日本列島旅鴉

風が吹くまま西東、しがない旅鴉の日常を綴ります。

晩秋の大地を行く 2019続編 - 別海町鉄道記念館

2019-10-17 15:26:09 | 北海道
通算22万kmの節目を、快晴の空の下で迎えられたのは何よりでした。しかしその後は曇りがちとなってしまい、根釧台地をどこまでも走りたいという気分でもありません。そのようなときこそ訪ねておきたかったものがあります。西春別の別海町鉄道記念館です。
去年も西春別を訪ねました。道内各地にある駅の跡地の公園で、北見相生と並んで未踏だった数少ない場所の一つがここです。しかし、宿願を果たせたのはよかったものの、併設の記念館の閉館を過ぎてしまったのが惜しまれました。記念館の見応えは屋外の車両展示をはるかに上回ると噂に聞いていたからです。再度挑戦するならば、この機会を生かさない手はありません。こうして四半世紀に及んだ宿願を果たし、三時の閉館とともに切り上げたところです。

一昨日訪ねた卯原内の施設を、記念館というより資料館だと評しました。対するこちらは文字通りの記念館です。玄関をくぐるや否や、当時の町長による開設に寄せた檄文に足が止まりました。根釧原野開拓の原動力となり、人々の夢と希望を乗せて走った標津線が、時代の波に呑まれて惜しまれつつ姿を消すにあたり、その功績を末永く語り継いでいこうとする熱意が、ありありと伝わってくる文面でした。そのような由来もあり、年表を用いた歴史に関する展示の充実ぶりが当館の特徴の一つといえます。
真骨頂は上映時間40分にも及ぶ記録映像です。「緑の大地に夢見た鉄路」と題するその作品は、現役当時の映像を交えつつ、標津線の前史から終焉までを余すことなく記録した力作です。これに匹敵するのは三笠鉄道村で上映される「さらば栄光の幌内線」だけでしょう。
上映時間と全体の構成は似通っています。開通前史に始まり、戦中戦後の混乱期、鉄道華やかなりし昭和30年代、自動車の発達により存在基盤が揺らぎ出した昭和40年代以降を経て、国鉄改革の一環としてやむなく廃止に至るまでの流れを、在りし日の映像とともに綴るというものです。その一方で、好対照というべき点もありました。幌内線の映像は、明治維新を端緒とした北海道開拓と、その根幹を支える炭鉱開発という国家事業の一環として建設された歴史的背景の中で語られます。根釧原野を細々と走ってきた標津線の映像は、物語としての壮大さにおいてあちらに及びません。しかしこれは、日々の暮らしを地道に支え続けてきた路線だったということに他ならず、思い入れもその分大きなものとなります。それを象徴する場面が、随所に織り交ぜられる沿線住民の方々の証言です。仮乗降場を含む全駅の紹介を始め、ありし頃の日常の記録が秀逸でした。
終盤の山場はあちらと同じく営業最終日の記録です。お別れ列車の空撮は幌内線と同様の演出ながら、それに先立ち各駅に住民の皆様方が集合し、口々に別れと感謝の言葉を述べる場面はこちらにしかない貴重な記録です。駅舎を描いた絵本をめくっていくエンドロールも印象的でした。40分の本編を通じてめくるめく場面が繰り返され、観終わった後もしみじみ感銘を受ける秀作です。

こうして見学する間に今日も三時を回りました。道中の例からしても、あと一時間もすれば相当暗くなるでしょう。中標津には行けそうにもありません。しかし、この上ない場所で達成できた通算22万kmと、こちらの記念館だけでも、十分満足できる成果です。
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