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現在の悩み、心のうち

やせるってほんとにいいことなのか?

2017-09-11 19:29:44 | 日記
私は子どもの頃からちょっとふっくらしていました。

小学生の頃のあだ名は「白ブタ」だったんですよ。
ひどいでしょう?
なぜこう言われていたかというと
私は色白でちょっとふっくらしていたからです。

同じクラスの男子にいつも「白ブタ」と言われていました。
決まった子に言われていたので頭にきて
担任の先生に「いつもあだ名でからかわれるので嫌です。」と
訴えていたのですが、先生が注意してくれた時だけやめて
また次の日からは同じように繰り返す、そんなことがずっと続きました。

中学生になってからも私はどんどん成長し
先生たちと同じぐらいの体重になっていく自分がちょっと嫌でした。
頭の中身は少ないのに、身体だけ育つことが罪深いことのように思えて・・・。

大人になってからも決してやせることはなく
食べたら食べた分だけ身につく感じでした。

でもそれは働いたり家事をしたりするために必要だったからなんだろうな
今はそう思えます。

今日、久しぶりに会った知人が私を見るなり言いました。
「え??やせたんじゃない?」と。

確かにこの半年でちょっとやせました。
検診を受けたり、体組成を調べてもらったりしたら
「やせすぎ」の部類に入るようになってきました。

そして、「体重をもう少し増やした方がいいですね。」
と言われるのです。

若いころにはやせているのがかっこいいと思っていたし
すっとした手足の女性を見たらいいなあとあこがれていたけど
最近私は考えが変わってきました。

本当はやせているってあまりいいことではないのではないか?と。
食べる量が少なくなり、基礎代謝量も減り、
身体がやせるというのはだんだん死に向かっているってこと?

鎖骨は飛び出て、腕の筋肉は衰えて力をしっかり出すことができなくなった。
重いものでも平気で持つことが出来ていたのに
今はすっかり力も弱くなった。

おなか回りはすっきりしてきたけれど
はっきり言って太い骨に皮膚がくっついているって感じで
決して美しい体とは言えない。

ダイエットに励んでいる人が多いけれど
必要以上のダイエットは健康に悪い気がしてなりません。

やはり、少しぐらいはふっくらしているほうがいいのかもしれないなと思います。

あら~同じシャツ!

2017-09-10 20:14:31 | 日記
他の人が自分と同じ服を着ているのを見たら
どんな気持ちになるでしょう?

そんな経験がありますか?

何と私はこれまで3回ほど
自分と同じ服を着ている人に会ったことがあります。

1度目は小学生の頃。
冬に母がジャンバーを買ってくれました。
薄茶色で襟のところが赤のふわっとした感じのジャンバーでした。

それを着て学校に行ったら
なんと!クラスの男子で私と全く同じジャンバーを着ている子がいて
私は驚いたのなんの!

ちょっと恥ずかしいような気持ちになりました。
だって、男の子と同じ色のジャンバーを着るってことは
当時としては全くと言っていいほどなかったことだったからです。

2回目は大人になってからのことでした。
ある日、式に参加することになりました。
もちろん服は黒の礼服です。

式に参加したときに、近くにいる人をふと見たら
なんということでしょうか!
全く同じデザインの礼服を着ている人がいたんです。
まあびっくりしました。

でも逃げ帰ることもできず、嫌だなと思いつつ何とかやり過ごしたのでした。

3回目は今日のことでした。

秋晴れのいい天気で、私は外に走りに出ました。

信号のところで信号が青に変わるのを待っていた時のこと
私と同じように走ってきた男性がいたんですが
「こんにちは!」とその人が声をかけてくれました。

全く知らない人ですよ。
でも走っているというだけで親しみを感じるのか
時々こうして声をかけてくれる人に出会います。

「こんにちは!」と私も挨拶してふと見ると
なんと!その人と私は全く同じデザインのシャツを着ていることに気が付きました。

白地にブルーの部分がある、ドライフィット素材のシャツです。
これは男性用かなと思いつつも私は一番小さいサイズのを購入しました。
だから男性がこれを着ていても不思議ではない。
むしろ私が男性用らしいのを着ているのが珍しいことなのかもしれない。

でも私はシューズもブルーだし、結構ブルーが好きなんで
シャツもブルーにしたというわけで・・・。

全く同じ服を着ている人に会ったら、何だか気恥ずかしいものだと
今日もちょっと思いました。

その人はシャツが同じだと気が付いていたのかどうか分からないけど
振り返ることもなく走り去っていきました。

クロマメ物語

2017-09-09 20:00:37 | 日記
突然ですが、黒豆は好きですか?

