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昨年の10月末のことですが、高砂中で文化祭が開催されるということで行ってみました。
しかし、コロナ禍だったためか校舎内に入れるのは保護者だけで、卒業生であっても一般人の立ち入りは許されていませんでした。。。
仕方がないので、校舎と校庭を撮影して帰りました。
この辺りは講堂だったっけなぁ、とか池があったっけな、とか昔を思い出しながら撮ってました。
今年度にはこの懐かしの校舎が取り壊されることは聞いていましたが、年度明け早々に作業が始まっているようでした。。。
この様子は4月下旬のものなので、もしかするともう取り壊されているかもしれません。。。
私にとっては、ほぼ現在の人格が形成された場所なので、小学校・高校・大学と比較して一番思い入れがあるところなのです。
取り壊されているところ、または解体後の様子を目にしたら、一体どういう気分になるのでしょうか。。。
体育館での開校記念行事に参加した際、校舎内の立入り&撮影も可能だったので、参加しておいてよかった!、と、今つくづく思っています。
もう10年以上も前になりますが、文化祭に行った時のことをここの記事にも残すことができたのはよかったなと、私も今ではそう思っています。
裏側にはコークス置き場があって、冬場、日直当番の時にコークスの山の上で、友達が、
「コークスとダイヤモンドは同じ元素なんだって」
と言って、驚いたという記憶があります。
私は3年の時に、先生たちに反抗して悪態をついて、内申書に書かれ、その結果都立高校を落とされた(?)こともあって、良い思い出ばかりではありません。
ただその頃の校舎がそのまま残っているのは不思議な感じがします。
なので、解体に関しては、高砂団地に比べて哀愁はありません。
このことは高砂中には言わなかったのですが、おそらく現在だったら結構な問題になるんでしょうね(゜o゜)
また、随分前にこのブログにも書きましたが、あることで校長室まで抗議に行ったことがありました。
中学2年の3学期なので当時は生徒会役員の立場でしたが、そんなことは関係ねぇやって意識でした。
PTAの役員をしていた親も、「そういうことなら対決してこい」と言ってましたので。
しかし詰め寄っているうちにだんだん相手している教師陣がかわいそうになり、とことんまで追い詰めるのはやめておきました。
そこで妥協したこともあって、私は公立高校に進学することができたのでしょうね。結局、大学まで全て公立学校を卒業することになりました。
体制側とどう対峙するかという部分を含め、やはり人格形成の基礎となったのは中学時代でした。