最近、勉強するようになった競書に「書の観賞室」と題した記事が載っている。
筑波大の書学のN先生が執筆されている。
8月号は王義之の息子王献之の「廿九日帖」が取り上げられている。
王献之について、平たく解説されていて、この帖はN先生の手習いのお手本の一つだという。
写真を見て一瞬どきとした。
米芾がみられる。
蜀素帖の初めの部分に見られる横画の起筆部にに見られる髭の様な部分が、ところどころに。
「甚」に米芾に特徴的な筆跡が見られる、と思う。
N先生の解説には米芾との関係は載せられていないが、
残存する王献之は米芾の臨摸であるという説がい一般的だから、
これも多分、例外ではないのだろうそうなんだろう。
私は密かに米芾のエピソードを思いだし、一人ほくそ笑んだ。