ひこにゃん×ひこにゃん ブログ 彦根にひとつだけの花

ひこにゃん それは古城に住まう心清きみんなのねこ

いちファンの綴るレポート&おとぎばなしのブログです☆

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インターミッション XXXVII (b)

2011-02-17 22:09:26 | 彦根ノムコウ

           ~(a)よりつづき






「・・・城にもどらなければ・・・」


「あい」


「でも私は亀之丞殿以外に嫁ぐつもりはありませんから!」


「ふふふ・・・・強情なところは変わってましぇんね(苦笑)」


「ええ、妾のそれは父上譲りですから!(笑)」



昔の姫が戻ってきました。







お家元は真っ直ぐ城に戻らずに、まず龍泰寺に寄るように姫に勧め
姫もその提案を受けました。


夜になっても姫の安否を気遣いながらお家元からの報せを待っていた南渓は


「この莫迦者めが!心配掛けおって・・・」


「申し訳ありませぬ、南渓様」


姫の様子が昨日までとは変わっていたのに南渓は直ぐに気付きました!
まるで憑き物が落ちたように映っていたからです。

南渓は寺の若い僧に姫の無事を知らせるよう城に向かわせました。
おそらくじき直盛が駆け付けるはずです。



庵で南渓と向き合った姫は開口一番に言いました。


「私を尼にさせて頂きとう存じます、南渓様!」


「なに!?尼にじゃと?」


「私は亀之丞殿以外に嫁ぐ気はありませぬ。
 それが叶わぬのなら、この世に未練はありませぬ故

 どうか尼に、南渓様!」


「・・・・・よくよく考えての事か?」


「勿論にございます!」


梃子でも動かない強さが今の姫には蘇っており
それは嬉しい事でもあり、辟易してしまう事でもありました。

直盛が駆け付けたのは正にその時です。
着くなり姫は父にも同じ嘆願をしました。


「尼になるじゃと!? 
 ならん、ならぬぞ、斯様な真似を儂が許すと思うてか!

 それでは亀之丞が晴れて戻れた暁にはどうする気じゃ!」


直盛はそう言いつつも我ながら空虚な事を言うものよと自らに呆れていました。
今のところ亀之丞が戻って来れる見込みは一切ないのですから・・・


「この上そなたが尼になってしまったら、井伊家はどうなる!?
 そうなっても構わぬと申すのか!」


これは本気の言葉でした。


「・・・私が尼になれば意に沿わぬ婿を迎えずに済み
 今川家にも充分な名分が立つではありませんか」


「されど尼になってなんとする!?
 尼になっては還俗する事が出来ぬのを知らぬそなたではあるまい!」


本来出家し仏門に入るという事は、現世のしがらみを全て断つという事です。
武家の子息がよく出家しましたが、御家の一大事には還俗するのはよく聞く話でした。

けれど尼では二度と還俗出来ないルールです。
直盛の反対は最もでした。


「それでも私は尼になりまする」


「ならん、ならんぞ!」


二人はどこまでいっても平行線でした。
二人の口論を聴いていた南渓には、どちらの言い分も解りました。
けれど解決策が見えません。

ほとほと困ってお家元に助けを求める視線を送りました。
お家元はニッコリ笑って


「その答えはもう南渓しゃんの中にあるはずでしゅ!」




その言葉を聞いた瞬間、お家元と出会った4年前に連れられて行った
元亀4年の世界の記憶が蘇りました!




“私は祐圓尼、次郎法師にございます”





