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佐藤賢一氏のナポレオン その一

2022-01-09 21:50:45 | 読書/小説

 佐藤賢一氏の歴史小説『ナポレオン』(集英社)を先日読了した。全3巻あり、しかも各巻は500頁という大長編。本書は河北新報で紹介されていたので知ったが、図書館で本を手に取った際、その長さと登場人物の多さに圧倒された。
 果たして全巻読めるのか不安だったし、軍事に関して未だに私は疎い。尤も今はコロナ禍で家籠りすることが多く、読んでみても悪くないと思い直して借りてきた。実際に読み始めたら、借りる前の不安は杞憂に過ぎず、ストーリーが面白くて一気に読めた。世界史で最も知られる英雄だが、意外にナポレオンの生涯は知られていないかもしれない。

 実は私もナポレオンについては殆ど知らず、関心もなかったし、生涯戦争ばかりしていた男というイメージしかなかった。日本の人気度は不明だが、結構男性の支持者は少なくないかもしれない。何だかんだ言っても、男は戦に強い人物が好きなのだ。ナポレオン戦争を扱ったゲームに夢中になる男たちもいるかもしれない。
 ナポレオン好きという歴女もいるだろうが、むしろジョゼフィーヌの方に興味を持つ女性は少なくないと見ている。私もナポレオンより彼女の生涯は興味深いと感じるし、英雄に熱烈に愛された年上妻というのは大変魅力的なキャラだ。

 ジョゼフィーヌとナポレオンが結婚したのは、愛人だったポール・バラスが彼女に飽きて手を切りたがっていたため、当時部下だったナポレオンに押し付けたためだった。派手で社交的なジョゼフィーヌにすっかり夢中になったナポレオンは、2人の子供がいる6歳年長の未亡人と初婚を果たすが、ジョゼフィーヌは結婚後も浮気を繰り返していた。
 本書には戦場にあっても妻を思うナポレオンの心情が描かれて、彼女への熱愛が戦勝に繋がっていき、勝利の女神と思い込むナポレオン。愛してはいても、政治的理由で離婚した後にナポレオンの転落が始まるが、最初の夫やバラス、ナポレオン等はジョゼフィーヌと別れた後に失脚しており、少し古い俗語を使えば西欧版“あげまん”だったのやら。

 本書は①台頭篇、②野望篇、③転落篇で構成され、トップ画像は①の表紙でグロ作の『アルコレ橋のボナパルト』。文字通りアルコレの戦いでのナポレオンを描いた作品だが、他の肖像画と同様に脚色と美化が施されている。それでも若き英雄を描いた画は見事だし、ナポレオンは画家に恵まれていた。グロの師匠ダヴィッドもまたナポレオンの肖像画を数多く手がけている。
 ナポレオンは身長167㎝ほどだったという。現代の西欧人からすれば短躯でも、当時のフランス人の平均並みだったそうだ。「ナポレオンの身長は低くなかった!?ナポレオン・コンプレックスと言われるが実は…。」という記事には、ナポレオンを風刺したカリカチュアが欧州に広まっていったことも挙げられている。

 ①台頭篇のプロローグはナポレオン戴冠式。絢爛豪華な戴冠式が描かれた後、生まれ故郷コルシカ島が舞台となる。コルシカ島についても全く知らなかったが、ナポレオンがこの島で熱心に政治活動をしており、独立運動にまで関わっていたことを初めて知った。
 コルシカ島は文化的にイタリアの影響が強いことは塩野七生氏のエッセイ『男の肖像』で知っていたが、ナポレオンの祖先もジェノヴァ共和国からこの島に移民している。ナポレオンも故郷にいた頃はナポレオーネと呼ばれていたが、この名は“ナポリの獅子”という意味という。

 コルシカ島には美人が多いことで知られ、中でもポーリーヌはナポレオンの妹たちの中でも際立った美貌だった。ただ、私にはこの奔放な妹よりも、母マリア・レティツィアの方が興味深かった。本書にもレティツィアは女ながらもコルシカ独立戦争に参戦したことが載っており、相当な女傑だった。やはり英雄の母は違うが、これでは嫁ジョゼフィーヌとそりが合わなかったのは当然だろう。
 尤もナポレオンの父はフランス側に転向、フランス貴族の資格を得たことで、ナポレオンはフランス国籍を獲得、フランス本土の貴族の士官学校へ入ることを許されることになった。父がフランスに転向しなければ、英雄ナポレオンは生まれなかっただろう。

