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仙台周辺を旅行してきました。2日目その③

2014年09月18日 | 旅行記
 【前回のつづき】

夕食後、
フロント脇の展示室で秋湯温泉ホテル「左勘」の歴史ツアーがあるというので行ってみました。




展示室には誰一人いませんでした。
皆温泉目当てですのであんまり歴史にまで興味ないようです。


一人でふらふら展示品を見ていると、
不意にバンダナのおじさんが現れ、「さあ始めましょうか」といきなり展示品と歴史の解説が始まりました。


…聞いてるのは自分一人です。
マンツーマン。。。


しかしいつもこんなもんなのか、おじさんは一向に平気なようでした。

解説内容はかなり濃いものでした。
史料を発掘したり現地にいったりしているようですので郷土史家の方なのかもしれません。
以下聞いた事をざっと。



佐勘は代々の当主の名前「佐藤勘三郎」の略。
戦国時代から秋保温泉で湯守として温泉宿を営み、佐藤勘三郎本人も伊達政宗に従って大阪の陣に従軍しました。


これはその時に政宗に貰ったという鎧の下に着る小袖と日の丸です。



自分は結構これに驚きました。
400年前の実際に使用した旗印が現存しているというのはすごい事です。
時代劇などでお馴染み過ぎて意外かもしれませんが、鎧の下の小袖といい、旗印といい、本物は僅かしか残ってないんです。
合戦の無い近世のものばかりで。

日の丸は政宗が好んで使用したようです。
絹地には今でも戦場で着いた血の跡(と言われている)が認識できます。



政宗の家臣の鎧もあります。この時代の鎧もまた貴重です。



ただこれは佐藤勘三郎の着用のものではありません。
何かのきっかけで後に仙台藩から佐藤家に渡ったようです。

では誰のなのか?という話ですがまだ確認されていないようです。
兜飾りが「ひいらぎ」ですのでその辺から調べれば判るんじゃないかという事です。




江戸時代に入っても佐藤家は湯守としてこの秋保温泉で藩から特別な地位を与えられていました。
これは絵図を元にした江戸時代の佐勘の様子です。



模型ですが古写真風にエフェクトしてみました。
庶民は木賃宿(自炊)、藩士は瓦屋根の建物で湯治したようですね。
場所は同じですが現在とは少しずれていて、源泉の部分が今の佐勘の中庭になっています。



実は展示室には佐藤家の江戸時代の母屋がそのまま移築されています。
天井もこんな感じ。





囲炉裏や神棚も本物です。



囲炉裏には当主が江戸時代に防火祈願で高野山から持ち帰った火が数百年間燃え続けています。
ここだけでなく別の所でもちゃんと保管しているんだとは思いますが。


…防火といいましたが江戸時代に佐勘は火事になっています。
藩から払い下げられた古材木をこのように繋ぎ合わせて再建したようです。





江戸時代に伊達家から拝領した花嫁のための「鼈甲の笄」が見事でした。
江戸時代のどの時期か不明という事です。



鼈甲は今ではもう手に入りません。



以上が歴史解説であります。

他にも政宗の直筆書状等々貴重史料が展示されていましたが省略します。
泊まった折にはご覧になってみてください。




2日目が終わりました。

23時頃、就寝前に窓から見た静かな秋保温泉郷です。



右手の方角、仙台の空はほのかに明るかったです。



【3日目】につづく。





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【アンゴルモア 元寇合戦記】

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次回は9/17 水曜日となります。
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