国道7号線を上って弘前に着きました。北陸からの通算で四千kmの大台をついに超えましたが、本日は50kmだけ走ったところ投宿です。
北海道に渡った時点で、青森から自走で帰ることについては決めていました。花見の経路を逆に辿っていくことについてもです。問題は弘前に泊まっていくかどうかでした。新青森からそのまま走ると昼頃には現地に着き、さらに走ればその日のうちに盛岡まで駒を進めることもできます。そうすれば日程が一日短縮されるため、今週末は休みなしで乗り切ることができました。浮いた休みを冬場に再訪するときのために温存する前提で、今回は素通りするのも一案だったのです。それでも元の鞘に収まったのは、東北、いや全国主要都市の中でもとりわけ足繁く通った弘前を、むざむざ素通りし難かったからに他なりません。
北海道編でいうと、旭川の二泊目に近い状況が再現されたともいえます。その日のうちに札幌まで走ることも一応可能な状況で、素通りできずに再び投宿したところ、その晩も翌日も、再訪してよかったとしみじみ思える場面がいくつかありました。最果てを旅して戻り、最終盤に臨むにあたっての区切りという観点からも、旭川に泊まったのは正解だったと今振り返れば思います。
今回に関していえば、早くもそう思っています。浪岡の市街を出た直後、正面に見えてきたのは岩木山でした。その岩木山を遠望しつつ走ったとき、津軽に戻ってきたという実感がそこはかとなく押し寄せました。その実感を噛みしめる間もないままに、盛岡まで走り通すのも興醒めです。やはり一泊してよかったと言い切りましょう。
北海道に渡った時点で、青森から自走で帰ることについては決めていました。花見の経路を逆に辿っていくことについてもです。問題は弘前に泊まっていくかどうかでした。新青森からそのまま走ると昼頃には現地に着き、さらに走ればその日のうちに盛岡まで駒を進めることもできます。そうすれば日程が一日短縮されるため、今週末は休みなしで乗り切ることができました。浮いた休みを冬場に再訪するときのために温存する前提で、今回は素通りするのも一案だったのです。それでも元の鞘に収まったのは、東北、いや全国主要都市の中でもとりわけ足繁く通った弘前を、むざむざ素通りし難かったからに他なりません。
北海道編でいうと、旭川の二泊目に近い状況が再現されたともいえます。その日のうちに札幌まで走ることも一応可能な状況で、素通りできずに再び投宿したところ、その晩も翌日も、再訪してよかったとしみじみ思える場面がいくつかありました。最果てを旅して戻り、最終盤に臨むにあたっての区切りという観点からも、旭川に泊まったのは正解だったと今振り返れば思います。
今回に関していえば、早くもそう思っています。浪岡の市街を出た直後、正面に見えてきたのは岩木山でした。その岩木山を遠望しつつ走ったとき、津軽に戻ってきたという実感がそこはかとなく押し寄せました。その実感を噛みしめる間もないままに、盛岡まで走り通すのも興醒めです。やはり一泊してよかったと言い切りましょう。
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