 フランス領となってもコルシカ島は大人しい臣下ではなかった。ナポレオンもコルシカ独立運動指導者パオリに心酔していた時期もあったし、20世紀になってもコルシカ民族解放戦線が結成され、爆弾テロを起こしている。
 フランス版マフィアはユニオン・コルスと言われるが、名称通り起源はコルシカ島。一般にイタリアのマフィアより知られていないが、ノルマンディー上陸作戦時には連合国に協力していた。もちろんタダではなく、この時の協力により戦後はフランス本土への勢力を拡大する。
その二に続く

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6 コメント

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Unknown (鳳山)
2022-01-10 08:25:19
佐藤賢一さんの本は傭兵ピエールとか英仏百年戦争は読んだことがありますがナポレオンも書いていたんですね。ナポレオンに関しては軍事関係に特化した本はかなり読みこんだんですが、それ以外はほとんど知らないので興味がわきました。
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ナポレオンの伝記 (スポンジ頭)
2022-01-10 10:28:12
 子供向けのナポレオンの伝記しか読んでいないのですが、ナポレオンが母の胎内にいる時に独立戦争があったと記されていました。今思うと、独立戦争の最中に母がナポレオンを妊娠した話を書くことで、生まれながらの軍人というイメージを子供の読者に与えようとしていたのでしょう。

 ナポレオンが士官学校に入った話もありましたが、名前が田舎っぽいと級友からあれこれ言われるのです。フランス新領地出身者の悲哀ですね。

 モンテ・クリスト伯ではナポレオンは王政復古で戻ってきたルイ十八世やエミグレたちから悪口を言われていましたが、「お前たちの自業自得やないか」、「国王が税金を支払うよう言った時に従っておけばこんな事になってない」と思いました。また、自分たちの元居城にナポレオンの任命した貴族たちが住んでいる事にも文句を言っていましたが、「民衆を絞り上げていたのはどうなのよ」と言う感じです。
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鳳山さんへ (mugi)
2022-01-10 23:06:42
『傭兵ピエール』の頃の佐藤さんの本は苦手でしたが、読書家のコメンターさんから『小説フランス革命』を勧められ、面白いので一気に読めました。
 軍事通ならナポレオンの戦略に詳しいでしょうけど、その生涯は意外に知られていませんよね。
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Re:ナポレオンの伝記 (mugi)
2022-01-10 23:08:36
>スポンジ頭さん、

 子供向けのナポレオンの伝記には、独立戦争の最中に母がナポレオンを妊娠したという話がありましたか。ナポレオンの母が独立戦争にも加わっていたことを本書で初めて知り、さすがこの母にしてナポレオンありと思いました。

 本書でもコルシカ出身のため、ナポレオンが士官学校で級友から嫌味を言われるエピソードが載っています。もちろん負けず嫌いの彼は屈しませんでした。

 モンテ・クリスト伯にはルイ18世が登場していましたか。どうもコメントから、あまり良い描き方ではなさそうですね。まさに自業自得なのに、文句だけは並べるのは呆れるばかりです。
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Unknown (牛蒡剣)
2022-01-15 22:13:26
>むしろジョゼフィーヌの方に興味を持つ女性は少なくないと見ている

私もかなり興味持ってます。ナポレオンこの人に何度も裏切られてもお構いなしですよね。ホント不思議な人です。

>他の肖像画と同様に脚色と美化が施されている
愛馬のマレンゴにまたがってアルプス越えをする有名な肖像画画も本当は砲兵隊に沢山いた小柄なラバ(ロバの血がはいっているので馬よりおとなしく扱いやすい。もともと砲兵将校なんでラバの方がなじみがある)にまたがっていたなんて話もありますね。
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牛蒡剣さんへ (mugi)
2022-01-16 22:43:38
 一代の英雄をあれほど夢中にさせた女性も珍しいでしょう。ナポレオンの親族とは不仲でも他の同性からは好かれたそうで、ジョゼフィーヌとの出会いが無かったら、英雄になれなかった?

 歴史教科書によく載っているアルプス越えの肖像画も脚色されすぎですよね。馬の足元の岩にはハンニバルやカール大帝の名前まで描かれている!
 しかし白馬ではなくラバに乗った皇帝では格好悪すぎ。王侯貴族の肖像画がいかに美化されてきたのか、ナポレオンの肖像画だけでも分かります。
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