
ニッセイ基礎研究所のWebサイト「研究員の眼」(2015.6.4)に、同研究所主任研究員の土堤内昭雄(どてうち・あきお)氏が、「人口減少時代の『縮小政策』が切り拓く成熟社会」と題する興味深い論評を掲載しています。
現在、約1億2000万人を超えている日本の人口も、15年後の2030年には1億1522万人に、さらにその30年後の2060年には(かなりの高い確率で)8700万人程度にまで減少するという、ある意味驚くべき予測(国立社会保障・人口問題研究所)がなされています。
これからの半世紀において、日本の人口は世界のどの国も経験したことのない勢いで減少し、社会全体が縮んでいくと考えられます。
50年後、60年後の日本の社会は、いったいどのような状況を迎えているのか。人が痩せれば身体に合わせて洋服をリフォームするように、住宅やまちを(そして必要があれば社会の仕組みまでも)人口規模に合わせてリニューアルさせることが重要だというのが、日本におけるこれからのまちづくりに対する土堤内氏の基本的な認識です。
従来の「成長=拡大」一辺倒の考え方から、「成熟=縮小」を選択肢に入れた政策フレームの転換が求められている。氏によれば、京都市ではこうした考え方の下、景観保全や歩行者優先のまちづくりを進めるため、既に市が管理する横断歩道橋のうち、通学路などを除いて原則撤去していく方針を固めたということです。
折角使える歩道橋を撤去するというのも、貧乏性の世代には何だか勿体ないような気がしますが、近年、こうした歩道橋撤去の動きは、京都市ばかりでなく東京都や札幌市など全国各地の地方自治体に広がっていると土堤内氏は指摘しています。(東京・表参道のイルミネーション鑑賞スポットとして知られたJR原宿駅前の歩道橋も、昨年の1月に既に撤去されているということです。)
横断歩道橋の設置は、日本でモータリゼーションが進展した60年代以降、全国で急速に広まったものです。当時の交通環境においては、自動車交通の円滑化と歩行者の安全を確保するために歩車分離が急務となっており、住民のニーズも高く自治体にとっては最も優先すべき行政課題のひとつと見なされていました。
しかし近年では、少子化に伴って子どもの利用が減ったうえ、高齢者には階段の利用が厳しいことから地域住民は歩道橋を望まなくなった。さらに施設の老朽化が進み、維持管理の負担も大きくなっているため、撤去の動きが加速度的に進んでいると氏はこの論評で述べています。
さらに、近年撤去が進んでいるもうひとつの都市インフラの例として、土堤内氏は街中の公衆電話(ボックス)を挙げています。実際、携帯電話の普及に伴って公衆電話はこの10年間で概ね半減しているということです。確かにそのニーズは激減しているようですが、それでも街角でしばしば電話ボックスを見かけるのは、基本的に災害時の利用を想定した非常用通信網として計画的に配置されているためだと氏は指摘しています。
一方、戦前・戦後の一時期に大都市で活躍した路面電車は、モータリゼーションの発達に伴い自動車交通に取って替わられ、1960~70年代にかけて多くの都市で廃止されてきました。しかし近年ではLRT(Light rail transit)の導入などにより、身近で環境にも優しい公共交通機関として復活の動きが見られるということです。
例えば、市町村合併などを契機にコンパクトシティへの再編をめざす富山市などでは、中心市街地の活性化や地球環境負荷の低減に資する新たな公共交通機関として路面電車が再認識され、環状線の新設など路線の拡張が続いているとされています。
氏は、21世紀の「都市インフラ」づくりには、単なる新設や既存施設の更新だけでなく、このような時代の変化に合わせた(大胆なインフラの撤去などを含む)機能の見直しが不可欠だと、この論評で指摘しています。
氏の指摘を待つまでもなく、確かに街中の水路を覆っていた暗渠の蓋の撤去や、商店街におけるアーケードの屋根や不要な看板の撤去、電線の地中化などにより、街の雰囲気が見違えるように変わった例は枚挙にいとまがありません。
そうした発想をさらに拡大していけば、例えば都心部からは地上部の高速道路を撤去するとか、街中の道路を思い切って歩行者専用化するとか、活用されなくなった運河や水路などを人々が憩う水辺空間として整備し直すとかいった、既存のインフラを「ゼロから見直す」という発想の転換が求められることになるかもしれません。
土堤内氏はこの論評において、これから迎える人口減少時代の住宅・まちづくりには、縮小政策が不可欠だと指摘しています。
今後の日本が迎える「建築ストックの時代」には、単に建物の維持保全を行うだけでなく、社会環境の変化に対応して建築の竣工から解体に至るまでの適切なマネジメントが求められると土堤内氏は考えています。
そしてもしも必要とあらば、今あるインフラ自体を「取り除いてしまう」という、大胆な方向に勇気を持って舵を切るという英断が、政治や行政には求められているということでしょう。
現在の日本においては、社会経済環境の変化に的確に応える「都市インフラ」の整備が急務である。人口減少時代に合った「縮小政策」(Shrinking Policy)が、少子高齢化が進む日本の新たな成熟社会を切り拓くだろうと結ぶ土堤内氏のこの論評を読んで、私も、変革期の都市のインフラ整備についての考えを新たにしたところです。
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