その一、その二、その三、その四、その五、その六の続き
アンドレに続き、オスカルも銃弾に倒れるのは原作通りだが、アニメ版でのアンドレの死はかなり変えられている。オスカルを庇って自ら楯になり、狙撃される原作と違い、流れ弾に心臓を撃ち抜かれて死ぬ。アンドレを撃ったのは無名の歩哨に過ぎず、この歩哨を先に撃ったのはオスカルだった。戦闘状態にあって敵の歩哨に発見されれば、部隊全員が殺される。オスカルが彼を撃ったのは当然なのだ。
だが、歩哨が最後に撃った弾がアンドレの心臓を直撃する。オスカルが撃たなければ、歩哨の銃弾もアンドレに当らなかっただろう。
この展開は戦のリアリズムを重視したアニメ版らしい。それが戦の非情さというものなのだ。この歩哨にも家族や恋人がいたかもしれないし、ひょっとすると新婚の妻がいたかも知れない。その命を奪ったオスカルが愛する夫を撃たれたのは、何処か因果応報的な印象を受けた。人を殺生するのが戦だが、敵を殺せば自分や味方も敵に殺されることもあるのが戦である。
意外なことに原作では、武官にも関わらずオスカルが敵を直接殺すシーンはない。剣で相手を負傷させる程度だったし、それも刺客や決闘相手なのだ。チュイルリー宮前の戦闘やバスティーユ襲撃でも指揮をとっているだけであり、剣や銃で敵を殺害してはいない。対照的に自ら銃を撃ち剣を振るうアニメ版。
心臓を直撃されても即死せず、暫く生きていたのはアニメらしいが、原作のように石畳の上で絶命したのではない。市民軍からはベッドが提供され、町医者も診ている。ベッドに横たわるアンドレに泣きながら語りかけるオスカルは、見ているのも辛いが、この台詞には胸を締め付けられる。
「アンドレ、式を挙げて欲しい…。この戦いが終わったら私を連れて地方へ行って、どこか田舎の小さな教会を見つけて…そして結婚式を挙げて欲しい。そして神の前で、私を妻にすると誓って欲しい…」
戦闘前、「この戦闘が終わったら、結婚式だ」とアンドレに言った原作とは全く違うアニメ版。アニメ版オスカルは平凡な女の願いを訴えただけなのだ。しかし、彼女の運命はそのささやかな夢すら叶えられない。微笑みながら「もちろんだ。そうするつもりだよ…」と答えた後のアンドレの台詞は「俺は…だめなのか?」
何をバカなことを、と否定するオスカルに残したアンドレ最後の言葉はこうだった。
「そうだね…そうだ…そんなはずはない。全てはこれから始まるんだから…俺とおまえの愛も新しい時代の夜明けも…全てがこれからなんだ…こんなときに俺が死ねるはずがない…死んでたまるか…」
アンドレの目に一粒の涙が光り、そのまま息絶える。予期せぬ死を悟っての涙であり、原作と違い無念の最後だったろう。アンドレが息を引き取ったのに気付かぬまま、オスカルは語りかける。
「いつかアラスへ行った時、2人で日の出を見た…あの日の出をもう一度見よう、アンドレ。あのすばらしかった朝日を2人で2人で…生まれて来て出会って…そして生きて…本当によかったと思いながら…」
原作と違いアラスが強調されているのがアニメ版。第13話では全編アラス編となっていたが、後の伏線へと繋がっていたのが分かる。原作では不明だが、アニメ版のオスカルとアンドレはアラスに埋葬され、2人の墓は小高い丘に並んで立っているという設定だった。
アンドレの死んだ夜、パリの街をさまようオスカル。まず白馬で街を駆け抜けるが、アンドレと2人で馬に乗って戯れる幻想を見ている。その白馬を夜警の兵士に撃たれ、愛馬も失うオスカル。これも原作にないシーン。
たぶん原作オスカルならば、悲しみに暮れても街をさ迷わなかったと思う。涙を流しつつ、敵の兵士と切り結ぶアニメ版オスカルの独白は哀し過ぎる。
「愛していました、アンドレ。おそらくずっと以前から…気付くのが遅すぎたのです…。もっと早くあなたを愛している自分に気付いてさえいれば…ふたりはもっと素晴らしい日々を送れたに違いない…
あまりに静かに、あまりに優しく、あなたが私の傍にいたものだから…私は…その愛に気付かなかったのです…アンドレ、許して欲しい…愛は裏切ることよりも、愛に気付かぬほうが…もっと罪深い…」
但し平和な時代ならば、アンドレを愛してることに気付くのがもっと遅れたかもしれない。あまりに静かに、あまりに優しく、傍にいれば尚のこと。
最愛のアンドレを失った悲しみに浸ることもできず、最後の体力と気力を振り絞ってバスティーユ攻撃を指揮するオスカル。指揮するさなか彼女は、硝煙の隙間からのぞく青空に飛んでいる白い鳩をふと見た。バスティーユ警備兵の一斉射撃を受けるのはその時だ。原作での狙撃兵は1人だけだったが、銃弾を雨のように浴びせられ、崩れ落ちるオスカルの止め絵で39話は終わった。
戦闘中にも拘らず、何故オスカルが空を舞う鳩を見ていたのか、という疑問はネットでも見かける。この鳩がアンドレの象徴なのは言うまでもないが、アニメ版ではとにかく鳩が登場する。黒い鳥が現れることもあり、これは凶兆の徴。最終話のラストはカモメが舞い、カモメたちは空から人間社会を俯瞰したかのよう。他にもアニメ版には雨のシーンが多かった。第1話のはじめから雷雨だったし、雨を多用する演出はいかにも日本的だった。
その八に続く