日本列島旅鴉

風が吹くまま西東、しがない旅鴉の日常を綴ります。

真ん中通るは中央線 - 嘉多蔵

2016-06-16 21:45:04 | 居酒屋
以前は欠くべからざる生活の一部だった、しかし今や端境期の穴埋めに過ぎなくなった習慣として、平日の帰り道の一人酒があります。酒場めぐりが旅の主題の一つとして確立し、なおかつ生活に占める旅の比重が年々大きくなるにつれて、平日は無難にやり過ごすのが第一義となり、我が家で晩酌する方が気楽になってきました。そのような中、夏の活動休止期間は手近な店を訪ね歩く貴重な機会となります。第一弾に選んだのは「嘉多蔵」です。

平日の終業後ということになると、これが去年の暮れ以来実に半年ぶりになるようです。そのとき訪ねた池袋のBETTAKOを、自分にとっての原点と評しましたが、この店とはあちら以上の長い付き合いになります。焼酎ブーム華やかなりし一昔と少し前、この店に足繁く通っていた活動仲間の一人に誘われたのがそもそもの始まりで、自宅から徒歩圏内という条件もあり、それ以来度々足を運ぶようになったのでした。そうするうちに一軒だけでは飽き足らなくなり、次いで通い始めたのがBETTAKOです。
このように、自分にとっては「原点の原点」というべき場所であり、我が生涯に少なからぬ影響を及ぼしたといっても過言ではない当店ですが、過去の記録を繙けば、一人で訪ねたのは実に五年も前ということになっています。それ以外を含めても四年ほどの無沙汰になるでしょうか。前回の時点でさえ、往年に比べて相当足は遠のいており、その理由として焼酎ブームが去ったこと、同じ路線の店が乱立して目新しさが薄れたこと、現「○吉八」店主の独立といった事情を挙げました。しかし、BETTAKOには今なお年に一度とはいえ顔を出していることを考えると、数年も遠ざかってしまった理由は焼酎ブーム云々だけではないような気がします。それでは何が理由かと考えたとき、思い当たるのは「あまりに近すぎる」という事実です。
自宅から徒歩数分、しかも職場との位置関係でいえば、一旦自宅を素通りしてから向かう形になります。それならそのまま帰って晩酌した方がよかろうというわけです。しかるに今回、二晩続けて外食する必要が生じました。そのようなとき、一旦自宅に戻り、一風呂浴びて手ぶらで行けるという条件がよい方向に働いて、久方ぶりの再訪となった次第です。

この店の名声を一挙に高めた焼酎ブームが過ぎ去って、教祖の「居酒屋味酒覧」にも掲載された往年ほどの評判は聞かれなくなりました。しかし今夜に関していえば、健在ぶりを再確認させられたというのが実感です。まずカウンターとテーブルも七割、八割方埋まっており、雨の木曜日にしては賑わっています。店内の雰囲気も十年一日のごとくに変わりません。加えて当店名物の洋風煮込み、自身とりわけ好んだミミガーの和え物、〆の定番だった通称「かにスパ」がいずれも健在で、味についてもそのままだったのは幸いです。
今回久々に再訪し、分厚い一枚板のカウンターを含め、内装に使われている木材がことごとく古材で、味わいのある艶を放っているということに気付きました。この店と同様レトロ調に仕立てられた店が乱立し、結果として物珍しさが薄れてきたという事実について前回述べましたが、安く造った見かけばかりの店舗に、この味わいを再現することができるでしょうか。一見するとありがちな、しかし周到に造り込まれた店内が、年季を重ねるにつれて円熟味を増してきたという印象です。やはり、長年続く店にはそれ相応の理由があるということでしょう。

その一方で感じたのは、一人で呑むことを前提とした場合、この店は果たして最善なのだろうかという若干の疑問です。上記の通り、艶やかな古材で仕立てられた店内の居心地は上々です。酒、焼酎いずれについても充実し、この店に来たならこれだといえる名物も揃い、品書きには一切の隙がありません。加えて客席にも厨房にも十分な布陣が敷かれ、注文したものは意図する通りの間合いで運ばれてきます。しかし、これだけの条件が揃ってもなお疑問の余地が残るのは、各地の酒場を訪ね歩いて目が肥えたことによる副産物とでもいえばよいのでしょうか。
先日訪ねた盛岡の「とらや」では、こちらが注文を思案しているのを見計らったかのように、次の肴を的確に勧めてくれるという老練な客あしらいに感服し、それは女将がお客の一挙手一投足にさりげなく目を配っているからだろうと考察しました。ところがこちらでは、店長以下青年もお姉さんもせわしなく客席を行き来しており、声をかける間合いをこちらが計らなければなりません。上記の通り客席には十分な配置がなされており、手さえ挙げればいつでも対応してはもらえるものの、付かず離れずの間合いであるとか、阿吽の呼吸といったものまでこの店に期待するのは筋違いということのようです。
加えて肴がどれも二人か三人でいただくべき分量で、一人客では選べる品も必然的に限られます。このような事情もあってか、カウンターの先客はいずれも二人組で、自分以外に一人客の姿はありませんでした。かつてのように足繁く通い、店長と顔見知りにでもなるならともかく、そうでなければこの店には二人以上で来るのが最適なのでしょう。独酌にやや不向きというのは今更ながらの発見です。

以上の通り、難癖としかいいようのない細かな点はあるものの、健在ぶりを再確認したということについては重ねて強調しなければなりません。特に、煮込みとスパはこの店でしかいただけない門外不出の味であり、なおかつ時折無性に恋しくなる中毒性を持っています。次回はもう少し短い間合いで再訪したいと考えている次第です。

嘉多蔵
東京都新宿区市谷田町1-3 片倉ビル1F
03-3260-4504
1700PM-2230PM(LO)
日祝日定休

八海山ヴァイツェン
日南娘・川越
お通し(冷製茶碗蒸し)
牛すじ洋風煮込み
ミミガーの和え物
渡り蟹とかに味噌のクリームスパゲッティ

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