省への申し入れ・抗議文は3団体からありました。南部の会も添付の抗議文を防衛省職員に手渡し、安和桟橋での被害者を「犯罪者」にしようとしていることに抗議しました。
以下、南部の会の抗議文です。防衛省以外は郵送しました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
石破茂総理大臣 2025年8月5日
中谷元防衛大臣
中野洋昌国交大臣
村井勝沖縄防衛局長
楠芳伸警察庁長官
安和桟橋からの土砂搬出は直ちに中止し、昨年6月の死傷事故の原因究明をし、公表せよ
被害者に対して謝罪と十分な補償をし、再発防止策を示せ
沖縄のたたかいと連帯する東京南部の会
名護市の安和桟橋前で昨年6月に起きた死傷事故で、抗議活動中に重傷を負った女性に対し。沖縄県警本部が被疑者として事情聴取を求めていることが報道された。8月6日に事情聴取するそうだが、なぜ、被害者の女性が加害者のような事情聴取をうけねばならないのか、本末転倒で許されない対応である。県警は琉球新報の取材に対し「捜査中の事案で、答えを差し控える。慎重に調査し誰がどのような刑事責任を負うのかなど、あらゆる観点から事故原因を究明していく」と答えたそうだが、公正・公平・客観的事実に基づいてやるべきはいうまでもない。女性の代理人の三宅俊司弁護士は被疑者として事情聴取をうけるのは「本来の責任がある沖縄防衛局あるいは現場管理をしていた警備会社である。被害者の女性を加害者にして事情聴取をすることは絶対に許せない!」と抗議の声をあげた。死傷事件の一切の責任は、工事を強行している防衛省にあることはいうまでもない。
また防衛局は、昨年の事故後、県や県議会に機材を持ち込んで事故当時の映像をみせているがが、昨年12月に個人情報開示請求を利用して女性側が開示を求めると、防衛局は今年1月、「保有を確認することができなかった」と不存在を主張し、不開示の決定をしたという。防衛局は昨年8月21日、22日に沖縄県土木建築部、10月11日に県議会土木環境委員会に事故映像をみせており、「不存在」はありえない!あるはずの映像を不開示にすることは違法であり、許されることではない!死傷事件の映像の開示を求めて7月29日、女性は不開示決定を取り消し、開示するよう求めて那覇地裁に提訴した。直ちに開示するべきである。
事故から一年以上経過しても事故原因の究明がなされていない。抗議活動の排除を強め、現在、事故前の倍近いダンプカーが出入りしているという。ダンプカー1台ずつ出していたのを、2台続けて出すという「ルール違反」が事故をおこしたのである。抗議活動中に警備員の男性とともにダンプカーにひかれ重傷を負った女性は大手術を経て、現在、リハビリ中であるが「未来の沖縄のために新基地反対、そして、故郷沖縄を再び戦争の場にしてはならない」と、生きている限り闘っていくという決意を示しており、誠意をもって答えるべきではないか。安和桟橋の死傷事件の責任の一切は、民意を無視して辺野古新基地建設を強行していることに原因がある。そのことを踏まえ、以下、要求する。
1、 正当な住民の抗議活動を「危険・危害を及ぼす妨害行為」と決めつけるのは不当であり、表現の自由を保障し、沖縄の住民に対しても安心・安全に生きる基本的権利を保障せよ
2、 死傷事故の原因を究明・公表し、被害者への十分な謝罪・補償をせよ
3、 二度と事故が起きないよう再発防止策を示すまで、工事を中止せよ。
4、 民意を踏みにじる辺野古新基地建設は中止せよ
防衛省が全国の約2400の小学校に約6100冊「子ども版 まるわかり日本の防衛」を送ったそうだ。驚きである!
