じぶんの足でたつ、それが教養なんだ

「われこそは」と力まないで、じぶんの歩調でのんびりゆったり歩くのがちょうどいい。

信仰の起源?

2006-12-09 | 歴史(history)
 宮本常一の故郷でのことです。
 村にひとりの大工がいた。旅暮らしをしている間にひとりの女ができた。大工は女を置いたまま村に帰った。そこには女房がいたからである。女は大工を恨み狐を仕掛けたというのです。まもなく男は足を病んでしまった。大工はじぶんにとりついた狐を丘の畑の松の下にまつったが、ついに足が腐って死んでしまった。
 その後、このほこらにはときどきお参りする人もあったが、だんだんと忘れられてしまった。「私はそのほこらのほとりをたまたま通ったのだが、誰かそれを見ていたらしい。まもなく、私がそのほこらの信者であり、そこへ参って病気もよくなり、きちがいも治ったといううわさがひろがった」それからというもの、ほこらに参る人が増えだし、赤い鳥居が建ち、小さいお堂もできた。荒熊神社と名づけられ、眼病に効くともいわれて戦争の終わり頃まで相当の参拝客があったそうです。
 「ひとつの信仰の流行の起源にはこんなところにあった」と宮本さんはいわれます。