近藤 恵
プロフィル
こんどう けい 1979年東京に生まれる。基督教独立学園在学中に農業に関心を持つ。筑波大学第二学群生物資源学類を卒業後、千葉の有機農家で1年研修。福島県二本松市の大内信一氏の元で研修後同市で2006年新規就農。3年間の兼業時代を経て、2009年から専業で成り立つようになったが3.11に遭遇した。営農を断念し一時は宮城県に避難するも福島に戻ってきた。現在飯舘電力福島事務所長・県庁南再エネビル事務局長。www.iitatepower.jp 電話024-572-6006
1.ご依頼の経緯
福島県郡山市の石沢重吉さん、同二本松市の大内信一さんに続き、被災地に住む農業者・キリスト者としてご依頼を受けたものと理解しています。
2.ぼくは・・・
独立学園で学生だったころ、文語で読みにくかった、内村鑑三著「余は如何にして基督信徒となりし乎」が2015年3月12日に「ぼくはいかにしてキリスト教徒になったか (光文社古典新訳文庫)」として新訳になりました。読み進めているうちに、今回のお話をいただきました。内村鑑三が出版したのが34歳と、ちょうど私と年代的にも同じですから、今回の題名を模してみました。「余は」よりは「ぼくは」といったほうがしっくりくる年代ですね。
3.ふたつの救い
プロフィールにあるように、3.11遭遇により人生の淵に立たされましたが、その中で、ウリヤとダビデの対照(サムエル記下11、12章)に自らを重ね、その歴史的意味を見出し、ロマ書の研究40講に出会い、魂の救いを体験しました。
今回の読書「ぼくはいかにして・・・」の中で、魂の救いと国の救いというくだりがありました。
引用———このときから2年間、ぼくは聖書は預言書以外ほとんど何も読まなかった。その結果、ぼくの宗教的な考え方全体が変わった。友人たちはぼくの信仰について、福音によるキリスト教というより一種のユダヤ教だという。だが、そうではない。ぼくはキリストとその使徒たちから自分の魂を救う方法を学んだが、そのいっぽうで、預言者たちから自分の国を救う方法を学んだのだ。———引用おわり
3.11により魂の救いを学んだ私は、内村鑑三に倣って、次は預言書を一生懸命読み、国を救う方法を学ぶ時がやってきたと感じています。
4.何をしてきたか
APLA福島百年未来塾・二本松有機農業研究会エネルギー部会で、放射能汚染問題、地方と中央の問題、エネルギーの問題に取り組んできました。
3haまで広がった農地を手放し、農業は止めましたが、飯舘電力・会津電力のメンバーと出会い、職場と使命を与えられました。飯舘電力は社長に農業者、副社長に酒造会社社長と、農業と関連の深い会社です。
震災後4年で失ったものも多くありますが、残ったものは自信(信仰)と前に進む気持ち(希望)です。
5.何に向かうか
原発は望ましくありません。化石燃料も少なくしたい。一方で、代わりとなる再生可能エネルギーの推進をやりたい。不可能な道でしょうか。世界の再エネ普及の動的動向は目覚しいものがあります。できない道ではないのだから、チャレンジしたい。批判から引き受けへ。農業者がエネルギーを生み出す仕組みを作りたいと強く思います。
未だに私たちの農産物は収穫後に検査を続けなければなりません。収穫が手放しでまともに喜べる時はしばらくこないでしょう。そのいっぽうで、私たちを馬鹿にするように原発を推進する勢力がまた羽をのばし始めています。私たち農業者は、再生可能エネルギーの伸展なしに、決して癒されることはないのです。再エネの普及は私たちの悲願なのです。
6.何にぶつかっているか
許認可の壁、資金調達の壁、合意形成の壁、継続性の壁。壁に当たれば、解決策が出てくる。必死に勉強しています。
7.何ができるか
集うこと、つながること、自分の力で考え続けることです。小さな実績を作り、おおげさに喜ぶことです。
福島県庁の南にビルを借り上げ、再エネを中心とする団体が集まりました。株式投資や自然エネルギーファンドを通じて、個人が直接投資してつながるケースが出来つつあります。地域の金融機関も自らリスクを取り、融資に前向きになっています。自分の力で考え、実践する人・企業・団体が増えています。
これらは、前述の壁を突破する力になっています。もっと強めていきたい。ご興味のある方はご連絡をいただき、様々な形で繋がっていただければ幸いです。
*後日談:今回のお話をきっかけに、飯舘電力株式会社に数名の方からご出資・ご寄付をいただきました。「お金の生きた使い方をしたい。」「お金がよいことに使われることほどうれしいことはありません。」「早く支援させて欲しい。」「サポーターになりたい。」「必要なことは与えられるという信頼をもって、慎重かつ大胆に進めていかれますよう。心から応援しております。」など深いメッセージを添えてご出資・ご寄付いただいたことを、この記録集に残させていただきたいと思います。