「(・・・・・そうか、そういう事だったのか!)」


謎が解けました。


「直盛殿、姫、お二人の言い分たるや是非も無し。
 相容れる気も双方無きに等しい、ここはひとつ拙僧の案を聞いてはもらえぬか?」


南渓の落ち着いた口調に激昂していた直盛も威儀を正しました。


「・・・承りましょう」


「・・・はい」


「最早この姫の出家しようという意思は覆し難いもの・・・
 ここは折れては如何か、直盛殿」


「叔父上、・・・いや南渓殿!
 貴方様まで斯様な事を言われるか!?」


「姫、そなたは今日より“次郎法師”と号すべし!」


「じろう・・ほうし・・・でございますか?」


自分の出家に大叔父が賛成してくれたのは嬉しかったのですが
頂戴したのは尼の名ではなく、あたかも坊主のような名前に姫は鼻白みました。


「“次郎”は井伊家の嫡男が代々名乗る“諱(いみな)”じゃ!
 嫡男ならば尼ではなく“法師”と名乗るが筋。

 法師であればいつの日にか還俗も出来よう・・・」


「あっ!」


「そういう意味で・・・」


南渓は正直出家した後に自己都合で還俗するという最近の風潮は
如何なものかと思っていますが、この場合は致し方無しと断じました。

南渓自身は生涯還俗せずに僧籍のまま天寿を全うしました。
武門の子として生まれたものの、仏に仕える覚悟と尊さを体現した人物です。


「・・・南渓様、私は左様な浮ついた気持ちで出家すると言った訳では・・」


「姫、いや次郎法師よ。
 仏門に入って修行するのが目的ならば名など関係あるまい。
 要はそなたの心掛けひとつのはずじゃ」


「・・・はい」


「依存はどうか、直盛殿」


「・・・南渓殿の深謀遠慮、恩に着まする」


今の所、両者にとってこれが最善の落とし処なのは疑う余地がありませんでした。


「“次郎法師”しゃんの誕生でしゅね!」





お家元の言葉で皆はようやく納得出来た気がしました。


 

 






       つ づ く










次回予告 )

家老・小野和泉守の死を機に亀之丞が10年ぶりに井の国に戻って来ました。

当主となるべき者の帰還は井の国の民が待ちに待った出来事です。

その帰りをずっと待っていた次郎法師に訪れる心境は・・・





第四章 “希望・運命の子”












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お花の百科事典






※注1)今川義元


ほとんどの方がその名からイメージされるのは
名門に胡坐をかいた公家かぶれの暗愚な武将で、“桶狭間の戦い”で織田信長に
無様に討ち取られた者といった所でしょう。

ですが当時の実像は大いに違いました。
彼は確かに名門に生まれた御曹司でしたが、生まれた順番は五番目だったので
誕生と同時に仏門に入る事が決まりました。

彼が4歳になった時、父・今川氏親は九英承菊という家臣出身の僧に
養育と修行を依頼しました。

この僧と出会った事で彼は大きく鋭い牙を持つに至ります。
この類い稀で優秀な家庭教師は後に“太原崇孚雪斎”と名乗り“黒衣の宰相”と異名を取る
戦国期でも超一流の軍師参謀の一人です。


17歳の時に京・妙心寺で修行に明け暮れていた時、家督を継いだ兄・氏輝からの命令で
駿府に帰国します。

けれど帰国して三ヶ月あまりで長兄・氏輝が死亡、次兄・彦五郎も同日のうちに怪死するという
謎の多い事件が発生しました。

その後一時的に故・氏親の正室だった寿桂尼(実母)が政を代行するなどしましたが
当然のように家督争いが勃発したのです。

敵対したのは兄で四男の側室の子・玄広恵探と、五男で正室・寿桂尼の子の梅岳承芳(義元)です。
どちらも仏門に入っていた二人でした。

この“花倉の乱”と云われる争いで梅岳承芳は玄広恵探を力ずくで追い落とし
家中に武威を示して家督を継承しました。
そして還俗し“今川五郎義元”と改めたのです、これが9年前の出来事でした。

この家督争いがあった時、義元は17~18歳でした。
彼もまた尋常ではない少年期を経験した一人です、そして彼が頭角を現してくるのは
寧ろこれからなのです。









※注2)今川義元の天才性


この当時東海地方の近隣の状況はというと、東は伊豆を境に小田原に本拠を持つ
“後北条家(以下・北条家)”。
北には富士山を境に甲斐府中(甲府)に本拠を持つ“武田家”がいました。

北条・武田両家共、奇しくも今川義元の後を追うように当主が代替わりしていき
変わった若い当主達はこの先輩大名を警戒しながらも先代達の交戦的な方針を一変させ
今川家とは一線を置くようになります。

狙いすませたように同じ時代に生まれた今川義元、北条氏康、武田晴信(信玄)の三人は
戦国期を代表する名将中の名将達です。

その中でも北条氏康、武田晴信の二人は、今川義元の事を尊敬すらしていた節が多く見られます。
勿論表面的には戦い、時には和睦するなど抗争を繰り返していきますが
二人の義元への羨望は残った資料からも解かるほどです。
今川義元は後に“名将”と呼ばれた若い二人の尊敬を集めるほどの手腕を持った大名でした。

