IPSO FACTO

アメリカの首都ワシントンで活動するジャーナリストの独り言を活字化してみました。気軽に読んでください。

RACE

2006-11-22 14:16:55 | エンターテーメント・カルチャー
突然ボストンに行く事になって、先週半ばにワシントンを出発。今週月曜日の夕方にワシントンに戻ってきた。ボストン滞在中にO.J.シンプソンが元妻と友人男性の殺害に関する「告白本」と、それに関する独占インタビューがFOXテレビによって放送されると知ってビックリ。今日はこのニュースを紹介したいと思うんだけど、シンプソン事件といえば、その裁判時に人種問題が大きく取り上げられた。「告白本」の出版をめぐって全米で大きな騒ぎとなる中、テレビにも頻繁に出演していたマイケル・リチャーズという白人コメディアンが、ハリウッドのコメディクラブに出演した際にブーイングを繰り返す観客に対して、俗に言う「Nワード」を連発した。この様子が撮影されたビデオがテレビのニュースなどでも取り上げられ、リチャーズは20日に謝罪している。スタンダップ・コメディの経験がほとんど無かったリチャーズは、その場の雰囲気を好転させようと考え、Nから始まる言葉を連発したらしいんだけど、黒人ではない人物がこの言葉を使うのは地雷原の上を歩くのにも等しい。クリス・ロックやデーブ・チャペルといった黒人コメディアンに許されて、白人コメディアンには許されないのは不公平ではないかという議論もあったそうだけど、とにかく僕らが決して使用してはいけない言葉なのだ。「言論の自由といった問題じゃなくて、白人が使うのは絶対に許されない言葉。コンドリーザ・ライスとJ.T.ワッツにも使ってほしくないね」。友人のヘンリーが電話口でそう言っていた。

メディア王として知られるルパート・マードック氏が会長をつとめるニューズ・コーポレーション社は20日、今月末にアメリカ国内で傘下の出版社によって予定されていたO.J.シンプソン氏の「告白本」の出版と、同時期に同じく傘下のFOXテレビによって予定されていたシンプソン氏への独占インタビューの放映を取りやめると発表した。70年代にNFLのスター選手としてバッファロー・ビルズで活躍したシンプソン氏はプロボウル(アメリカンフットボール版オールスターゲーム)にも6回選出され、現役引退後は映画俳優として第2のキャリアをスタートさせた。1994年に元妻と友人の男性を殺害した容疑で起訴されたシンプソン氏は刑事事件では無罪となったものの、元妻らの遺族が起こした民事訴訟では「2人の死に責任がある」との判決を下され、遺族に3350万ドルの支払いを命じられたが、経済的な理由から支払いは現在まで行われていない。

「もしも私がやったのなら」と題されたシンプソン氏の告白本は今月30日に発売が予定され、27日と29日にはFOXテレビ内でシンプソン氏への独占インタビューが放送される予定だった。出版元のハーパー・コリンズ社はAP通信の取材に対し、すでにいくつもの書店に問題の告白本を送ったと認め、これから回収作業が開始されると発表している。告白本ではシンプソン氏が、「もしも、自分が元妻と友人を殺害したとすれば、どのようにして行っただろうか?」という仮定形で殺害に関する詳細が描かれている模様で、この本を刑事裁判で無罪を勝ち取ったシンプソン氏による「告白」と考えるメディアも少なくない。本の出版や独占インタビューの計画は先週半ばに発表されていたが、遺族や全米のマスコミが一斉に反発し、マードック氏の傘下にあるFOXニュースの番組内でも司会者が告白本やインタビューに対して激しい批判を繰り返していた。

シンプソン事件について説明をしておくと、1994年6月、カリフォルニア州ロサンゼルスにあるコンドミニアムの外でシンプソン氏の元妻ニコル・ブラウンさんと友人のロナルド・ゴールドマンさんが刺殺体で発見された。2人はブラウンさんの自宅に入る直前に何者かに襲われた模様で、事件発生時、コンドミニアム内ではシンプソン氏とブラウンさんとの間に生まれた2人の子供がすでに就寝中だった。ブラウンさんは事件の2年前にシンプソン氏と離婚していた。捜査当局は現場で採集された証拠品をもとにシンプソン氏が犯行を行った可能性が高いと判断。やがてシンプソン氏は逮捕されるのだが、逮捕前にシンプソン氏と地元警察が映画さながらのカーチェイスを繰り広げたり(この様子は全米に中継された)、人種問題がクローズアップされたため(シンプソン氏が黒人で、ブラウンさんが白人だったため、事件の翌年から始まった裁判では、92年に発生したロス暴動の教訓から日系アメリカ人の判事が選ばれた)、アメリカ国内では連日のようにトップニュースとして扱われていた。告白本の出版やインタビューの放送取り止めが20日に発表されたものの、遺族側の怒りは現在も収まっておらず、ブラウンさんの遺族は21日になって「FOXテレビから数百万ドルでインタビューなどの批判を行わないでほしいとオファーがあった」と明かしている。また、遺族がシンプソン氏に対して新たな訴訟を起こす計画もすでに存在しているようだ。

久しぶりのボストン。5日間の滞在中、町の変化を感じずにはいられなかった瞬間が幾つかあり、地下鉄の料金アップ(僕がボストンで学生だった頃は、片道75セントだったはず…)やサウスボストンの再開発といった話を聞くと、懐かしさと寂しさが入り混じった気持ちになる。アパートの家賃からハーバード・スクウェアのカフェで食べる事のできる北アフリカ料理まで、いろんな所で毎年のように値上げが繰り返されているんだけど、ボストン・レッドソックスの本拠地フェンウェイパークのチケット料金も、来年は平均で5パーセント近く値上げされる予定だ。ただでさえストップする気配のない物価高にフラストレーションを抱えているボストン市民にとって、野球観戦料金のさらなる値上げはキツい(2006年の時点で、フェンウェイパークの平均チケット料金は5000円を突破している)。来年度チケット料金の値上げが発表されたのが先週木曜日で、ボストン市内のスポーツニュースは松坂大輔選手の話題が中心となっていた。微妙な時期に発表された来年度チケット料金。僕には、球団がポスティングで使った60億円を免罪符として用いているようにも見えた。


写真:17日にハリウッドのコメディ・クラブに出演したマイケル・リチャーズ。このステージでの言動が数日後に大きな問題へと発展した。(AP通信より)