トーキング・マイノリティ

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鷲は舞い降りた

2006-01-16 20:35:53 | 読書/小説
 一時期ジャック・ヒギンズの小説を読みふけった事がある。ヒギンズの小説の最高傑作は何といっても、表題の『鷲は舞い降りた』だろう。極秘任務を受けたドイツ落下傘部隊の精鋭たちが、イギリスの一寒村で週末を過ごすチャーチルを拉致しようとする物語だ。実際、ドイツ特殊部隊が監禁されていたムッソリーニを救出した実績がある。

 主人公シュタイナ中 佐がドイツ落下傘部隊隊長で冷酷非常なナチではなく、彼を含め隊員は勇敢であるが血の通った人間に描かれているのが面白い。著者ヒギンズは英国人だがアイ ルランド系で、そのためだろうが主人公の母をアイルランド系アメリカ人と設定していた。シュタイナが困難極まる極秘任務を与えられたのも、SSからユダヤ 人少女を助けたのが原因だった。いかに軍歴のあるドイツ将校でも、当時これは違反行為だ。懲罰として彼及び彼の部隊は“めかじき作戦”に参加を命じられ る。これは魚雷に跨り敵船に突撃して間一髪で魚雷から降りてその場を離れるものだが、生還する者は少ない作戦である。この作戦で部下の半数は戦死し、父も 反逆罪でゲシュタポに逮捕された中佐にチャーチル拉致という任務を断れるはずもなかった。

 極秘任務には当然イギリスにいる協力者も必要だ。小説には2人の魅力的な人物が登場する。1人はアプヴェール(ドイツ軍情報部)のスパイの老婦人。彼女は実はイギリス人ではなく、ボーア(南アのオランダ系白人)人だった。ボーア戦争ではイギリス軍は他の世界同様現地のゲリラには徹底した掃討作戦を行った。農場を焼き払い住民を強制収容所に送り込む。彼女も夫の居場所を尋問されただけでなく、暴行も受け収容所に送られる。管理状態が極めて悪かった収容所では病気が発生して2年間の間に2万人以上が死亡したという。彼女も死ぬところだったが、あるイギリス人医師のために一命を取り留める。彼女に恋したイギリス人医師は結婚を申し込む。イギリスに対する憎悪が焼きついてしまったものの、家族や親戚、農場全てを失った彼女は受け入れる他なかった。
  その後のボーア女性はアプヴェールの男と接触し(英国人の夫は既に死亡していた)、憎いイギリスに打撃を与えられるという動機で60歳にしてスパイとな る。アプヴェールの指示でイギリスの地方に住むことになるが、白髪で上品な上流英国婦人と現地の人から目され、ドイツのスパイと疑う者はいなかった。

 あと1人の協力者はIRAの闘士リーアム・デブリン。 カレッジで学位を取るインテリだが、父を亡くした彼の親代わりでカトリック神父でもある伯父がオレンジ党(プロテスタント組織)のならず者に襲撃され、片 目を失明したためIRAに身を投じる。仲間を裏切りアメリカに逃亡した元同士を渡米してまで始末する非情さを持つ反面、一般民衆を狙った無差別テロには断 固反対する闘士でもあった。強情な皮肉屋だがユーモアのセンスにあふれ、男女問わず会った者を虜にする魅力を持ち、アイリッシュウイスキー、ブッシュミル ズを愛飲する。試しにこのウイスキーを買って飲んだ事があるが、国産ウイスキーの方が美味しいと感じたのは日本人ゆえだろう。デブリンは『鷲は舞い降り た』の他にもヒギンズの小説に度々登場する。

 チャーチル拉致が失敗したのも、ドイツ兵の人間として当然の行為のためだった。中佐以下落 下傘部隊はイギリスに降り立った際、ポーランド軍制服を着ていたが、その下にはドイツ軍軍服を着用していた。いざという時、ドイツ軍人として戦うための希 望だったが、思わぬ誤算が生じる。村の子供が川に落ち、水車に巻き込まれそうになったのを、中佐の部下がとっさに飛び込む救出する。子供は助かったもの の、部下は水車に巻き込まれ命を落とす。仲間がとっさに上衣を引き裂き様子を見るが、ドイツ軍の制服が覗いたため正体を知られてしまうのだ。
 勇敢に戦うも“鷲”たちは追い詰められ、主人公もチャーチル(実は影武者)にあと一歩まで迫りながら、銃弾に倒れる。生き残ったのは副隊長の中尉とデブリンの2人だけで、彼らは待機していたドイツ潜水艦に救出される。

 シュタイナ中佐が村の神父に語る台詞は、敗戦国の人間にはとても共感できるものだ。
私の部下の1人が村の子供2人を救う為に自分を犠牲にしたからなのだが、たぶんあんたはそのことは知らない事にしておきたいかもしれん。しかし、何故だろう?ドイツの軍人はみんな、強姦と殺人専門の野蛮人という、その惨めな妄想を抱き続けたいからかもしれんな?それとも、理由はもっと深い精神的な事柄なのか?あんたはドイツの銃弾によって不具になった為に、ドイツ人全体を憎悪するのか

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