義元は以後特筆すべき先進的な法度や輝かしい戦歴を積み重ねていき

・西への軍事行動(三河平定、尾張侵攻)
・内政の充実(法整備、守護大名から戦国大名への宣言と脱皮)
・武田・北条への外交・牽制

という三本柱を軸に邁進します。









※注3)今川家の展望と井の国の位置


今川義元が家督を相続して間もなく西から願ってもない窮鳥が飛び込んで来ました。
三河(愛知県東部)の豪族・松平広忠(10歳)です。

“守山崩れ”で家臣に父・清康を殺され、生国と居城・岡崎城を追われた広忠は
今川義元に庇護を求めました。


この当時今川家は駿河(静岡県東部)と遠江(静岡県西部)の二ヶ国の差配を
“守護”として足利幕府に任じられていました。

義元は東(対北条家)と北(対武田家)への侵攻が容易ではないのに気付いています。
領土の拡大を目指す義元が狙ったのは残された“西”へ向かう事でした!

“三河(愛知県東部)”を手に入れ、“尾張(愛知県中心部)”へ侵攻する!

長らく全国的な飢饉が続いている中、肥沃で広大な平野と豊富な河川に恵まれた尾張地方は
とても魅力的な土地です。

京への往還の途中に見た地平線の風景は領国の中では見られない
義元には忘れられない土地でした。


家督を相続したばかりの義元は家中の動揺を鎮めるのに忙殺されていましたが
そんな中でも将来の展望を持っていたので、松平広忠の来訪を邪険にせず
手を打って喜び歓迎しました。
この少年を利用すれば三河を傘下に治めるのに近道だったからです。

その三河と境を接する位置に井の国はありました。
最前線に折り合いの悪い在地勢力が根を張っていた事は
今川家には都合が良くありません。

この一族を徐々に弱体化させるか、難癖をつけ反抗させて滅ぼすか、
一族の子供を立てて傀儡とするか・・・
井の国の民を刺激しないように版図を塗り替える!

井伊家には御家の重大な危機でしたが、今川家には同時進行していた
西進計画のほんの一部だったはずです。










※注4)井伊家と今川家の古くからの因縁


日本史の中に“南北朝”と呼ばれる時代があります。
永きに渡った鎌倉幕府の終焉と、新たな室町幕府の到来に重なった時代の事です。

鎌倉時代のある時期から天皇家は皇位継承を巡って大覚寺統と持明院統という
ふたつに分裂してしまい、その後それぞれの系統が交互に皇位に就くという
“両統迭立”というシステムが出来上がりました。
それが三百年前の出来事です。

システム成立から百年後、“天皇親政”という古き良き時代の復活を夢見て
皇位に就いた大変なバイタリティを持った帝が現れました。


“後醍醐天皇”です!


“天皇親政”というのを極簡単に言えば、帝が御自ら全ての政治を総覧するという事です。
因みに現代での天皇陛下は“君臨すれども統治せず”という象徴的な存在です。

日本はある時期から奇妙な二重構造の政権に移行しました。
“鎌倉幕府”の発生からです。
その時から帝と朝廷は実質的な政権を取り上げられてしまいます。

けれどそれは抱えた時代背景が旧来の支配体制では統治出来なくなっていたので
源頼朝が生み出したシステムでした。

けれど鎌倉時代末期には破綻する御家人が続出し多くの不満が燻っていました。
その空気を掴んだ後醍醐天皇は倒幕を計画し、頓挫と挫折を経験しますが
遂には政権を取り返します、“建武の親政”の始まりです。

その覇業の軍事を実際に行った3人の巨頭が足利高氏、楠木正成と“新田義貞”でした。
この頃、新田義貞に付き従う井伊谷の豪族・井伊道政という者がいました。

ですが帝が始めた建武の親政は掲げていたマニュフェストとは違い
非常に偏った実態のものになりました。

各方面から不平と非難が噴き出し、足利尊氏は帝に背き再起した後に
“もう一人の帝”を擁立しました。

この時から日本では同時代に二人の帝が存在するという未曽有の時代を迎えます。
後醍醐天皇方を南朝といい、足利尊氏方を北朝・室町幕府と言いました。

その後南朝方は有力な支持者である新田・楠木を失い、劣勢へと追いやられますが
それでもこの帝は諦めませんでした!

