若桜街道を走りきり、山に突き当たったところが鳥取城址です。駅からの距離はざっと1km少々といったところでしょうか。松江と違って天守こそないものの、静かな雰囲気にはどことなく相通ずるものが感じられます。建物が総じて低いこともあり、石垣の上からの眺めも上々です。
目抜き通りを一通り走ってみて、鳥取の町並みにもう一つの特徴があることに気付きました。ほとんどの建物が箱型で、日本家屋につきものの瓦屋根がほとんどないのです。ただし箱型とはいっても角の一つが丸められていたり、壁面に意匠が施されていたり、窓周りの造りが凝っていたりして、それぞれの建物が個性を持っています。特徴ある字体の切り抜き文字で屋号を掲げるところなども秀逸です。
少し考えてみて、こうなった理由が何となく分かりました。戦後の大火で市街が灰燼に帰した後、かつての街道沿いが整備され、これらの建物ができていったのでしょう。鳥取という土地柄、中央から開発の波が押し寄せることもなく、当時の町並みが奇跡的に残ったのかもしれません。戦災を免れた松江の古い町並みとは全く違う、ありそうでなかなかない景観です。
当てもなく適当に走ったつもりが思いの外楽しく、三時の列車は見送りました。次に出るのは四時過ぎの快速ですが、今すぐ切り上げて駅に戻るのも惜しく、同じく見送ることになるかと思います。そうなると六時前の特急で出て、七時過ぎに松江着というのが現実的な落としどころになります。ほぼ全区間暗い中での乗車になるのが難点ではありますが、普段は素通りばかりの鳥取に、今日一日だけ注力するのも悪くはないでしょう。
目抜き通りを一通り走ってみて、鳥取の町並みにもう一つの特徴があることに気付きました。ほとんどの建物が箱型で、日本家屋につきものの瓦屋根がほとんどないのです。ただし箱型とはいっても角の一つが丸められていたり、壁面に意匠が施されていたり、窓周りの造りが凝っていたりして、それぞれの建物が個性を持っています。特徴ある字体の切り抜き文字で屋号を掲げるところなども秀逸です。
少し考えてみて、こうなった理由が何となく分かりました。戦後の大火で市街が灰燼に帰した後、かつての街道沿いが整備され、これらの建物ができていったのでしょう。鳥取という土地柄、中央から開発の波が押し寄せることもなく、当時の町並みが奇跡的に残ったのかもしれません。戦災を免れた松江の古い町並みとは全く違う、ありそうでなかなかない景観です。
当てもなく適当に走ったつもりが思いの外楽しく、三時の列車は見送りました。次に出るのは四時過ぎの快速ですが、今すぐ切り上げて駅に戻るのも惜しく、同じく見送ることになるかと思います。そうなると六時前の特急で出て、七時過ぎに松江着というのが現実的な落としどころになります。ほぼ全区間暗い中での乗車になるのが難点ではありますが、普段は素通りばかりの鳥取に、今日一日だけ注力するのも悪くはないでしょう。
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