日暮らし通信


その日暮らしの生活でも、感謝しています

日頃、見た事・聞いた事・感じた事・そして言いたい事などを発信します

YS11 の想い出

2018年06月08日 10時29分16秒 | ひこうき雲

日暮らし通信






昨日もブログでYS11の写真をアップしたが、展示中の機体を見ていると懐かしい想い出も蘇った。

私が出張帰りに八戸空港から羽田空港までYS11を利用した時、席番は忘れたが、左側窓際の席でエンジンが良く見える席に敢えて座った。

自分の仕事がエンジン関連なので、航空機に乗ると可能ならばエンジンの見える席に座る癖が付いてしまった。空席の時は敢えてCAに頼んでいたが、この時は乗客は少なかったから、その望みの席に座ることができた。

私から見えるのは NO.1 エンジン (航空機エンジンは後視左側が NO.1 エンジンとなる) だが、ロールスロイス社製の 「ダートエンジン」 も快調のようで快適な飛行だった。

だがよくよくエンジンを見ていると、少し異常なことに気付いた。エンジンはカウリングと呼ばれるカバーで覆われているが、エンジン補機部分からオイルリークがある場合、外部に捨てるための小さなポートがある。

そのポートを見ていると、時々オイルが垂れることがある。先ほど、私が異常だと書いたが、エンジンによってはそのリーク量の規程があるので、外部に出てもそれが異常ではない場合もある。

だが、高速で飛行しているはずだから、私はそのリークが気になってしまった。飛行時間によってはオイルタンクのレベル (その量も制限値がある) の現象に繋がるかもしれない。

あっと言う間に羽田空港に着陸したが、停止状態でエンジン・カウリングを見ると、やはり微かにリークして外板が濡れているのが判った。それが異常かどうかは知る由もない。

原則的にはどのエンジンも燃料もオイルも 「リークのないこと」 が前提だから、私には気になったのだろう。

1997年、私がイギリス出張への往路はBAの707型機だったが、途中、アンカレッジでもコペンハーゲンでも、燃料給油中に整備士が NO.2 エンジンにオイルを補給していたが、これも 「オイル消費大」 のトラブルでオイルを補給していたのだろう。

エンジンでは燃料が無くなればエンジン停止になるが、タンク内のオイルが無くなれば、ベアリングを冷却するオイルが枯渇してエンジン損傷の大きな事故になる。

私は永年多くのエンジンをテストしたが、そのなかでも特に注意しながらモニターしたのは 「エンジン給油圧」 だった。油圧に対する基礎的な教育を受けたからオイルリークについても厳しい見方をしたのは当たり前のことだった。




★ 写真の上でクリックすると拡大されます ★




NO.1 エンジン (ロールスロイス社製 「ダートエンジン」 )





NO.2 エンジン

写真説明: 「ダートエンジン」  撮影場所: 航空公園駅前にて  撮影日: H300607




ランキングに挑戦中です。クリックをお願いします

にほんブログ村 地域生活(街) 東京ブログ 東村山情報へ  
にほんブログ村





最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
思い出は・・尽きないですね (屋根裏人のワイコマです)
2018-06-08 22:11:48
こと、飛行機になりますと赤とんぼ さまの
専門知識が働かれて、その機械的なことが
解説されますが、私の初体験はもう夢中で
嬉しくて 嬉しくて快適で最高でした。
初めて乗った飛行機・・たぶんプロペラ機は
このときから数回で・・次は海外でしたから
あの時代から・・今九州に5000円前後で
行かれるとは、・・考えられません。
いい時代になりました。
返信する
私の初飛行は (赤とんぼ)
2018-06-09 07:22:32
初めて乗った飛行機には忘れられない想い出もあります。
私の初めての飛行は整備後の点検飛行で
メトロポリタンという双発機でした。
何のことはない、ウエイト代わりの搭乗でした。
でも興味津々、面白い飛行を経験しました。

だが、今では考えられない同乗許可で
警備厳しい今では絶対に許されないことでしょう。

同僚5人で乗りましたが最初は楽しんでいました。
だが点検飛行なのでいろいろな機体姿勢をするので
その内に皆気持ちが悪くなって真っ青な顔になってしまいました。
ところが私だけは何ともなく
独りで下界の様子などを楽しみました。

その当時は羽田空港も長閑でした。
警備もそうは厳しくなく
電車に乗るようなに何の検査も無く搭乗しました。
それは昭和30年の後半
その後、ジェット機が多くなって
空港の様子も一変してしまいました。

でも当時を振り返ると懐かしいことばかりです。
返信する

コメントを投稿