今度は数多くいた親王・皇子達を地方へ派遣して尊氏の勢力に対抗しようとします。


その中の一人、“宗良親王”を井伊谷に奉じた井伊道政は、尊氏に命じられた
高師泰・仁木義長の軍勢に攻められ井伊谷城は落城しました。

その後足利支族である今川範国(駿河今川家初代、義元は九代目)が駿河守護となり
後に遠江の守護も兼任するに従い、井伊家は今川家の元に服するようになったのです。







※注5)在地勢力(井伊家)と領主(今川家)のパワーバランス


この当時は“守護不入”と呼ばれる守護の介入を防衛するシステムがあったとも謂います。
このシステムを作ったのは他ならぬ守護の上に立つ幕府でした。
守護大名に既得権を持たせ過ぎないようにするためです。
幕府にとっても地方に“王”が生まれるのは好ましくなかったからです。

これは例え守護であっても、在地勢力の支配する地域の権利を
侵してはいけないどころか、勝手に土地に入れないという“治外法権”を認めたシステムです。

この当時、国内にはこういった権利を行使する村落が無数に存在しました。

けれど今川義元は後に領国内での“守護不入”を認めない法令(今川仮名目録追加二十一条)を
発布して戦国大名へと生まれ変わります。


その他にも農民が相手だろうと大名は好き勝手な強硬手段に出る事が出来ない場合もありました。
簡単に言えば“ギブ&テイクの遵守”です。

年貢を徴収する見返りに大名に求められたのが、治安維持と公正な訴訟裁判、
治水などの公共整備です。
この見返りが果たされないと農民は年貢を納めず、それが出来る大名を自ら求めた記録が
近江の村落の記録に残っています。

それが出来ない大名には土一揆などの武力蜂起が起こり
大名といえど生命の危険が付き纏いました。

後の江戸時代のように農民はとかく搾取される者、“生かさず殺さず”という
イメージが強いのですが、戦国期の農民は決して弱くはありませんでした。

気に入らなければ途端に掌を返す凶暴さも持っていました。

後の織豊時代から頻繁に始まった大名の鉢植え(転勤)は、この当時は珍しく
戦や下剋上で没落しなければ、滅多に領主が変わる事はありません。

新しい領土を手に入れようと戦に勝っても、本当の戦いはそれから始まります。
“領民に受け入れられる事”、これが果たされなければ領土は手に入らないのです。
領民が納得する政治を行えない無能な領主は情け容赦なく淘汰されていった時代でした。






※注6)昼間に星を視認


これは例え人間であろうとも決して持ちえない能力ではありません。
有名なところでは太平洋戦争時の日本軍のエースパイロット・坂井三郎少尉(戦時中の階級)が
その著書の中で昼間の星の見方を詳しく述べています。
坂井さんは自らの視力向上のために昼間に星を見る訓練を熱心に繰り返していたといいます。
その言葉は誇張ではなく、戦闘機乗りとして戦い続ける為に絶対必要な能力だったそうです。

コメント (7)

インターミッション XXXVII (a)

2011-02-17 22:00:03 | 彦根ノムコウ
今回から読む方の負担を減らす工夫をしてみました。
もっと早くこうすれば良かった・・・(苦笑)

(b)の文末の“お花の百科事典”は興味がある方だけ読んで貰えればオッケーです



“【妄想】ひこにゃん”に捧げます。









井の国に咲く橘の花 ~千年絵巻謳~

第三章 “誕生・次郎法師”


















天文13年(西暦1544年)12月24日
遠江国引佐郡 井伊谷









お家元が4回目の井伊谷訪問から去った後の天文13年の暮れの出来事です。

井伊家の現当主・直盛(姫の父)を補佐していた叔父の直満(亀之丞の父)とその弟・直義が
自害したとも殺されたとも報せが入り、井伊谷全体が驚愕しました。

二人は数日前、服している今川家から“叛意有り!”と疑いをかけられた為
出頭を命じられて駿河の府中(駿府)へ自らの釈明に向かったばかりでした。

実際にそのような事実があったのかはわかりませんが
この処断の速さはまるで向かう前から罪が決まっていたようなものです。
あまりにも容赦のない仕打ちでした。


命じたのは“今川義元”(※注1)
日本人なら誰もが知っている“東海一の弓取り”と異名を取る大大名です。

今川義元は天才と云っても過言ではない人物です(※注2)
軍事・内政・外交・謀略、全てに於いて途轍もない実力を兼ね揃えた才人でした。

そんな義元が井伊家に対して理不尽な要求や対応をしたのは何故か?
それには当時の今川家が持っていた展望と、井の国の位置が周辺地域で
持っていた重要性と無関係ではありません。
井伊家の不幸の裏にどんな時代背景と状況があったのか?
これは大事な考察です(※注3)

