社長ノート

社長が見たこと、聞いたこと、考えたこと、読んだこと、

春秋 日本経済新聞

2015-12-01 12:29:17 | 日記

 自分の劇画や漫画で最も愛着のある作品は? そう聞かれて水木しげるさんが挙げていたのは妖怪物の「ゲゲゲの鬼太郎」ではなく、戦記物の「総員玉砕せよ!」だった。もとになったのはパプアニューギニアのラバウル戦線に送り込まれ、左腕を失った自身の体験だ。
 敵の急襲で部隊からはぐれ、何日も島をさまよって合流したときの上官の言葉は、「なぜ、死なずに逃げたのか」。仲間は無謀な命令で次々に命を落とす。死が美化されていたことへの怒りが、本紙の「私の履歴書」にはにじむ。作品には誰にみとられることもなく、誰に語ることもできずに亡くなった若者たちを描いた。
 19歳で始めた新聞配達は寝ぼけてはだしのまま駆け回ったこともしばしばだった。軍隊に入ってからは態度が大きく見られ、将校と間違えられて風呂で年長者に背中を流してもらったこともある。どこかのんきだった水木さんだが、戦争の真実を見抜き、世に伝えてきた。妖怪漫画で私たちを楽しませただけではなかった。
 束縛を嫌って自由気ままに生きることを「水木サンのルール」と呼び、実践した。強制や締め付けを嫌う気持ちは生死の境をさまよった軍隊経験でいっそう強くなっただろう。「成功や栄誉や勝つことにこだわり過ぎて、大好きなことに熱中する幸せを置き忘れてしまってはいないだろうか」。異色の漫画家の訃報だった。

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