天武天皇より出された古事記編集方針の命題の一つに、「イザナミとイザナギが争いは上手く表現せよ」と言う事が有った。編集委員たちはこの難しい命題に対し、出した答えが「火の神・火之迦具土神を生んだことにより、イザナミが女陰を火傷して死に、出雲国と伯伎国の境の比婆山の山中に葬られる」と言う物語だった。然しもう少し上手い話が作れなかったのだろうか。失礼ではあるが今まで上手く作ってきた物語に比べ、編集委員たちの力量を疑ってしまう。
神話に隠された古事とは、イザナミがイザナギとの政権争いに負け`野に下った’。そしてその`野'とは出雲国と伯伎国との境の比婆山だったと思われる。その後イザナギは軍備の増強を図りながらも、イザナミともう一度同盟を組むべく出雲の国へ説得に出向いたが、交渉は難航し、最後は決裂する。そしてお互い軍拡への道を歩んだ。編集委員はそこまでの話をどう脚色するか討議に入った。
イザナギの軍拡は、イザナミが死ぬ原因となった火之迦具土神を殺した事により生じた反吐や尿、糞、血、最後は刀の柄からも、更に頭や腹、手、足から次々と神が生まれる話で表わす事とした。
私がこの話を何故軍備増強の話と言う解釈をしたかは、このとき生んだ神の中に武勇で名をはせた建御雷神や建経主神が生まれていることから推察した。
イザナギが再度の同盟を結ぶべくイザナミを訪ねたが、話は決裂し、その後お互い軍拡に走る話は次のようにアレンジする事となった。
まず死の国・黄泉の国にいるイザナミを訪ね「愛しき我汝妹の命、吾と汝と造れる国、未だ作り意へず、故、還るべし」と説得する。どうだろう。この台詞は誰でもが、壊れた同盟関係をもう一度修復しようと言っていると解釈出来る。表現があまりにも即物過ぎて、編集委員の努力の跡が見えない。しかしその後は神話の世界らしく纏めたと評価できる。それは、イザナギが見てはいけないイザナミの汚れた姿‘蛆がたかった頭には大雷居り、胸には火雷居り、腹には黒雷居り、陰には折雷居り、左手には若雷、右手には土雷、左足には鳴雷、右足には伏雷、合わせて八柱の雷神居りき’と表現したのは、イザナミ軍の力をそれと解らないように示したのであろう。中々である。そしてその軍備に驚いたイザナギが、醜いイザナミを見て逃げる話として表わしたのであろう。つまり編集委員は、説得にきたイザナギに対し、イザナミは自軍の装備を示し、同盟の決裂の意思を示した話をこのように表現したのではないだろうか。
争いとなった二人はお互い次のような捨て台詞を交わす。「イザナミ曰く『愛しき我が汝夫の命、かく為せば、汝の国の人草、一日に千頭絞り殺さむ。』と言いき。ここにイザナギ詔り賜まいしく、『愛しき我が汝妹命、汝然為せば、吾一日に千五百の産屋をたてむ』と詔りたまひき。」
どうだろう。今度は編集委員上手く纏めた様に見えるが、私如きにも見破られてしまうようでは心もとない。翻訳すれば「お前(イザナミ)が千人の兵を持てば、私(イザナギ)は千五百の兵を増やすであろう。」と言う互いの軍拡の話と解釈してよいだろう。
これまでの古事記の‘黄泉の国’の物語を要約すると次の如くなる。「イザナミとイザナギの夫婦神が、火之迦具土神を生んだ。その時イザナミが女陰の火傷が基で死に至り、出雲に葬られた。その後墓の中のイザナミに会いに行った(見に行った)イザナギが、イザナミの怒りを買い、最後は争いとなった。」
そして編集委員が隠した古事とは「淡路島攻略以来続いていたイザナギとイザナミと言う二人の将軍の同盟が壊れ、一方のイザナミが野に下った。イザナギが再度の同盟を求めて出雲へ説得に出向いたが、結局は和解はならず、以後出雲国と大和一族(邪馬台国)が軍拡を競う事となった」と言うことではないだろうか。そしてこの物語はこれからの出雲国と大和一族(邪馬台国)の争いの序章を表わしている様に見える。
難しいイザナギとイザナミの別れの話が上手く纏まり、編集会議は無事終わった。
次の議題は天照大神の誕生の物語である。
神話に隠された古事とは、イザナミがイザナギとの政権争いに負け`野に下った’。そしてその`野'とは出雲国と伯伎国との境の比婆山だったと思われる。その後イザナギは軍備の増強を図りながらも、イザナミともう一度同盟を組むべく出雲の国へ説得に出向いたが、交渉は難航し、最後は決裂する。そしてお互い軍拡への道を歩んだ。編集委員はそこまでの話をどう脚色するか討議に入った。
