精神世界と心理学・読書の旅

精神世界と心理学を中心とした読書ノート

カール・ロジャーズ入門(諸富祥彦)

2010-06-14 22:09:23 | 心理学全般
◆『カール・ロジャーズ入門―自分が“自分”になるということ』諸富祥彦(コスモライブラリー)

現代日本の心理療法の世界にカール・ロジャーズが与えた影響は大きい。来談者 中心療法というその方法だけでなく、その人間観、人間関係論、教育論など、多く の面で彼の思想から学ぶべきことは、なお多い。この本は、ロジャーズの生き生き とした人間的な側面を伝えるという意味でも、かっこうの入門書だ。

ロジャーズの著作としては、岩崎学術出版社から『ロージャズ全集』全23巻が 出版されたが、高価ですでに入手しにくい。インターネットで検索すると、ロジャ ーズが書いたもので手に入りやすいのは晩年の主著『人間尊重の心理学―わが人生 と思想を語る』 (1984、創元社)くらいか。その意味でも諸富氏の入門書は貴重だ。

私自身は、サイコセラピーを専門にするものではないが、ロジャーズから実に大きな影響を受けてきた。またロジャーズに影響を受けたことが、その後仏教や精神世界に関心を広げ、それらを学んでいく上での、重要な踏み台となったと感じる。 ロジャーズを学び、またカウンセリングを体験的に学習することが、「自分が"自分" になる」過程であった。まさに自分自身の中の成長しようとする《いのちの働き》 が、ロジャーズに共鳴していた。

諸富氏のこの本は、私もその虜となったロジャーズの魅力を充分に伝え、さらに ロジャーズ晩年のスピリチュアルな次元への目覚め、トランスパーソナリストとしてのロジャーズにも触れており、学ぶところが多い。

「自分が"自分"になる」ということの真意は、ロジャーズの次の言葉に端的に示 されている。 「私が自分自身を受け入れて、自分自身にやさしく耳を傾けることができる時、そ して自分自身になることができる時、私はよりよく生きることができるようす。‥ ‥‥言い換えると、私が自分に、あるがままの自分でいさせてあげることができる時、私は、よりよく生きることができるのです」

こうして、現実の、あるがままの自分を心の底から認め受け入れた時、どのような変化が生じるのか。これもロジャーズ自身によって次のように表現されている。

1)自分で自分の進む方向を決めるようになっていく
2)結果ではなく、プロセスそのものを生きるようになる
3)変化に伴う複雑さを生きるようになっていく
4)自分自身の経験に開かれ、自分が今、何を感じているかに気づくようになっていく
5)自分のことをもっと信頼するようになっていく
6)他の人をもっと受け入れるようになっていく  

こういうあり方自体が、きわめてスピリチュアルな方向を指し示している。しかもロジャーズは、来談者中心のカウンセリングでの、クライエントの変化そのもの から、こうしたあり方を学んでいったのだ。

諸富氏によるとヨーロッパ諸国では後期ロジャーズの影響が比較的強く、ここ数 年とくに、スピリチャリティーの観点から、ロジャーズの思想と方法を再発見しようとする動向が高まっているという。

そうした動向の中心人物が、英国のブライアン・ソーン教授だという。彼はいう、「セラピストが、宇宙で働いている本質的に肯定的な力を信じる能力と信念体系を持つことが、クライエントの癒しに深い貢献をもたらします。」 ロジャーズ自身 が「治療的関係について、その関係はそれ自体を超えて、より大きな何ものかの一部になる」と述べているから、こうした展開があって不思議ではない。

ロジャーズの基本的な仮説のひとつに「実現傾向」概念がある。あらゆる生命体は、自らの可能性を実現していうようにできている。この世におけるすべての《い のち》あるものは、本来、自らに与えられた《いのちの働き》を発揮して、よりよ く、より強くいきるように定められている。ロジャーズは晩年に、この《いのちの働き》が、宇宙における万物に与えられていると考えるようになった。

こうした思想は、日本人の感性にきわめて自然に受け入れられやすい。だからこ そ、ロジャーズは日本で何の抵抗もなく受容され吸収されてきたのだろう。しかし、であるとすれば逆に彼にただ感性で共感するだけでなく、その理論としっかりと向 き合い対話することが必要だと、私は感じる。それが、私たちの思考の暗黙の前提 となっている何ものかに、しっかりとした理論的な表現を与える作業につながって いくだろう。

ロジャーズの魅力を、たんにカウンセリングやセラピーの世界だけに閉じ込めて おくのは、あまりに惜しい。