東北歴史博物館の特別展「最先端技術でよみがえるシルクロード」を先日見てきた。この特別展の正式名は「東京藝術大学スーパークローン文化財展」なのだが、トップ画像にあるように広告やチラシには「最先端技術でよみがえるシルクロード」のコピーを大きく入れている。コピーの左隣には法隆寺、敦煌莫高窟、バーミヤンと書かれ、それだけでもシルクロードのロマンをかき立てられる。チラシ中には今回の特別企画の目的をこう説明されている。
―芸術、文化財は常にその保存の公開の両立が求められます。しかし、歴史的・芸術的価値が認められながらも、惜しくも失われていたり、実物を鑑賞することが難しい作品があります。
そのようなとき、文化財の保存、継承における新たな視点として、スーパークローン文化財が東京藝術大学により開発されました。芸術の唯一無二性を認めながらも、その見た目・質感だけではなく、芸術が持つ本来の文化的背景や技法、精神性までも含めて再現しようと試みるスーパークローン文化財は、私たちに文化財を継承していくことの意義とその未来について考える契機になると考えます。最先端技術でよみがえったシルクロード芸術の数々を訪ねていきましょう。
“スーパークローン”とは聞きなれない造語だが、特別展公式サイトではスーパークローン文化財をこう解説している。
―「スーパークローン文化財」とは、「保存」と「公開」を両立すべく、東京藝術大学で開発された芸術と科学の融合による高精細度な文化財の再現(複製)です。最先端のデジタル技術と伝統的なアナログ技術を融合し、ひとの手技や感性を取り入れることによって、単なる複製ではなく、技術、素材、文化的背景など、芸術のDNAに至るまでの再現を目指したものです。
スーパークローン文化財は宮廻(みやさこ)正明 東京藝術大学名誉教授の主導で行われたようで、宮廻氏のプロフィールを紹介するサイトもある。これによると、シルクロードブームの火付け役だった日本画家・平山郁夫に師事したそうだ。
展示会場では東京藝術大学の学術研究員による30分ほどの解説があり、研究員は若い女性だった。文化財の再現(複製)にせよ、英訳すると単なるコピーとなってしまい、それでは誤解されるため、“スーパークローン”の造語にしたと云う。
特別展最大の見せ物は国宝・釈迦三尊像、仏像が置かれた場には火災に見舞われ焼損した法隆寺金堂の壁画も合わせて展示されている。学術研究員によると、すっかり黒焦げとなってしまった元の壁画は今でも保存されているそうだ。
仏画の複製ならそれほど難しくないだろう…と素人は単純に考えてしまうが、単に複製を描けばよいというものではないらしい。それでも釈迦三尊像となれば再現過程を映したドキュメント映像から、現代の最新科学技術を以ってしても難しいことが判った。これほど手間のかかる仏像が623年に制作されていたのだ。歴史教科書などでは鞍作止利作となっているが、特別展を見て彼1人で作ったとは思えなくなった。
スーパークローンの釈迦三尊像は今回の展示品の他、あと2体は制作されるという。ひとつはクリスタルによるもので、来年の東京オリンピック貴賓席に飾られる予定とか。
それにしても、制作費は幾らぐらいかかったのだろう?哀しき貧乏庶民感覚でそれが気になり、質問を受け付けていた研究員に思い切って聞いてみた(聞くは一時の恥)。無粋な質問に研究員さんは、「さぁ……」と言って答えなかったが、本当は知っていたのではないかと疑っている。クリスタルの釈迦三尊像など果たして必要だろうか?
敦煌莫高窟 第57窟の再現も良かった。ここは美人窟とも呼ばれ、上の画像はその由来となった観世音菩薩画。制作は唐時代とされるが、実に華やかで品があり、涼しい流し目と微笑む口元はモデルとなった美女のものだろうか。再現された第57窟のアーチ状の入口の壁には、若い僧侶が描かれていたが、こちらもイケメン。第57窟は美男美女窟でもあった。
期待外れだったのがバーミヤン東大仏天井壁画の復元。「天翔る太陽神」を復元したというが、太陽神はゾロアスター教の神ミスラなのだ。ゾロアスター教の他にもギリシアの神々が描かれ、かつては東西文明の十字路と謳われたアフガンらしい文化財。
ただ、肝心の太陽神像は平凡に感じたし、バーミヤン東大仏の天井を飾っていた壁画ということに意義がある作品。壁画にふんだんに使われていたラピスラズリの青は目が覚めるほど鮮やかだったが。
タリバンに破壊されるかなり以前から東大仏の顔は削られており、この地に来たムスリムによる破壊と考えられていた。しかし、アフガン紛争以前に調査したインド学術調査団は、取り付けられた顔面は剥落した結果で、ムスリムによる破壊ではないと結論付けたという。但し、この説に納得しない学術者は少なくないはず。
新疆ウイグル自治区のキジル石窟航海者窟(第212窟)の復元まであったのは驚いた。壁画の様式はインド・イラン風で、先の敦煌とは明らかに違う。グラマーかつセクシーなのがインドの菩薩像で、たおやかな中国のそれとは対照的。西域ではこれほどお色気ムンムンの菩薩像が好まれたのか?