そんな今川家と井伊家には良好な関係に成りがたい古くからの因縁もありました(※注4)


井伊家は“南北朝時代”から今川家と敵対し、敗れてから已むを得ず膝を屈した形です。
私達には700年前の遠い過去の出来事ですが、天文13年に生きていた者達には
たかだか100年前の事、しかもそれ以来今川家からは度々圧力が掛かりました。

互いに決して拭えぬ不信を抱えて警戒を怠らない関係が続いていたのです!

大国・今川家の下、“服せども従わず”の姿勢で井伊家は臨み
小国なりの権利を主張して何とか生き永らえてきたのです(※注5)




井伊家では2年前に今川家の召集に服して参戦した“田原城攻め”(愛知県渥美半島)で
当主・直宗を失いました。
姫の祖父であり、今回殺された直満・直義と南渓の兄で、、当主直盛の父です。

それでも直宗の時は戦死でしたが今回は平時の出来事です。

しかもその経緯が尋常ではありませんでした!
井伊家の筆頭家老・小野和泉守が今川家に訴えて出頭を命じられたからです。

一般的には直満の子の亀之丞が井伊家の家督を継いだ場合
その父親の直満が今以上に家中でイニシアチブを持つのが予想され
それを恐れた小野和泉守が讒言したと謂われています。

家老が仕える主を飛び越えて、その上の守護に訴えたのです。

さらに死んだ直満の嫡子・亀之丞をも引き渡すべし、と重ねて通達がきました。
将来の禍根を残さぬように武家では頻繁に繰り返されてきた報復防止策です。


おそらく井伊家の首脳陣は勿論、家中全てが小野を血祭りに上げるべしと怒りに震えた事でしょう。
けれど今回の件で今川家の肝煎りとなった小野を殺す事は今川家への反逆です。
それは井伊家滅亡のシナリオに自ら飛び込む事と同義でした。

皆は振りかぶった拳を歯を喰いしばって懸命に堪えつつ、
亀之丞だけは絶対渡すものかと厳しい監視の中、秘かに逃がそうと企てました。


一先ずの行先は井伊谷の北にある黒田郷。
現在の井伊谷を北へ縦断する国道257線と建設中の第二東名高速が交わる辺りです。
けれどそんな近場では急場しのぎにしかなりません。

ここで南渓が寺社での人脈をフルに活用し、決して追手が掛からぬ
他国へ連れ出す事となりました。

行先は南渓の師、龍泰寺住職・黙宗瑞淵和尚と関係の深い信濃下伊那の松源寺。
現在の中央高速の座光寺パーキングエリア付近です。

今村藤七郎と云う心利いた家人を選び、即座に向かわせる運びとなりました。
人目を避けて山間部を延々と進む真冬の逃避行になります。

大人達が血眼になって時間に追われ動き回っていた訳ですから、姫と亀之丞の二人は
満足な別れはおろか言葉もろくに交わせず離れ離れになりました。

大人達に連れられて行く時、手の届く位置に近づく事が出来た二人は
懸命に手を伸ばして、ほんの一瞬指が触れ合いました。

直ぐに逃げていくお互いの指を必死になって掴もうとした二人でしたが
その距離は離れるばかりでした。


「あぁ・・・・」


姫はうずくまり両手で顔を覆いました。




















お家元達が次に井伊谷に姿を現したのは春になろうかという季節でした。
井の国の草木達は世界に何があったかなどお構いなしに
一斉に芽吹く季節を迎えようとしていました。

お家元達にとってははついさっき亀之丞を抱き締めて、南渓に大事を託したばかりでしたが
この姿を消した三ヶ月の間に井伊家を襲った不幸な出来事は当然知っています。

お家元達はまず龍泰寺に向かいました。


南渓は昨年末に起こった突然の弟達の不慮の死と亀之丞の落ち行く先への根回しに加え
師・黙宗和尚と葬儀を執り仕切り、四十九日も済ませてようやく気持ちの整理がついた頃でした。
お家元はそんな南渓の元へやって来ました。