おせち料理に入っている黒豆、美味しいですよね。
じっくり煮含めて、ほんのりと甘く味付けした黒豆は本当に美味しい。

その記憶があるからだったと思うのですが
私は畑に黒豆を植えて育てることにしたんです。

あれは五月ごろだったかと思います。

黒豆の種を買って、畑にまきました。
黒豆は枝豆の仲間でしょ?
だったら夏には豆ができるだろうな。
美味しい黒豆を夏には食べられるのか~。

なんてのんびり?考えていたのです。

ところがどっこい、私の予想は完全に裏切られました。
というか、私が種袋に書いてあっただろう情報を
しっかり見ずにいたのがそもそもの間違いのもとだったらしい。

茎や葉はどんどん大きくなりました。
普通枝豆は高さが50センチぐらいになればいい方ではありませんか?
そのつもりで見ていたら・・・
何ということか、黒豆はどんどん成長していくんです。

今では高さが1メートルぐらいあります。
初めの頃に化成肥料を何回かやってからこの方
肥料もやっていないのに・・・です。

それにしては花が咲かない、実もできない、
なんだかおかしいなあ、黒豆は本当にできるのだろうか?

そう思いながら見ていたら、
8月にやっと薄ピンク色の小さな花が咲き始めました。

そしてつい最近のことです、
やっとうっすら黒いさやが見えるようになってきたのです。
可愛い黒豆の赤ちゃんのようです。

ええ~~!!黒豆っていつ収穫できるの?
慌てて私は調べました。

すると、黒豆は10月~12月ごろ収穫できると書いてあるではありませんか!
びっくりしました。
黒豆がこんなに大きな茎と葉になることだけでもびっくりしたけど
収穫時期は秋だなんて知らなかった。

そうか、それでおせち料理の中にも入っているんだね。
変なところでおせち料理と結びつけることができた私です。

丹波の黒豆、10月ごろには大きくなり
大粒の豆が出来るかな。
楽しみだなあ。

菜園計画では、黒豆のところにはタマネギを植え付ける予定だけど
タマネギの植え付けまでに黒豆が収穫できるかな。
ちょっぴり心配でもあります。

歯の定期健診に行って

2017-09-08 13:47:42 | 日記
この2・3日天気が悪くて
憂鬱な気分が続きました。

でも今日はさわやかな晴れ。
空も青いし、空気もからりとしているので
天候に左右されやすい私としては嬉しい日になりました。

そんな中、今日は3カ月ぶりに歯の定期健診に行ってきました。

いつものように、歯と歯茎の状態チェックから始まりました。
歯周ポケットの深さもチェックを受けたうえ
機械を使ってきれいに掃除をしてもらい
歯磨きもしてもらい、歯磨き指導も受けて
そろそろ終わりかなと思うころに歯科衛生士さんから意外なことを聞かされました。

それは、これまで当たり前のように定期健診の終わりにやっていた
フッ素塗布が、有料になったという話でした。

ええ?なぜなの?
どこの歯科医でも同じように有料になったということ?
頭の中にいくつもの疑問が浮かんできましたが
まずはフッ素塗布をしてもらうかどうか返答をしなくてはなりません。

迷っている私を見て歯科衛生士さんは続けてすぐに
「薬局でフッ素入りの液を購入して自分で予防する方法もあります。」
といってくれました。

しかし歯科医でのフッ素塗布と薬局で購入するものとどう違うのか
私にはさっぱり分かりません。

だからどっちがどうなのか単刀直入にきいてみました。

すると、歯科医で使っているのはフッ素の濃度が高いけれど
市販のは濃度がうんと低く抑えられているのだと教えてくれました。
さらに歯科医で使っているフッ素はすぐにとれたりはしないのだとも。

