父のこと。

2005-11-18 | Weblog
今日は父の話をさせてもらおうと思います。

思い出話にも父親のことは滅多に出ませんでしたね。
子供は家で母親と過ごす時間が長くなりますし
さらに女性同士なので一緒に行動することが
多かったのですが、それだけが理由でもありません。
父は家でも無口で家族と出かけることも殆ど無く
とても影の薄い存在でした。
祖父が亡くなってからは男が一人だけで
母・姉・私の女三人がワイワイ騒いでいて
父はとても寂しい思いをしていたかもしれないと
今では申し訳なかったと思うくらいです。

父は婿でした。母の歳の離れた兄が二人とも
戦死したので、家を継ぐためにやってきたのです。
婿だから立場が弱かったり、軽んじられたりしたのでも
ありませんが、母の方が強かったのは確かでしたね。。
元来大人しい性格だったらしく自分から
話すことも滅多にありませんでした。
父の怒った顔や声も殆ど記憶にありません。

特に趣味も無くただ黙々と家族のために働いて
家でテレビを見るのだけが楽しみのような・・。
父が遊びに行った話など聞いたこともありません。
私達姉妹が小さい頃は母一人では大変だったからか
お祭りや花火なども一緒に行きました。
そういえば花火に行って姉と私二人とも寝てしまい
大変だったと母から聞いたことがあるので
それで父は懲りたのかも?
でももともと出不精だったのも本当です。
今思えば、私は父に似たところがあるわけで
もう少し理解してあげられたはずだと思います。
今さらですが・・・。

どこへ行きたいでもなく何をしたいでもなく
何か欲しいものもなく・・・思うに婿として
あの家にやってきて、家を守ることだけを
考えて生きていたのかもしれません。
結局は姉も私も長男と結婚し、その家も
両親の代で終わりになりました。
私の結婚で、母は「家」より「寂しくなる」という
理由で最初反対したのですが、その時も父は
何も言わず、でも実は自分が継いで守ってきた
「家」のことを考え残念がっていたと
後で親戚の人から聞かされました。
娘の幸福のため黙っていてくれたのでしょう。。
もちろん感謝は忘れないけれど、そんな
父の人生を思うと悲しくなります。。

その悲しさは多分私が父にとって良い娘でなかった
という後悔からもきているようです。
よくあることかもしれませんが思春期頃から
父を疎ましく感じるようになり、
それまで以上に話をしなくなりました。
大人になり家を出て時折はぎこちない会話も
するようになって、離れてみれば親は気がかりで
親孝行したいなと思っていたのに
父は病気になり亡くなってしまいました。

ある時、仲の良かったご夫婦がカラオケセットを
持って遊びにいらっしゃり、父も一緒に
楽しそうに歌ったことがありました。
そんな意外な面をもっと知りたかった、
もっと色々なことを話しておけば良かった。。
後悔先に立たずです。。

長くなりました。
当初語ろうと考えていた最も重たい部分、
病気の話は今回はやめておこうと思います。
正直なところ、その話は今でも泣けてしまって
まとめることが出来ない不安もあります。
いつか機会がありましたら・・・。
ブログが続いていれば来年のこの日になるかも?
今日は父の命日でした。
14年になります。