これまで防衛省はネット上では2021年から「子ども向け防衛白書」を公開していたそうだが、今年度はじめて学校へ直接送付したという。防衛白書の内容は「1、なぜ自衛隊は必要なのか」ウクライナがロシアに攻め込まれた理由は「防衛力が足りなかった」を理由にあげ、戦争を防ぐには『抑止力』が必要と強調。「2、日本の周りで何が起きているか」の項目では、中国、北朝鮮、ロシアの3か国をあげ、日本の地域は安全ではないと説明。「3、日本はどうするか」の項目では防衛力に必要なミサイルや戦い方、費用などわかりやすく説明しているそうだ。
長崎県によると3月21日に九州防衛局から2名来防し「自衛隊の活動を広く正しく周知したい。10冊ずつ各学校に配布したい」と依頼があり、今回の小学校への配布になったという。文科省は各県で判断をと言っており、長崎県は各市町村の判断にしてもらうことにしたという。
文科省には2024年8月下旬、防衛省から配布の相談があり、「各自治体の判断になる」と伝えたというが、責任転嫁もはなはだしいではないか。議論や検定も受けていない教科書をかってに防衛省が子どもたちに配ること自体問題ではないか。
教育的な観点から問題があるとして、女性3団体などが、7月15日、県教育委員会に冊子の回収を申し入れたという。配布されているのは長崎県だけだろうか。
防衛省は「子ども向け 防衛白書」を子どもたちに配布すべきでない!「防衛白書」は教科書ではない!防衛省は小学校に配布した6100冊は直ちに回収せよ! 小学校は「命は最も大事」「隣国とはなかよく」「戦争してはいけない」など平和憲法に沿って反戦・平和・人権を学ぶべき場である。
毎月第一土曜日に行っている新宿南口スタンディングに参加しました。前日の雨が残るかと心配したが、晴れてホッ。
参議院議員選挙中とあって、場所の確保が心配でしたが、いつもの場所でいつものようにスタンディングの準備を終え,さあ~はじめようとマイクを握ったその時、隣で参院議員の「大椿ゆうこ」さんの情宣をさせてほしいと要請され、少しの時間、私たちはマイクでのアピールを控え、沖縄の基地に反対し、非正規労働者の解雇撤回や長生炭鉱の掘削を支援している大椿さんの情宣を応援した。排外主義の政党がはびこっているなか、反戦・平和・人権をすすめる大椿さんのような人が、一人でも多く国会議員になってほしい!
大椿さんの情宣のあと、いつものように「辺野古新基地建設反対」「沖縄の島々の軍事要塞化許さん」「沖縄の民意を踏みにじるな」などチラシを配布しながらリレートーク。今回は「『戦後80年』の沖縄 あと100年も続く不発弾の恐怖 政府は憲法を守り、再び『戦争の惨禍』を繰り返してはならない!」と道行く人にチラシでも訴えた。高校生や大学生ぐらの若い人のチラシの受け取りがよく、うれしかったです~ スタンディング参加者は75人。暑い中、お疲れ様でした。
6月28日、第一衆議員会館で開かれた「米軍・自衛隊による人権侵害・環境破壊・基地機能強化に反対する緊急全国集会と政府交渉」に参加しました。
全国基地爆音訴訟原告団連絡会議・代表の金子さんが主催者挨拶のあと、嘉手納基地・普天間基地・新田原基地・岩国基地松基地・厚木基地・横田基地の7箇所の基地原告団からやりたいほうだいの米軍への怒りの声と基地被害の実態や取り組みなどの報告がありました。
その後、特別報告としてPFAS問題を研究している島袋さんが、基地周辺の川や地下水・土壌汚染が深刻化している実態を報告し、取り組みの強化を訴えました。イタリアでは汚染に加担した日本人を含めて逮捕・実刑判決も下されており、PFASの取り組みを遅々として取り組まない日本に警鐘を鳴らしました。米軍基地への立ち入り調査さえ、認められていない日本は「本当に独立国家なのか!」と不平等な地位協定の改定も訴えました。
次に土地規制法について、現段階の現状が報告され、たじろぐことなく来年の見直しで縮小・廃止を目指していこうと訴えました。
会場からは一坪反戦地主・関東ブロックから連帯して基地撤去・沖縄を戦場にしない闘いを連帯してともに頑張っていくとの発言がありました。
