脱原発四万十行動

脱原発四万十行動のブログです。

高知集会高知新聞記事(3.11付け朝刊)とアンドレアスさん

2013-03-11 15:32:08 | Weblog

おお、マスコミよ、何故アナタ方は理解できないのだ。今朝の高知新聞を見て、ガクゼン!!

私達の「メルトダウンブルース」についての一文がある。

「メルトダウンを揶揄して」歌っているというのだ。そうじじゃネーだろう!

未だに、メルトダウンどころか、メルトスルーして手の付けられない状態なのに、揶揄してどうする。未だ、終わってないの!

「メルトダウンだぜ~」は、怒りと悲しみのフレーズだ。

だから、「メルトダウンだぜ~」と繰り返し繰り返し、呪詛のように歌うのだヨ。

今尚、収束しない「メルトダウン」という現実に対する、私自身の怒りと悲しみ。

それが、みんなの共感を呼び、全国的な大ヒットにつながったと理解している。

それなのに、まあ、これがマスコミの、げ・ん・か・い。この程度の感性しかない。

と、ボヤキを一つ。

遠く、脱原発を決めたドイツから、ジャーナリストのシングラー、アンドレアスさんが、私たち脱原発四万十行動の、密着取材に来てくれました。

「高知集会バスツアー参加者募集」のメーリングリストにRe「集会バスツアー参加」とドイツから答えてくれました。

そして、9日から当日まで、夜もカテコテでお酒を飲みながら、カテコテの常連さん達と楽しく交流し、一人一人の考えを丁寧に聞き、大満

足の取材でした。当日も、バスツアーを大変喜んでくれ、高知グリーン市民ネットに取り次ぐとスピーチまでしてくれました。

「ドイツの人は、日本人はとてもおとなしくて反対しない。と思っている人がたくさん居る。でも、それは違います。日本中に、都会だけでなく

田舎にもエネルギッシュに抗議を続けている人達がたくさん居ることを知らせたい。放射能に国境はありません。そして、志を持つ人たち

にも国境はありません。」と言ってくれました。ハグハグでお別れしましたが、言葉の壁は、お互いの気持ちで充分に乗り越えられることを

彼は証明してくれました。

 同じ日本語を使っていても、感じる心がなければ、外国語よりも、むしろ、通じません。というお話でした。(祐子)


3.11を忘れない!原発ゼロ大行動in高知

2013-03-11 12:38:41 | Weblog

3月10日に高知市の城西公園で集会が開かれた「3.11を忘れない!原発ゼロ大行動in高知」に脱原発四万十行動の呼びかけで20人が中村からバスで参加しました。
昨年より人数が少なかったですが、この一年で「♪メルトダウンだぜえ~」でやってきたメンバーはいたって元気。
新デモソングの「メルトダウン音頭」をひっさげて、バス以外でも参加した人たちと合流、ステージにものぼりました。

デモ(パレード)では、先頭をまかされるというハプニングもありましたが、報道関係者が待ち受けるところに行けば間違いないだろうと、おおむね大きな失敗もなく堀詰まで歩きました。

ここで第一次流れ解散。
希望者は高知駅まで歩いてもかまわないというので、わたしたちはJR高知駅まで歩ききりました。

ドイツのジャーナリストのシングラ・アンドレアスさんは、9日の四万十市での取材、バスでの高知移動、そして10日の行動とわたしたちに密着取材してくれました。

以下、写真でわかる範囲、解説を加えながら10日の行動を報告します。 

城西公園にある武道館前にバスで到着。プラカード、バンブードラムなどをおろしてイザ会場へ!

会場風景その一。

会場風景その2。

ステージで「メルトダウン音頭」をやっているときに、会場を左から右へ、スコープ風に撮しました。

 

集会でアンドレアスさんがスピーチ。

以上、スピーチの一部。

城西公園を出発。ごらんのように脱原発四万十行動が先発です。

枡形商店街を行く脱原発四万十行動。

枡形交差点で谷崎さん。

はりまや橋交差点の脱原発四万十行動。

おなじくはりまや橋交差点。

アンドレアスさんが入っちゃいました(^○^) 

はりまや橋交差点から歩道を歩いてJR高知駅へ向かう。

森澤さん絶好調です。 

JR高知駅前。

JR高知駅前で川ちゃんの横断幕。

高知駅舎をバックにくつろぐメンバー。

このあとで解散集会があり、駅舎をバックにして記念写真を撮ったのですが、記念写真はわたしがとっていないので、手に入り次第にアップします。

それがこれ。
堂端直哉さんから提供してもらいました。