そうすると、手間がかからない分、フッ素塗布してもらう方がいいじゃない。
そう思った私はフッ素塗布してもらうことにしたのでした。

料金が500円かかるというのですが、まあ仕方がない。

でも帰ってから考えました。
これまで定期健診代に含まれていたフッ素がこれからは検診代プラス500円かかるということは
実質フッ素代は1000円ということよね・・・と。

なんだかうまくだまされたような気がして仕方がありません。

ちょっと調べてみたら自治体によってはフッ素が無料というところもあるようです。

どうしてこんなに違いがあるのでしょうか?
行政からの補助があるかないかの違い?

年齢を重ねて歯のことがどんどん気になっている私としては
現状維持をするためにもきっとフッ素塗布はしてもらうことになると思うけれど
できたらフッ素塗布を無料で受けさせてもらいたいなあと思います。

考えている?

2017-09-06 07:24:00 | 日記
空気が変わってきてずいぶん過ごしやすくなったので
読書も進むようになりました。

読んでみたいなと思った本を図書館で借りては
せっせと読書に励んでいます。

時には夜中遅くなってまで熱中して読んでいることもあります。

そんな中、つい最近読んだ本で心に残っているもの
それは「老衰死」という本です。
これはNHKスペシャル取材班によってまとめられた本です。

テレビで何度も放送されたということですが
私は全く知らなかったので
今回初めてこの本を読んで、いろいろ考えさせられました。

生まれたからには、いつか必ず死ぬんだということについて
普段はちっとも考えないでいます。
考えるのが怖いのか?
老いて体の自由もきかなくなり
誰かに助けられなくては生きていけなくなっている自分の姿を
想像することが嫌なだけかもしれません。

でも人生の残り時間がもうだいぶん少なくなっているのだから
ちょっとずつでも考えておいた方がいいのではないかとも思います。

施設に入所していようが、自宅で過ごしていようが
いつか自分が口から物を食べられなくなったらどうするか?

あなたならどうしたいと思いますか?
いえ、どうしてほしいと思いますか?
そんな時になったらもう自分の力だけではどうしようもなくなっているだろうから
どうしてほしいかという意思表示をしておく必要があるかもしれない。

自分の親のことでいうと
母は点滴はしていたけれど、それが延命措置であったかどうか不明。
父は胃ろう手術を医師から進められ、認知症が進んでいたため弟が承諾し
私に相談があったけど、結局手術に踏み切りました。

でもしょっちゅう発熱し体調が良くなったとは思えなかったです。

口から食べる楽しみもない、ただ生かされているという感じで
見ていても私はつらい思いをすることの方が多かった。

じゃあ自分が口から食べられなくなったらどうしてほしいか?

そりゃあもう決まっています、私は延命措置はしてほしくない。
もしも痛みがあるならばそれを取り除いてはもらいたい。
完全に取り除くなんて無理だとしても
軽くすることはできるのじゃないかと思うからそうしてもらいたい。

でもこんなことを子どもたちにも話したことがありません。

いつかの機会にしっかり自分の思いを伝えておかないといけないと思います。

この本の中で、老衰で亡くなる人は
いくつかの共通した現象を示しているというところがありました。
それはどんな現象かというと
一 亡くなる一週間前から食べなくなる。
二 多くの時間を眠り続ける
三 大量の尿が出て、枯れるように亡くなる だそうです。

だんだん食べる量が少なくなり
次第に食べたものが身にならなくなる状況もあるとか。

食べたものが体に有効に使われなくなり
栄養素を吸収する力も衰えていくのであれば
食べる量が少なくなったからと言って無理に食べさせるのは間違っているでしょう。

死に近づいていくから、自分の意思とは関係なく
食べなくなるシステムみたいなものが体の中にあるのではないか?
そんなシステムがあるのならそれに従いながら
自然に枯れるように死んでいく、
私はこんなふうな最期を迎えたい
そう思いながらこの本を読み終えました。