その要請文が防衛省に手渡され、政府交渉に移りました。が、政府の答えは、原告団の訴えに全く向き合わず、同じ文言の繰り返しで、怒りの声が飛び交いました。
引き続き政府交渉等、連帯して頑張っていこうと確認し終了しました。
6月17日、参議院議員会館で行われた「沖縄戦没者の遺骨で基地を造るな!~とう なまやさ」のガマフヤー具志堅さんによる政府交渉に参加しました。
交渉相手は防衛省・警察庁・内閣府・厚労省でした。主な要請事項は ①辺野古新基地の埋め立てに、戦没者の遺骨が残る南部の土砂をはずせ。那覇軍港の浦添西海岸への移設を断念せよ ②石破総理が6月23日の慰霊の日の追悼式に参加するなら辺野古新基地建設に南部の土砂を使わないと明言せよ ③警察庁は慰霊の日に、平和の礎区内に立ち入り、遺族の備えた花や線香、酒などをひっくり返すな、立ち入りをやめろ を中心に交渉しました。南部の土砂には、遺骨をはじめ血のしみ込んだ土砂を海に捨てるのは、人間として許されない!また、平和の礎は、遺族にとっては「お墓」のようなもので、そこに警察官が大挙して入り込み監視するのは、やめてほしいと要求したが、どの省も「沖縄の悲惨な歴史や状況を勘案し適切に判断する」と判をおしたような回答の繰り返しで、私たちの訴えに正面から答えてくれませんでした。しかし、南北の塔におさめられていた300体の遺骨については、すでに遺骨収集情報センターに移されており、来月からDNA鑑定を始めると回答。
牛島司令官の辞世の句についても、自衛隊のHPから削除するよう要請し、その歌は決して「平和の歌」ではない! 具志堅さんがつくった琉歌を、具志堅さん自ら浪々うたい、沖縄から基地を撤去せよ、沖縄を再び戦場にするな!と訴えました。
最後に「私たちは決してあきらめない!また、交渉を要求する」と確認し、終了しました。具志堅さんは、明日18日から23日まで県庁前で、慰霊の日は平和公園テント前で「沖縄戦犠牲者への冒涜を許さない!辺野古の基地建設やあらゆる戦争準備に反対」し、ハンガーストライキを実施すると発表しました。
6月17日「最高裁ヒューマンチェーン」に参加しました。11時半ごろから、「いっしょに歌おう」と呼びかけられ、レ・ミゼラブルの劇中歌で歌われたという「民衆の歌」の合唱がはじまりました。そして太鼓の合図でスタート。開会宣言が発せられ、各団体による2分間スピーチがはじまりました。団体は20団体。3回にわけてスピーチが行われ、間に、シュプレヒコールや最高裁を囲むヒューマンチェーン、そして国会議員の挨拶等がありました。スピーチは「原発被害者訴訟原告団」「避難者の住宅追い出しを許さない会」「アスベスト全国連絡会」「安保法制訴訟連絡会」「株主代表訴訟団」「子ども被ばく裁判の会」「原発をなくす連絡会』「公害総行動実行委員会」「沖縄・一坪反戦地主会」「戦争させない・憲法壊すな・総がかり実行委員会」など他、20団体がリレートーク。最後に集会決議「司法よ、国民の憂いは頂点に達している」が読み上げられ、参加者の拍手で採択されました。
参加者は1000人を越え、みんなで手をつなぎ、最高裁へ向かって「原発事故は国の責任!」「最高裁は公正中立!」「危険な基地はいますぐなくせ!」「原発廃炉、今すぐ廃炉!」などシュプレヒコールの声をあげました。暑い日差しの猛暑日のなか、お疲れさまでした~
6月10日、衆議院第二議員会館で開かれた「差別禁止と制裁の国際基準について~包括的反差別法をつくろう!~」についての学習会に参加しました。講師は「国内人権機関と選択的議定書のための人権共同行動」の活動も取り組んでいる寺中誠さんでした。
国内人権機関の設置している国は118か国で、設置していない国の方が少ない。米国や中国、ロシア、日本は設置されていないが、米国やロシアは代替する体制があるという。
日本は人種差別撤廃条約を批准しているが、表現の自由との衝突が指摘され刑事罰を留保しており、国連からはなんども留保の撤回を何度も勧告されているそうだ。名誉棄損罪や侮辱罪は差別禁止として使うべきではないというのが国際基準である。みんなの力でパリ原則を基準とした国内人権機関を設置させようと確認し学習会は終了したが、むずかしかった~
