三国ヶ丘便り

旅行、釣り、周辺の自然について、書き綴りました

2008/4/6

2008-04-05 23:20:29 | Weblog
 私はやっと見つけた命綱の腕をつかんで離さない。
とにかく時間がない。
「元の所へ連れて行ってほしい」と言いたいが興奮していてうまく英語で話せない。
もともと英会話に自信なく、こうなると全くのお手上げ「英会話の実践はクソくらえ!」
私は顔面蒼白、眼な血走りサル眼(マナコ)、血圧は200を超えて、はや沸騰状態。
日本語でまくしたてる私に、彼は動こうとしなかった。
「あんたとは関係ない」の態度。
何たる無責任!

周りの航空職員等が、「おい!君のジャパンの友達がまたやってきたよ」とはやしたてる。
無慈悲で無責任な職員たち。
それでもお前ら、マニラ国際空港の職員か?
私が、これほど困窮し追い詰められての、彼との必死のやり取りをニヤニヤしながら笑って聞いている。
怒り心頭に達した私は、命綱の彼をビル方向へと強引に引きずり始めた。
ほとんど暴力に近かった。
ポリスが見ていたら公務執行妨害で逮捕されると思った。

 すると、見かねたのか2人の職員が立ち上がってきた。
「相談窓口(オフィス)に行こう。
パスポートの紛失届をしなければならない。金は持っているか?○○ペソ必要だ」とそんなことを聞いてくる。
「そんなことではないだろう。それでは間に合わない」と絶望感に襲われた。
でも、きちんと話を聞いて早急に打開してくれる人がほしかった。
私は掴んでいた命綱の腕を放した。
そして2人の後について行くことにした。
オフィスに連れていくと「ここだ」と言って係員に取り次ぐでもなく彼らは去って行った。

 そこにはすでに3人の外国人が順番を待っている。 
もう時間がない。
時間も相当経過している。
妻たちは一向に帰ってこない私に、いったい何がおきたのか。
空港内で拉致された?」と心配しているに違いない。
連れてこられたこのオフィスは、出入国を拒否されたり、不審人物リスト者であったりの、もともとややこしい人が連行されて来るトラブル窓口(オフィス)なのだろか。
いらいらして待つが一向に進まない。
自分が事情を説明しても、「とりあえず身柄を拘束します。ではお縄頂戴 ガチャン」と不法入国で逮捕されかねない。
「ここはいかん!」私は再び外へと飛び出し(逃げ出し)ていた。
そこには既に職員らの姿はなかった。
(続く)


2008/4/5

2008-04-05 00:19:19 | Weblog
ここマニラ空港では、彼女たちを追いかけて日本から一人でやって来てうろつく中年のおじさんや、またマニラ空港界隈で逢瀬を重ね腑抜けになって焦点の定まらぬ目つきで彷徨する「イカレニッポンおじさん」たちも多いとか。 
私もその類とみられているのか。親身になって聞いてくれない。

 白い制服を着た航空職員は外でもみかける。
私は手あたり次第に助けを求める。
すると両手の親指と人差し指でパスポート大の□(四角)をつくり、「パスポートは?」である。
事情を説明したいが、眼鏡のことから話せば、とても長い。
また事の顛末を納得させるには相当の語学力が必要。
落ち着いて話す余裕など今の私にはなかった。
また動転して、英語が全く出てこない。
日本語で、「パスポートはワイフがワイフが....」と説明にもならぬ日本語で口アワ立ててただただ訴えていた。

 私は今来たルートを戻ることとした。
彼と出たビルの入り口へと走った。
そこで彼らに説明すれば入れてくれるはず。
入口を見つけた。
「あ!ここだったとひと安心。
これでやっと建物の中に入れる」救われた気持であった。 
ところがである。ドアーは開かない。
閉まっている。いない、先ほどまでいた2人の航空職員がいない。
中をのぞくが人の気配もない。
救いの扉が地獄の扉に変わった。頭の中が真白、白になった。

 とにかく急がねばならぬ。
私は 最初に降りたタクシー乗り場をさがした。
小走りで辺りをキョロキョロ。
すると白い制服の集団が階段でたむろしている。
先ほどの若い航空職員たちである。
その中に私から逃亡した彼を見つけた。
「命綱発見」今度こそ逃してなるものかと駆け寄っていった。(続く)