イザナギの軍拡は、イザナミが死ぬ原因となった火之迦具土神を殺した事により生じた反吐や尿、糞、血、最後は刀の柄からも、更に頭や腹、手、足から次々と神が生まれる話で表わす事とした。
私がこの話を何故軍備増強の話と言う解釈をしたかは、このとき生んだ神の中に武勇で名をはせた建御雷神や建経主神が生まれていることから推察した。
イザナギが再度の同盟を結ぶべくイザナミを訪ねたが、話は決裂し、その後お互い軍拡に走る話は次のようにアレンジする事となった。
まず死の国・黄泉の国にいるイザナミを訪ね「愛しき我汝妹の命、吾と汝と造れる国、未だ作り意へず、故、還るべし」と説得する。どうだろう。この台詞は誰でもが、壊れた同盟関係をもう一度修復しようと言っていると解釈出来る。表現があまりにも即物過ぎて、編集委員の努力の跡が見えない。しかしその後は神話の世界らしく纏めたと評価できる。それは、イザナギが見てはいけないイザナミの汚れた姿‘蛆がたかった頭には大雷居り、胸には火雷居り、腹には黒雷居り、陰には折雷居り、左手には若雷、右手には土雷、左足には鳴雷、右足には伏雷、合わせて八柱の雷神居りき’と表現したのは、イザナミ軍の力をそれと解らないように示したのであろう。中々である。そしてその軍備に驚いたイザナギが、醜いイザナミを見て逃げる話として表わしたのであろう。つまり編集委員は、説得にきたイザナギに対し、イザナミは自軍の装備を示し、同盟の決裂の意思を示した話をこのように表現したのではないだろうか。
争いとなった二人はお互い次のような捨て台詞を交わす。「イザナミ曰く『愛しき我が汝夫の命、かく為せば、汝の国の人草、一日に千頭絞り殺さむ。』と言いき。ここにイザナギ詔り賜まいしく、『愛しき我が汝妹命、汝然為せば、吾一日に千五百の産屋をたてむ』と詔りたまひき。」
どうだろう。今度は編集委員上手く纏めた様に見えるが、私如きにも見破られてしまうようでは心もとない。翻訳すれば「お前(イザナミ)が千人の兵を持てば、私(イザナギ)は千五百の兵を増やすであろう。」と言う互いの軍拡の話と解釈してよいだろう。
これまでの古事記の‘黄泉の国’の物語を要約すると次の如くなる。「イザナミとイザナギの夫婦神が、火之迦具土神を生んだ。その時イザナミが女陰の火傷が基で死に至り、出雲に葬られた。その後墓の中のイザナミに会いに行った(見に行った)イザナギが、イザナミの怒りを買い、最後は争いとなった。」
そして編集委員が隠した古事とは「淡路島攻略以来続いていたイザナギとイザナミと言う二人の将軍の同盟が壊れ、一方のイザナミが野に下った。イザナギが再度の同盟を求めて出雲へ説得に出向いたが、結局は和解はならず、以後出雲国と大和一族(邪馬台国)が軍拡を競う事となった」と言うことではないだろうか。そしてこの物語はこれからの出雲国と大和一族(邪馬台国)の争いの序章を表わしている様に見える。
難しいイザナギとイザナミの別れの話が上手く纏まり、編集会議は無事終わった。
次の議題は天照大神の誕生の物語である。
が始まるのですね。
それによると大和にヤマト王権が出来た当初は鉄器をもった出雲族により興
されたとの説になっています。
そうすると、がぜんあの有名な出雲の青銅器時代がおわり四隅突出墳丘墓
が作られ鉄器の製造が行われたあたりに感心が行きます。当時は、西谷と安来-妻木晩田
の2大勢力が形成され、そのどちらかがヤマト王権となったと考えられるの
ですがどちらなんだろうと思ったりもします。
出雲を平定した物部の将軍が、ホヒの子孫に出しぬかれて国造の地位を逃したことにより、次第に部下であったホヒの子孫の圧迫を受けることになります。出雲とカモスの神社を守ってきた秋上氏はのちに和解。出雲の主祭神であるクナトの大神(船渡の神様)と、奥さんの幸姫をイザナギ、イザナミに変えて祭神とした初めての神社だったそうです。これからは手を取り合って共に生きて行こうと誓った証が美保神社の本殿の横千木と縦千木だそうです。