暑い日差しの中、新宿南口での「辺野古新基地建設に反対する」スタンディングに参加しました。
いつもまく簡易チラシの内容は「西田氏よ、『ひめゆりの塔』は歴史を改ざんしていません! 他県同様、沖縄も平和に安全に生きる権利があります!」の表題のチラシでした。もちろん、英訳チラシも配りました。
今回は、遠く岐阜で「『モノ言う』自由を守る会」の近藤さんが参加してくれました。リレートークでは、沖縄の置かれている差別的な現状や歴史、そしてあまりにひどいと参議院の西田発言に対する怒りも話してくれました。ほかのリレートークが続いたあと、エイサーも披露。そして、牛島司令官の辞世の句に抗してつくったガマフヤーの具志堅さんの琉歌を、ウチナ―のイナグんちゃが節をつけて読み上げました。琉歌は「①島ぬ青草や 皇軍が枯らち 戦さ枯骨や 土になゆる ②あわれ島尻ぬ 戦さ枯骨や 辺野古新基地ぬ 海に棄てぃてぃ」を節をつけて披露しました。
孫をつれた那覇出身の女性がスタンディングに参加。「家の斜め前に故翁長知事の家があり、近所だった。奥さんも本当に話が上手だったよ。埼玉に住んでいるが、今日は孫の守で、東京にきた」と話してくれました。
暑いなかでしたが、74人が参加してくれました~
南部の会が5月25日に出した西田昌司発言に対する抗議文を添付します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2025年5月25日
西田昌司自民党参議院議員
石破茂自由民主党党首
沖縄戦の実相・沖縄の戦後史と真摯に向き合い、発言の撤回・謝罪を求める
沖縄のたたかいと連帯する東京南部の会
自民党参議院議員の西田昌司さんが5月3日の憲法記念日に那覇市内で開かれた「憲法シンポジウム」(主催:神道政治連盟県本部・県神社庁、共催・自民党県連、日本会議県本部でつくる実行委員会)でひめゆりの塔の説明版に書かれた内容は「歴史の書き換えだ」などと発言した。「何十年か前にひめゆりの塔を訪れ説明を読んだが、要するに日本軍がどんどん入ってきて、ひめゆりの隊が死ぬことになった。アメリカが入ってきて、沖縄は解放されたという文脈で書いている。まるで亡くなった方々が報われない。歴史を書き換えられると、こういうことになっちゃう。・・・ここまで間違った歴史教育は京都でもしていない。かなりむちゃくちゃな教育をされている」「沖縄の地上戦の解釈もかなりむちゃくちゃな教育になっている。自分たちが納得できる歴史をつくらないといけない」とも発言した。
まず、ひめゆりの平和記念資料館には、西田さんがいう「歴史の書き換え」などの記述は全くない!ひめゆりの塔は80年前、犠牲になった沖縄師範学校女子部や沖縄県立高等女学校の生徒と教師ら227人を悼んだ慰霊碑で、米軍の毒ガス弾が撃ち込まれ、多くの学徒が犠牲になったガマの上に建てられた。資料館には、犠牲になった学徒たちの証言が展示され、平和の大切さを訴えているのだ。
西田さんは5月7日の記者会見で「私の意図とは無関係に切り取られた記事が誤解を生んで、非常に遺憾だ」「沖縄県民を傷つける意図はなかった、結果として傷ついた人がいるのであれば、遺憾だ」「発言は、憲法改正の前提として、大戦とアメリカの占領政策を説明する趣旨だった」「勝手に切り取られた情報で、その記者の思い込みでその記事がつくられて、報道がどんどん広がっていくというのに大変私は危うさを感じる」とも主張した。
80年前の米軍上陸以来、地獄のような地上戦から今日にいたるまで、基地の重圧が続き、米軍による事件・事故・性暴力など人権侵害が後を絶たない沖縄の現状を国会議員として知るべきである。皇土防衛の持久戦により、沖縄を捨て石にした沖縄戦の実相をゆがめ、戦没者や戦争体験者を冒とくし、県民の尊厳を踏みにじるもので断じて許されるものではない。また、「西田氏の発言は本質的に間違っていない」と参政党の神谷宗幣代表の発言も同様であり、謝罪・撤回せよと求める。西田氏は沖縄戦の実相・沖縄の歴史を学び、沖縄に対する無知・偏見・差別的視点を改め、真摯に謝罪すべきと要求する。
6月6日~7日にかけて衆議院第一議員会館で開かれた「戦争止めよう!沖縄・西日本ネットワーク 東京行動」に参加しました。
