MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯365 ジャパン・アズ・ナンバーワン

2015年06月24日 | 社会・経済


 社会学者でハーバード大学教授であったエズラ・ヴォーゲル氏が1979年に著した『ジャパン・アズ・ナンバーワン』は、戦後の日本経済の高度経済成長の要因を分析し日本的経営を高く評価した日本人論として、当時の日本において70万部を超えるベストセラーとなりました。

 国際社会の中でいわゆる「戦後」の経済発展に(今ひとつ)確信を持てなかった日本人が、日本特有の経済・社会制度を自己評価するきっかけとなったという意味で、この著作はその後の日本経済の黄金期(1980年代の安定成長期、ハイテク景気〜バブル景気)に向かう日本人の心理を紡いだ、ひとつのエポック・メーキングな存在と言えるかもしれません。

 その『ジャパン・アズ・ナンバーワン』から30数年の歳月を経て、現在、日本人や日本を取り巻く環境も大きく様変わりを見せています。5月22日の日本経済新聞の紙面では、間もなく85歳を迎えようとする著者のヴォーゲル氏が、そんな日本の社会と経済を俯瞰しつつ、新たな視点から興味深い論点を提供しています。

 自分の国は上手くいっているかと日本人に訪ねると、大抵の人がため息をつき、高齢化や労働力人口の減少、低い経済成長率などを挙げ連ねる。一方、中国人留学生に同じ質問をするとその多くからは肯定的な答えが返って来るとヴォーゲル氏はこの論評で述べています。

 ところが、将来どこに住みたいか聞くと、中国人の多くは子供とともに外国に住むつもりだと答えるが、ほとんどの日本人は日本に住みたいと答えるということです。

 日本のまちは安全できれいだし、犯罪率も低い。公害は抑制されており生活は快適で安定している。直面するいくつかの課題はあったとしても、35年以上前に『ジャパン・アズ・ナンバーワン』に書いた日本の良さの多くはいまだ何も変わっていないとヴォーゲル氏は指摘しています。

 教育水準は総じて高く、労働者はよく訓練されており、また自分で考えるという習慣を持って意欲的に働いている。「失われた」と言われる20年間も国内のインフラ開発は続けられており、その質は米国をはるかに凌いでいるということです。

 経営不振に陥った日本企業に対して「人員整理によるコスト削減が遅い」とする欧米のエコノミストの批判に対し、氏は、それは株主ばかりでなく従業員を大切にする日本企業が雇用の維持のために真剣に努力していることの証左であり、日本の経営者が会社の長期的な未来を重視してきた結果としてもたらされたものだと説明しています。

 日本企業が社員の献身に期待できるのはこのためであり、バブル崩壊を経た今日でも多くの日本企業が終身雇用制を維持していることを、ヴォーゲル氏は驚きを持ってリスペクトしています。

 今日でも、日本の企業は収益の適正な分け前を社員に配分すべく、懸命な努力を続けている。その結果として、日本の社会は一体感が強く、ニューエコノミーが主流となった現在でも富裕層に対する貧困層の反発や社会の分断はそれほど強くないという指摘もあります。

 しかし、そんなヴォーゲル氏も、90年代のバブル崩壊を経た日本がいくつかの「深刻な問題」を抱えていることもまた事実だとしています。

 日本の工業製品の一部は人件費の安い他国の製品に取って代わられており、巨額な政府債務はなお膨らみ続けている。政治問題により近隣国との関係は悪化の兆しを見せており、若者がやりがいのある安定した職に就くことも次第に困難になりつつあるというものです。

 こうした日本の現状を踏まえ、ヴォーゲル氏は長く日本の社会を見つめてきた(極めて温かい)視点から、日本人が参考とすべきいくつかの助言をこの論評において行っています。

 ひとつ目は、超少子高齢社会の到来に合わせ、女性とシニア労働者を増やし福利厚生の不平等を減らすことです。

 高齢者や女性の労働参加が進めば、日本の社会が大量の移民を迎える必要はないとヴォーゲル氏は述べています。健康で意欲的な高齢者と教育水準の高い女性が仕事を続けられる環境が整えられ、正規雇用、非正規雇用の待遇面の格差を減らせれば、非正規労働者の意欲は高まりホワイトカラーの生産性も向上するだろうということです。

 次に必要なのは、対中・対韓関係を改善することだとヴォーゲルは指摘しています。

 経済を発展させていくためには、日本製品の市場を確保するためだけでなく、国防予算の膨張に繋がる軍事的な緊張を回避し、社会を安定化させることが必要なのは言うまでもありません。加えて、アジア全体にとっても、日中の関係が強化され環境問題やテロなどの共通の課題に連携して取り組むことがぜひとも必要になるとヴォーゲル氏はしています。

 そして、ヴォーゲル氏が行っている3つ目の助言は、日本の大学の質を高め国際化していくことです。

 これは氏が、生粋の大学人だからということもあるかもしれませんが、日本の大学の教育・研究の質は概ね国際標準に達していないとする氏の指摘を、私たちは謙虚に受け止める必要があるのかもしれません。

 日本の大学が世界レベルになるには、官僚体質の抑制や教員採用基準の引き上げ、教員の事務的な負担の軽減などのイノベーションが必要であり、もっと英語を使った国際的に開かれた教育・研究環境を整えることが急務だということです。

 さて、ヴォーゲル氏はこれからの日本が発展していくための最後のアドバイスとして、(日本の)国家戦略を担う指導者の能力を高めることを挙げています。

 日本の政治指導者の多くは、残念ながら国家戦略を立てる上で必要となる国際情報や複雑な国内問題への理解度が必要な水準よりも低いように見受けられると、ヴォーゲル氏は厳しく(そしてある意味「きっぱり」と)指摘しています。

 若い政治家や経営者、官僚には、国際環境での(少なくとも現状よりも数段)高いコミュニケーション能力が求められている。彼等が先進国のエリート達とのディベートに耐えられる英語力と外国人の発想の理解力を身につけるためには、育成段階での留学や国際会議への参加などのキャリアを積む必要である。そしてさらに言えば、国を代表する気概と(尊敬されるべき)エリート意識が不可欠だということです。

 この35年間で日本は様々な経験を積み、成熟したある意味「普通の」先進国になりました。今、時代の曲がり角を迎え、行く手には課題が山積している日本ですが、ヴォーゲル氏が指摘するように、そんな日本の社会が育んできた土壌もまた、氏が言うようにまだまだ捨てたものではないのかもしれません。

 次代を担う日本の新しいリーダーたちは、おそらく『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を胸を躍らせて読んだ日本人の子供達の世代ということになるでしょう。彼らが様々な経験を積むことによって、日本の社会が大切にしてきた長所が生かされ、国際社会において再び輝く日が来ることを、私も期待して止みません。



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