トーキング・マイノリティ

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この人はLGBTだから…その二

2021-03-07 21:45:33 | 世相(外国)

その一の続き
 実はインドネシアではアチェ州など特定の場所を除き、同性愛行為は違法ではない。しかし現大統領ジョコウィが2期目の副大統領としてパートナーに選んだのがマアルフ・アミンだった。アミンはインドネシア最大のイスラム組織NU(ナフダトゥル・ウラマー)の総裁にして、MUI(インドネシア・イスラム法学者評議会)の議長でもある人物。
 アミンとその母体のNUは長年、同性愛行為を反イスラム的として法的取り締まりを要請してきた。MUIも2015年、「同性愛行為はムチ打ち刑、場合によっては死刑に処されるべきである」というファトワー(イスラム法的解釈)を出している。

 ジョコウィがアミンを副大統領候補に選出したのは、2019年4月の2期目の大統領選序盤で劣勢と見られていたためだ。主な理由は「イスラム的価値」の重視が不足しているというもので、「宗教的マイノリティに寛容すぎる」彼を「不信仰者」と罵る声さえあった。そこで「イスラム的価値」を重視する姿勢を取り再選したが、同時に原理主義的なムスリムに忖度することなしに、インドネシアの政治はもはや立ちいかないことが明らかになった。

 再選後に原理主義的に豹変したのではない。既に2016年1月、ジョコウィ政権の高等教育相が大学のLGBT団体を禁じたいと発言したのを皮切りに、国防相が、「LGBTはインドネシア人を洗脳するための代理戦争」であり、「核戦争より危険」と発言するなど、閣僚や政治家、地方自治体当局者などが次々と反LGBTを露骨に表明し始めた。
 警察がパーティ会場やクラブ、サウナ、ヘアサロンなどに踏み込み、ポルノ禁止や麻薬取締法などの違反容疑でLGBTを拘束するケースも増加している。2017年には性的指向が原因で逮捕された人の数は少なくと300人とされ、過去最高を記録した。

 国連はLGBTの人権を守るようインドネシア政府に要請したが、インドネシアは国連に言われすぐ狼狽えるどこかの国とは違う。それでもLGBTに対する冒とくやハラスメント、暴力が公にされるのは非常に稀という。何故なら彼らは、自分たちの性的指向が明らかにされるのを恐れ、被害届を出したり声をあげたりすることを避けるから。彼ら自身が拘束される可能性があり、しかも加害者が当局に咎められることは殆どないそうだ。

 SNSで曝され、当局に通知されるケースも目立っている。インスタグラムやツイッターでは個人情報を晒し、「この人はLGBTだから当局に通報しよう」と呼びかける活動も少なくない。2018年、西スマトラ州パダンでは、ある女性が恋人の女性とキスする写真をフェイスブックに投稿したところ、これを見た住民が風紀取締隊に通報、10人が拘束されるという事件が起きている。
 風紀取締隊なるものがあること自体、日本人は仰天するだろうが、やはりこの国はイスラム圏なのだと痛感させられた。SNSで曝し、当局に通知するのがインドネシアの正義マンなのだ。しかも日本の正義マンと違い、あちらは政府やメディアが全面支援している。

 2016年、インドネシアの全国放送委員会はLGBTの逸脱行為を青少年が真似るのを防ぐため、ТVやラジオの番組であたかもLGBTが「普通」であることを禁じるルールを強化し、ТVなどにLGBTが出演することを事実上禁じる。街中で「LGBTは感染症」と書かれた垂れ幕が掲げられている光景や、反LGBT演説をする人々の姿も珍しくなくなったという。
 2019年、政府機関のインドネシア人口・家族計画機関の長が、LGBTは「国家発展の主たる敵」「宗教規範に違反しているだけでなく、こうした性的逸脱は我々を弱体化させている」と述べ、各自治体にこの「病気」との戦いを呼びかけた。

 ТVやラジオの番組であたかもLGBTが「普通」であることを垂れ流し、教育現場でもLGBTへの理解を求める欧米とは正反対のインドネシアの社会風潮は興味深い。『イスラム2.0』には2019年に英国のバーミンガムにある小学校、パークフィールド・コミュニティスクールで起きた出来事が紹介されている。
 この小学校でLGBT平等を説く「ノー・アウトサイダーズ」という授業に対し、イスラム教徒の父母たち数百名が「同性愛を禁じるイスラムへの差別だ」とか、「ゲイはOKだと教えるな」「我々の子供を洗脳するな」などと言って抗議デモを行い、子供を連れ帰り授業をボイコットする事態に発展、学校側は授業を停止する決定を下したという。この学校の生徒は99%がイスラム教徒だとされている。

 日本のメディアや識者が訴える“多様性”は、イスラムパワーの前に全く無力だったのだ。日本の識者は総じて宗教に疎い面があり、“多様性”を認めない宗教が存在していることさえ想像がつかなかったのか?尤も日本のメディアは日本社会におけるLGBTへの理解不足を叱責しても、平然と迫害するイスラム圏に声をあげたことはあったのか?
その三に続く

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2 コメント

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Unknown (鳳山)
2021-03-07 22:40:22
LGBTとかマイノリティの権利主張は結構ですが、世界の現実は厳しいと理解すべきですね。左翼連中には理解できないと思いますが。そもそも自分たちの正義を他社に押し付けている時点で私は嫌いです。イスラム教圏はそれぞれの宗教文化がありますので我々の考え方を押し付けるのは傲慢だと思います。
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鳳山さんへ (mugi)
2021-03-08 21:44:36
 日本でLGBTやマイノリティの権利主張をしている連中は、世界の厳しい現状に無知か、或いはガン無視しているとしか見えません。イスラム圏のみならずインドでもLGBTは攻撃されるし、時に「名誉殺人」が起きます。にも関らず、「多様性」やら「これからはLGBTが主流」といった“識者”のコラムを載せているのが河北新報。

 ムスリムも移民先で自分たちの宗教文化や思想を押し付ける傾向が強いですよ。だから左翼連中に対抗できるのかも。
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