沖縄・西日本ネットワークは急激な軍事強化に対する懸念から、その動きを止めるために2月22日に35団体が参加して結成。2015年安全保障関連法、2022年の安保三文書における敵基地攻撃能力の保有決定、今年度から超射程ミサイル配備計画など、これまでの専守防衛から国会の審議もせず大きく舵をきりました。初めに、沖・西ネットからの要請文が防衛省に手渡され、その後,9団体から要請文が手渡されました。
軍事費増額や憲法の解釈変更、民間施設の軍事利用に対する質問、民間施設の軍事利用計画の撤回を求める質問、軍事拠点や弾薬庫建設に対する住民説明会を求めるが「これまでも説明会を持ってきた、今後は説明会ではなく自治体を調整しながら理解を求めていく」。平和外交要求に対しては「これまでにない厳しく複雑な安全保障関係のなかで、価値を共有する同盟国・同志国との連携を前提としつつ、中国とも戦略的互恵関係で意思疎通を図っていく」。沖縄先島の避難については「国民保護基本指針に基づいて九州各県や山口県などと広範な連携をはかっていく」「憲法9条においても、ほかに手段がない場合は必要最小限の武力行使は可能」「弾薬庫についても火薬類取締法に基づき適切に整備し、安全を確保している」「特定利用空港・港湾については自治体と調整し、平素から自衛隊が利用」「超射程距離ミサイル配備は自治体と調整していく・・」と答えたが、沖縄県はデニー知事が明確に反対していることに対しては「知事が明確に反対しているので、ミサイルは配備しないですね」の質問にはだんまりでした。
政府側は、質問にはろくに答えず回答の文書を読むばかりでした。参加者は300名以上で、用意した資料も足りなかったそうです。翌7日は教育会館で行われる市民交流集会への参加を訴え、終了しました。
6月3日オール沖縄主催の「沖縄の海と暮らしを守るために 辺野古新基地建設に反対する」院内集会に参加しました。衆院第二議員会館第一会議室で行われました。立ち見や地べたに座っている人もいて会場は満杯でした。
元名護市長の稲嶺さんが開会の挨拶の後、沖縄からの報告として「海砂採取海域の海岸浸食について」大宜味村の吉浜議員が、ドローン・プロジェクトの奥間さんのとった映像を使って説明。新基地建設のために沖縄周辺の海砂が削り取られ、環境が悪化している、さらに砂杭のためにますます環境破壊が進むので、何としても基地建設をやめさせなければ!と、全国の支援を訴えた。また、糸満島ぐるみ会議の大城さんが、大浦湾へいかに多くの砂杭が打たれるか、つまようじを指して目に見える形で示してくれた。豊かな自然環境を守るために、みなさんのご支援を!と訴えた。その後、議員たちの挨拶が続きました。
そして「沖縄における国連軍基地問題・・」について川名晋史さんが講演。米軍のほかに朝鮮国連軍が横田や嘉手納など7箇所の米軍基地に置かれており、米国国旗と青い国連旗が掲げられているという。時間がなく30分の講演だったのが、残念でした。最後に、オール沖縄会議共同代表の稲嶺進さんが挨拶し、頑張ろう三唱で終了しました。
6月2日、防衛省前抗議行動に参加しました。「辺野古に基地を造らせない!実行員会」が毎月第一月曜日に行っている抗議行動です。
今回は、陸自幹部学校資料に対する抗議文を持っての参加です。防衛省への抗議文は、「基地・軍隊による性暴力を許さない関東の会」の性暴力に対する抗議文と南部の会の抗議文の2件でした。
現在、強行されている辺野古新基地建設に対する抗議とともに辺野古現地の座り込みに参加しようの呼びかけや、西田発言に対する怒りの声や山城博治勝手連からの参加の呼びかけなどがありました。参加者は80名でした。
以下に、「陸自幹部候補生学校」の学習資料に対する南部の会の抗議文を掲載します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2025年6月2日
石破茂総理大臣
中谷元防衛大臣
4人に一人が犠牲になった沖縄戦の実相を学び、戦争を美化してはならない!
陸自幹部候補生学校では「命の大切さ」を説き、うちなーの「命こそ宝」を教えよ!
