何故死んでしまったの…祥一郎の生きた証

私は2015年12月28日、20数年共に暮らした伴侶である祥一郎を突然喪いました。このブログは彼の生きた証です。

昼下がり 孤独な時間 そしてケンタッキー

2016年04月10日 | ひとりぽっち
昼下がりの街を孤独にあても無く彷徨う。

フラフラと、よろけた足取りで、どこへ行って時間を潰そうか考えても考えても、適当な案が浮かばない。

街は人で溢れかえっている。私から見たら幸せそうな人々が群れている・・・・・・・

結局あの部屋へ、祥一郎と暮らしたあの部屋へ戻るしかないと思い知り、のろのろと踵を返す。

帰り路、

お菓子屋の前を通る。ふらっと立ち寄り、祥一郎の好きだったものは何だっただろうと思いだしながら物色する。
醤油味の煎餅がある、あっカントリーマアムもあるな。ポテトチップは必須だ。ノリ塩味がいいかな。
チョコレートもたまにあいつ食べるし、佐久間のドロップと、かりん糖、ハーゲンダッツのアイスも買っておこうか。

古着屋がある。店先にならんだお買い得品を眺める。
そろそろ暖かくなってきたから、おっあのシャツ、あの黄色いシャツは祥一郎に似合うだろうな。
ちょっと派手目な色合いの薄手のブルゾンがあるな。これもあいつに買っていったなら、憎まれ口をききながら着てくれるだろうか。この帽子と組み合わせたらそれなりのファッションになるかな。

そんな想像をしながら、ぼーっと店先に佇んでいる。

ちょっと先には花屋がある。
祥一郎と暮らしていたころは花なぞついぞ飾る習慣は無かったけれど、今はそろそろ仏花をまた変えないとと思う習慣がついた。そうだ、この花を買っていこう。


自分の煙草そろそろ切れるな。コンビニで買っていこう。
でも祥一郎の吸っていた煙草は買わない。あいつには煙草を止めて欲しかったから。身体が弱い上に、病気がちだから、言っても無駄だと思っていたけれどときおり「煙草止めた方がいいんだけどねえ。」
と語りかけたものだ。
だが、楽しみの少ない生活だったから、せめて煙草くらい好きにさせてもという気持ちも無かったとは言えない。

八百屋の前を通る。
部屋の冷蔵庫にはもうトマトくらいしか置いていない。
あの頃は二人分の料理を作るのに、一通りの野菜はごっそりと置いていた。
今はスカスカになった野菜保存室・・・・・八百屋は素通りする。
でも夏になったらあいつはスイカが好きだったから、その時は買っていくだろうな。そして秋になったら柿も好きだったからそれも買うだろうな。

そろそろ商店街が途切れる。

そのちょっと先の、あいつと毎週通ったあのスーパーで、食の極端に細くなった自分の分のパンやら保存食やらを購入し、祥一郎の分の紅茶オーレや毎朝食べていた菓子パンや、猫の餌を買って帰る。

気がつくと自分は泣いていた。

顔をくしゃくしゃにしながら、涙をこぼしながら自転車をゆっくりと転がしていた。人目も憚らず。

目立たないように眼鏡をかける。でも眼鏡のレンズが涙で濡れ、目先が見えなくなってまた眼鏡を外す。

段々と泣きながら声が出るようになり、嗚咽になる頃、誰も待って居ない部屋に着く。

荷物を台所に置き、取り敢えずひとしきり泣いた後、涙を拭いて溜息をつく。

祥一郎の遺影を見ながら、深い溜息をつく。

誰かがマンションの階段を上がってくる音がする。ドンドンドンと祥一郎に似た足音だ。でも私の部屋のドアを開けることはない、どこかの誰かの足音だ。つい聞き耳をたてる自分がいる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・


おっ思い出したよ祥一郎。

お前の好きなケンタッキーフライドチキンも買って来たんだった。

そろそろ昼飯時だものね。半分子だよ。コールスローも一緒に供えるね。飲みものはやっぱりコーラがいいかな。それもね。

一緒に食べよう。あの頃のように。

美味しそうに食べるね。そんな表情がおっちゃんは好きだったよ・・・



今夜は夜勤。

そんなある日の昼下がりの時間。たったひとりになってしまった今の私の過ごす時間。


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