西分堂日記

書画を趣味にする私が、感じたこと見聞きしたこと、たまに、自作の書画を掲載できれば、と思います。

創作と手習いの硲(はざま)

2009年12月15日 | Weblog
蜀素帖はお稽古の毎にお手本を戴いて、
練習していた。
書道展用の大きな紙に書けば、
そのまま作品になると勘違いしていた。

大きすぎる字を小さくしたら、
小さい字(中字)に不慣れなためか、
全然、様にならない。
形ばかり気にして書いていたら、
スピードが落ちたことを見抜かれてしまった。

大きな紙に書いた、100枚以上。
しかし、ちっとも作品らしくならない。
苦しい。出来ないことが悔しい、悲しい。
今まで、生きてきて、出来ないことは色々あったけれど、
出来ないことがこんなに悔しいことはなったように思う

食慾も落ちてきて、
集中力も低下したような気がした。
ただ、惰性で書く。
このままじゃ、
病気になってしまう。

結局のことろ、諦めて、先週のお稽古で
先生に展覧用のお手本を書いていただいた
先生は私の目の前で朱墨で、
展覧用に字形を変形させて、書いてくださった。
しばらくすると、字形を変形させる法則みたいなものが
おぼろげに分かってきた。

大きい紙で100枚以上、
半紙練習から数えれば、かなりの練習をした。
基本の型をしっかり頭に叩き込んだ後だったからだと思う。

先生の行書は、びっくりするくらい色んな字形がある。
デザイナーかと、首をかしげることもある。
うふっ、この字形については、戴いたようなもの。
基本字形から自分で変形出来そう。
これも基本の字形を何度も練習して頭に叩き込んで上で、
目の前でお手本を書いていただいたからこそ・・・
何事も無駄ではない、ということかなぁ
でも、それも所詮真似っこ。
私はいつになったら、
この硲から這い上がることが出来るのだろうか。








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