沖縄のたたかいに連帯する東京南部の会
5月15日陸上自衛隊幹部候補生学校で、沖縄戦を戦った日本軍第32軍を「本土決戦準備のために偉大なる貢献をなした。」と評価する学習資料をつくり、学ばせていたという記事が報道された。翌16日に中谷防衛大臣は「2025年度に使用する学習資料については、見直し作業をすすめている」と説明したが、どういう視点で見直すか、明らかにしていない。
資料では第32軍の牛島満司令官と長勇参謀長の辞世の句については「従容として見事な自刃を遂げられた」と美化し、住民の被害については全く触れられていないという。さらに「沖縄作戦は・・・本土決戦の準備を整える時間の余裕を得るために、第32軍が行った持久作戦」「圧倒的な空海からの支援を有する米軍に対して、孤軍奮闘3か月にわたる強靭な持久戦を追行し、米軍を拘束するとともに多大な出血を強要して、本土決戦準備のために偉大なる貢献をなした」と明記され、持久戦を支えた最大の要因としては各地の「地下洞窟陣地」を評価する記載しているそうだが、避難していた住民を追い出したことには全く触れていない。また住民対策をしてこなかったことを「当時の国民思想から、あえて軍政等を行う必要がなかったからである」と記載しているそうだ。
4人に一人が犠牲になった沖縄戦は、まさに本土防衛の「捨て石」にしたことは正しい作戦だったと教え、「軍隊は住民を守らなくていい」と自衛隊幹部に教えているということに怒りを禁じえない!そして、今年4月に自衛隊出身の中谷防衛相は、牛島司令官の辞世の句を「平和を願う歌」と発言した。「皇国の平和」のために、沖縄は犠牲になれということか!怒りが収まらない!実際に日本軍は軍民一体の持久戦で沖縄を地獄にし、沖縄を地獄にした目的は「国体護持」だ。学習資料の内容は、日本軍が時間稼ぎに沖縄を犠牲にしたことは「本土決戦準備のために偉大なる貢献をなした」と32軍を肯定・美化!本当に許せない!
27年間の米軍統治がおえ「基地のない平和な島」を目指したが、今や日米による軍事要塞化が進み、さらに沖縄戦を美化する教育が進められ、戦争への危機に直面している。沖縄を日本の防波堤として戦場にしたことを悔い改め、二度と戦争をしてはならぬと教えるべきである。陸自幹部学校の戦争賛美の学習資料による教育はやめて、沖縄戦の実相を学び、人権・平和・民主主義の「命こそ宝」の思想を教えよ!と要求する。
5月17日、新宿アルタ前で開催された「『復帰』53年を問う 琉球弧を戦場にさせない 海も空も土も水もワッタームン」の集会に参加しました。
朝から土砂降りの雨が降り続けるなか、集会は開かれた。参加者は来るだろうか・・・と懸念されるなかで開催されたが、約150人が駆け付けました。主催者挨拶では「1972年5月15日、沖縄が返還されたが、内容は全く県民の思いを踏みにじるもので、土砂降りの雨の中で、抗議県民集会が開かれる中での返還でした。あれから53年『復帰』とはなんだったのか、改めて皆さんに問い、ともに考えていきたいと思います。『復帰』によって日米一体の軍事要塞化が進み、中国にむけたミサイルが島々に配備されています。再び沖縄・琉球を戦場にしてはなりません。沖縄と連帯した闘いを共にすすめていきましょう!」と訴え、続いて、沖縄から駆け付けてくれた遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」、「戦争を止めよう!沖縄・西日本ネットワーク」共同代表である具志堅隆松さが「先の沖縄戦で犠牲になった遺骨をふくんだ土砂まで米軍基地建設に使おうとしています。死者に対する冒とくであり、絶対に許してはなりません!」と訴えました。続いて沖縄出身の若ものたちが「沖縄への基地過重負担の沖縄差別は許さない・・」などとリレートーク。東水労からの連帯挨拶の後、デモ行進へ。
その後、ふれあい会議室へ移動し、具志堅さん講演会が開催されました。遺骨を収集し、DNA鑑定で、できる限り家族のもとへ返したいとの思いで遺骨を収集しているが、日本政府は真摯に向き合っていない!戦後80年という時をへて、DNA鑑定で家族のもとへというのが難しくなっている。今、新たに遺骨の出身地がわかる安定同位体検査が確立されており、今、それを使って故郷に返していきたい。政府には、前向きに、きちっと取り組むよう求めていきたい。もし、慰霊の日に天皇が来るならば、謝罪をしてくるべきである。また、牛島司令官の辞世の句「秋またで枯れゆくしまの・・」は中谷防衛大臣が言うように断じて平和の歌ではない。戦争のために新たに300か所の弾薬庫をつくり、沖縄だけでなく九州・西日本から今や戦争の危機は全国に広がっている。みんなで連帯し戦争反対の声を上げていかねばなりません!6月17日の政府交渉にはぜひ参加してください」と訴え、ともに頑張っていこうと大きな拍手が沸きました。また、交流会では牛島司令官がつくった辞世の句に抗して具志堅さんの琉歌(8・8・8・6)「島ぬ青草や 皇軍が枯らち 戦さ枯骨や 土になゆる」が紹介され、みんなで歌いました~