「・・・・・ぬこ殿・・・」


南渓は最近になってようやく周りに気を配れるようになり、気付いた大事をお家元に告げました。


「姫が心配だ・・・」








姫は大叔父達の死と亀之丞の失踪以来、部屋に閉じ籠もる事が多くなり
龍泰寺にも来る事が無くなっていました。

別に引き籠っていた訳ではないのですが、以前のような天真爛漫な明るさは
もう見る影もありません・・・
そんな姫の様子を目にした城中の者達は一様に心を痛めて嘆きました。

お家元は南渓と一緒に姫に会うため井伊谷城に上がりました。

お家元とも顔馴染みの侍女が会いに来た事を告げに行ってくれましたが
姫は今はお会いしたくないと拒みました。

取り次いだ侍女がその理由を説明してくれました。


「姫様は亀之丞様と一緒にぬこ殿とお遊びになった事が格別の思い出なのです。
 お二人が去年初めてぬこ殿と会われた夜には、それはそれは楽しそうに笑い
 一向に眠る様子もなく夜が更けるまで悦ばれていたほどで・・・

 そして次に来られる日を指折り数えてお待ちになっていて
 今度ぬこ殿と会ったらあれをしよう、これもしようといった具合でした。

 ぬこ殿との思い出は亀之丞様と過ごした最後の思い出でもあるのです・・・

 お会いすれば必ず亀之丞様の事を思い出してしまいます。
 亀之丞様がお隠れになり、明日をも知れぬ苦境の折り
 自分だけがのうのうとぬこ殿と遊んだり愉しんだりいていい訳がないと思い込まれているのです
 姫様は・・・・・」


侍女は姫の心中を慮って泣きながら代弁してくれました。


「しょうでしゅか・・・

 わかったでしゅ、また伺うと伝えて下しゃい。
 ひこにゃんは何度でも来ましゅと!」








お家元とタイガーしゃんはその後も頻繁に井伊谷城にやって来ましたが
姫は会ってはくれませんでした。

その代わりという訳ではありませんでしたが、お家元とタイガーしゃんの二人は
南渓がいなくてもお城に顔パスで入れるようになりました。

特に姫の父で当主である直盛は、姫を案じて度々来てくれるお家元とタイガーしゃんに感謝し
時間が空いている時は極力相手をしてくれました。


「いつもいつも姫の事を気に掛けてくれて忝い、ぬこ殿・・・」


「いえいえ、気長に通いましゅから気にしないで下しゃい、直盛しゃん」


「大河殿も・・・この通りじゃ」


直盛はタイガーしゃんにも頭を下げました。


「私のような者にまで・・・恐れ入ります!(焦っ)」


直盛は剛毅な反面、礼儀を弁えた武将でした。

その後もお家元達は“タイム・スリッパ”を繰り返し何度も何度もやって来ましたが
一度も会えないまま井伊谷では数年の年月が流れていきました。
 




お家元がいつものように城に上がると、直盛と南渓が苦渋の表情で向き合っていて
二人の間には開かれた書状が一通ありました。
この書状は家老・小野和泉守がもたらした今川家からのものです。

内容は妙齢を迎えている姫に婿を入れるか、嫁に出すようにとの意で
もし心当たりがないのなら、当一門(今川一門)から心利いた者を選び遣わす。
それも固辞すると言うのなら井伊家家老の小野和泉の嫡男を迎えるべし!
といったものでした。、

井伊家の泣き所を見事に突いてくる切り崩し策でした。
亀之丞はその後伊那の地で匿われながら、隠棲していると聞いていましたが
まだ呼び戻す訳にはいきません。

今の井伊家にこの要求を突っぱねる正当な理由がありませんでした。
このままでは唯一残った姫も取られ、井伊家の未来も閉ざされてしまいかねません。

そしてこの悪い知らせはその日のうちに姫の耳にも入ってしまい
翌朝、姫の姿は城内から消えていました。







姫の不在に最初に気付いたのは御付きの侍女でした。
塞ぎがちな姫を気遣って返事が無くとも部屋に入るのを躊躇っていた為
しばらく居ない事に気付けませんでした。

陽が昇ってしばらくした頃、血相を変えた侍女頭が直盛の所へ駈け込んで来ました。
直盛は昨日の件だと直ぐに察し、自らの不手際に臍を噛みました。

調べてみると小柄な駒(馬)が一頭連れ出されている事が解り、足跡を残さぬように
蹄に布を巻いた形跡が馬屋に残っていて、追跡を許さぬ意志が窺えました。

不在に気付いた時刻がもう少し早ければ、何とか足跡を辿る事が出来たかもしれませんが
この時間の城内は無数の足跡だらけで最早不可能でした。

城が大騒ぎになっていた頃、龍泰寺で南渓と合流してからお家元は城に上がり
姫がいなくなった事を初めて知りました。


直盛は手掛かりもないまま家人達を四方に走らせましたが当てなどありません。
それは南渓やお家元も一緒でした。


ですがこの時、城内にただ一人だけ姫の追跡が不可能ではないと思っていた者がいました。
タイガーしゃんです!