20世紀初頭、第三次ドイツ探検隊はキジル石窟の壁画を大量にはぎ取りベルリンに持ち帰る。さらにその一部は第二次世界大戦中の戦火で焼失した。全く残念だが、もしこのような窃盗行為が行われなかったならば、キジル石窟壁画の様な文化財は文化大革命で破壊された可能性もある。少なくともドイツ探検隊には文化財を破壊する意図はなかったのだから。
複製であるスーパークローン文化財の方が、返って実物以上に立派に見えるかもしれない。実際の仏像や仏画は堂内の暗い一室に安置され、よく見えないことが多い。文化財の実物を見に行っても、教科書や旅行会社のパンフレット写真の方がキレイだったというケースも少なくない。
その意味では今回の特別企画はとても意義があったと思う。釈迦三尊像だけでなく、他の国宝級文化財のスーパークローンも望ましいと思った来場者もいただろう。
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矢張り手間暇とかけたお金を想像してしまいます。
私も多分係員の方に同じことを聞いたと思います。w
概ねおばさんは金銭に細いのですが、男性もかけたお金が気になりましたか?税金が使われているならば、やはり気になりますよね。
今回の特別展で初めてクローン文化財と宮廻(みやさこ)正明氏の名を知りました。これほど質の高い復元品ならば、日本全国での
巡回公開が望まれます。早く岡山でも展示されるといいですね。
ttps://twitter.com/cafebaghdad/status/1154674051807240192/photo/1
ttps://twitter.com/cafebaghdad/status/1154924346726481920
世界最先端だった事態の中世のイスラム社会は本当に華やかだったのでしょうね。
ラスター彩が途絶えていたのは残念ですが、まさか21世紀に日本で甦るとは想像もつかなかったことでしょう。1人女性が絵柄とした神話上の霊鳥シーモルグや、ラマッス(人頭有翼獣像)はイスラム以前からあり、これらが使われたのも感激しました。
中国の天目茶碗はラスター彩の影響を受けて作られたそうです。美濃焼は天目茶碗の影響を受けているので、イラン女性が弟子入りして技法を学んだのは意味深いですよね。中国ではなく日本というのが何とも、、、
以前トルコのトプカプ宮殿宝物展に行った際、中国の陶磁器に金の装飾がトルコで後から施されていて違和感があったのですが、中東や中央アジア界隈はやはり、金属的光沢を持つ物品が尊重される文化なんですね。
しかし、人間の顔に翼を持つラマッスですが、日本人の感覚だと人面に翼と言うモチーフなら鳥をイメージするのに、ググった写真だとラマッスの方は雄牛ですから、家畜の有無も大きく影響したのでしょう。あまり、翼を持つ強力な生き物と言うモチーフは日本の昔話には出て来ないと思います。
個人的にはラスター彩が復活したら、後は曜変天目の復活でしょうか。以前、博物館で展示されていた物を見ましたが、意外に小ぶりな印象がありました。あれも日本だけにしか現存していないのですよね。
私も上野のトプカプ宮殿宝物展に行きましたが、金の装飾が施された中国の陶磁器に違和感があったのも同じです。金より銀を尊重する中国文明との違いは興味深いですよね。
仏画には上半身が人で下半身が鳥という生き物が描かれていますが、顔は人間で体は獣というのはいかにも遊牧文明的ですよね。イスラム以前のイランではインドと同じく牛が最も重要な生き物でしたが、インドでラマッスのような生き物はあまり聞かないような…
中国には人面鴞(じんめんきょう)という怪鳥がいるそうですが、日本にはたぶん怪鳥はいないと思います。
http://myth.maji.asia/amp/item_zinmenkyou.html
曜変天目の展示は見たことはありませんが、日本だけにしか現存していないのは大きな謎のようですね。元からあまり作られておらず、なぜ最高峰の作品が日本にあるのか、本当に不思議です。