「お家元、南渓様」


「どうしたんでしゅか、タイガーしゃん?」


「・・・辿れるかもしれません」




「真か!?大河殿!」


「はい、私には布越しの蹄の跡も、その横を歩いたであろう姫様の小柄な足跡も
 はっきりと見えていますから」


「ひこにゃんには何も見えましぇんが・・・」


城内は一面乾いた土で、多数の人間と無数の馬蹄の跡で踏み荒らされていました。
それ自体見えづらいものなのに、その中から一種類の足跡を見極めるのは
お家元と南渓には不可能としか思えませんでした。


「私には全ての足跡が色分けされたようにはっきりと見えています!
 これはお家元の“タイム・スリッパ”のような超能力ではなくて
 ただ眼が良いだけなんですけど(苦笑)」


大変な能力でした!
タイガーしゃんの眼は猛禽類が持つような解像度に特化した視力だけではなく
闇夜で僅かな光を増幅して見る事も出来る暗視能力と、昼間に星が視認出来るといった
実に多様な視界を持っていました(※注6)


「タイガーしゃんの目の良さは知ってましゅけど、そんな特技があったにゃんて
 ひこにゃんも知らなかったでしゅ!」


「普段はちっとも必要のない能力ですけどね(苦笑)」


「頼む、大河殿!」


「お家元、行きましょう!」


「南渓しゃん、必ず姫しゃまを見つけて来ましゅ!」


お家元とタイガーしゃんは城を駆け下りていきました。







タイガーしゃんの眼は実に高い能力を秘めていました!
姫が追跡を振り切る為に、時には道なき道を移動したのも余す事無く見破りました。

流石に川を横切った時の川底に足跡を見る事は出来ませんでしたが
土の道以外の草むらですら踏まれた形跡を見過ごす事はありませんでした。

そして最初こそ足跡を慎重に追っていたタイガーしゃんでしたが、
次第に這いつくばったり、目を凝らして追跡する事もしなくなり
いつしかほとんど走った状態で追跡していました。


「タイガーしゃーん、こんなに飛ばして大丈夫でしゅかー?」


「はい、最初は手間取りましたがもう慣れましたー。

 残っている足跡の力の入れ具合や歩幅の様子で、どこで歩いてどこでスピードを出したか
 はっきり見えるようになりましたからー!

 今の私の眼には数時間前に走っていた馬に乗った姫様の残像が見えています」


「ましゃか・・・そりは冗談でしゅよね?」


「ふふふ・・・本当なんです!」


これは目が良いどころの話ではありません。
タイガーしゃんは人間でいうところの“ZONE”に入っていました。


やがて残像を追って行くうちに井伊谷を抜け気賀を過ぎ浜名湖まで達した畔で
小柄な馬が樹に繋がれて草を食んでいるのを見つけました。
それはタイガーしゃんが見ていた残像と全く同じ体格の小駒です。


その近くの葦の茂みの中に人の気配をタイガーしゃんは感じました。


「(お家元・・・)」


「(わかってましゅ)」


ここから先はお家元にしか出来ない領域です。

葦を掻き分けた先の水際に、抱えた膝に頭を伏せた姫がいました




何人かの接近に気付いた姫は静かに顔を上げゆっくりと振り返りました。


お家元は一切表情を変えはしませんが、内心は心穏やかではいられない
衝撃を感じていました。

姫と会うのは井伊谷の時間で約4年ぶりです。
小学生のようだった姫は背や手足も伸び、幼さが消えかかった容姿になっていました。

麗しく成長したと言ってもいいでしょう。

ですがその瞳が尋常ではありませんでした!
出会った当時は黒目の中に無数の輝きを宿していたのに
今の瞳は一切の輝きを失っていて、まるで眼球が抉られ深い穴が覗いているかのようです。

この世のものが見えていない虚無を抱えた目でした。

姫はお家元が現れた事にも意に介さずに再び顔を伏せました。



お家元はそのすぐ横に座りましたが話し掛けはしませんでした。
もうこの少女を絶対見失いたくなかったからです。





無言のまま長い長い時間が過ぎ、最初に均衡を破ったのは姫の方でした。
姫は顔も上げずに


「・・・・・よく分かったものですね・・・」


「・・・タイガーしゃんが見つけてくれたんでしゅよ・・・」


「そうですか・・・・・」



また長い沈黙の時間が続きました。
この時の姫は永らく自分一人で考えあぐねていった末に
とても普通とは言えない精神状態でした。

好きな者との未来を奪われた運命を呪い、自分の不幸を問い続け
心は歪みねじ曲がってしまい、どんな者の言葉にも耳を貸さないような
域に達していました。


「(きっとこのぬこ殿は父上の意を受けて私を説得に来たのだろう・・・

  最後にはどんなに理不尽であろうと井伊家の為に我慢してくれだとか
  それが姫の役目なんだとか、領民のためだからと言うのだろう・・・

  冗談ではない!
  そこに私の意志や希望は一切無いではないか!

 大叔父達を討ち亀之丞の生命を狙うような者達のいいなりに誰がなるものか!

  ぬこ殿がどんな言葉を弄して連れ戻そうとしても、私は聞かぬ!
  全ての言葉に反発してやる!!)」


こんな状態の姫の元に来てしまったお家元は不運というしかありませんでした。










激しい怒りに身を焼いた姫にお家元はぼそっと言いました。


「・・・・・・・・姫しゃまの事を誰も知らないどこか遠くに行きましゅか・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・ひこにゃんと一緒に・・・・・・・・」


お家元は姫の様子を見るにつけ、井伊家の未来がどうゆう結末に向かおうが
どうでもよくなっていました。

目の前の少女が少しでも楽になるのならそれでいいじゃないか!
お家元は自らの存在が消える事になろうとも、この少女が望むように
寄り添っていこうと決心したのです。


姫がハッとして顔を上げました!


「・・・何を言っているのですか!?

 よくそんな途方もない嘘を平気で・・・・・!」


「嘘じゃありましぇん、ひこにゃんは本気でしゅ!
 姫しゃまが望むなら櫓櫂が及ぶ限りどんな場所へだって付き合いましゅ!

 今までのような贅沢な暮らしはさせて上げらりないと思いましゅけどね(苦笑)」


「ならせめて食べる物には困らないように、私が鳥や魚を調達し続けましょう!」


「タイガーしゃん!
 ふふふ、三人一緒ならどこでだって暮らしていけましゅよ・・・・・きっと!」



姫がガバッと立ち上がりました!



「嘘っ!嘘っ!!
 出来る訳がない!そんな事がある訳がない!

 そんな勝手が許されるものですか!

 私達がこの国を離れたら井伊家はどうなります!?
 家臣達や城で奉公している者達は!?

 父上や母上、井の国の領民達がどんな苦境に立たされるか判ったものではないのです!

 勝手な事を言わないで!無責任な言葉を吐かないで!!」


姫はお家元のスカーフに掴みかかり、その言葉の実現がいかに難しいか罵倒し
大声を張り上げ涙をボロボロとこぼしながらお家元を揺すってなじりました!

お家元の言葉に反発するという決心は奇しくも自分の予想と真逆の言葉を
姫に吐かせる事になりました。



「嘘つき!よくもそんな詭弁を!
 出来もしない事を言わないでっ!!!!










 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 でも・・・・・でも・・・・・・・・・・・・

 そんな事を言ってくれたのはそなた達だけだった・・・・・・・・」




「ぬこ殿と大河殿だけだった・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




「ふっ・・・・・ふぅぅっ・・・・・・・

 うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ

 うわああああああああああああああああああああああああああっっーーーーー!」






暮れてきた夕闇の中、今では自分よりも小さくなったお家元の胸にうずくまって
姫は泣きました




まるでこの四年で溜まった負の感情が全て流れていくようでした・・・

流れた後に新たな感情が心を満たしていくのを姫は感じました。
それは父や母との間にあるものとも、亀之丞に持っている感情とも違いましたし
初めて湧き上がる感情です。

領主の娘に生まれた姫が今までこの感情を知らなかったのは無理もありません。
その感情が芽生える目線の者が今まで周りにいなかったのだから当然です。



それは“友情”でした。





             (b)へつづく~


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