夫の体調記録~がんばろっ!~

お気楽夫婦だったのに・・・悪性リンパ腫と闘った夫、妻の日記

四十九日法要でした

2006-12-03 21:32:49 | ”家族・夫婦”を想う


今日は亡きアカオさんの七・七日で、
四十九日法要でした。

無事に執り行うことができ、
いい法要となりました。


ちょっと変わった法要で、
アカオさんが生前に、行きつけだった居酒屋を借りて
御坊さんを招いて行いました。

そこはご夫婦で営む居酒屋というか料理屋というか、
美味しい料理と歌手のママと腕のいいカッコいいマスターと
カラオケ好きな常連さん達が来る温かいお店です。

アカオさんは、仕事が終わってそこでなんでもないたわいない世間話を
常連さん達やお店のご夫婦とするのが好きで、
時々カラオケを唄ったりして、気晴らしするのが好きでした。
仕事とまったく関係ないたわいない話がよかったのかもしれませんし、
同じ歳のマスターとも気が合うし、
とにかくお店の人にもとても親しくしてもらって
気心が知れた処でした。


私も時々連れて行ってもらったことがあります。
アカオさんはカラオケがとても上手です。
カラオケというか、プロ級の歌手並みです。
下手な歌手よりずっと上手で、
本当にプロ並みの”聴かせる”唄い方をします。



病気になってからも、そこには通っていました。
気晴らしというか、
そこでいつものマスター、ママ、常連さんと
たわいない話をして唄って、とういことが
病気の苦しみを紛らわせるというか、
楽しい時間だったのだと思います。

もちろんお酒は飲みません、
お茶だけだし、ご飯もたいして食べないんですけどね、
でもマスターが気を遣って、清潔に、生ものを避けたり
調理に細やかな配慮をしてくれていました。





そんなお気に入りの大好きな、
常連として通っていたそのお店で
四十九日の法要をしようと、決めました。

私はよく解りませんが
四十九日まではこの世とあの世をさまよっている、と
聞きましたので、
迷わずにあの世に向かえるように
思い残すことないように、と、
行きつけの大好きなお店を四十九日法要の場所にしました。

食事だけ、と思いましたが
お店のご好意で法要もあげることができ、
おかげでマスターとママ、常連さんにも一緒に拝んでもらえて
嬉しかったです。


お店の配慮で、BGMにアカオさんがよく唄っていたという
ナンバーを数曲かけてくれていました。

私や、ママや常連さんは、食事しながら泣けてきました。

アカオさん、本当に上手だった。
聴かせる唄い方をする、心にぐっとくる、しびれる唄だった。
さり気なく静かに引き込むような唄い方だった。

アカオさんが唄っている姿が
私達のまぶたに思い出され、声までが聴こえてきそうで、
もう、今にも声を出して泣きじゃくる寸前でした。
抑えられない涙で顔もボロボロになりました。

数曲かかり終わると、
実の娘達もそれぞれ一曲ずつ唄ってくれました。
アカオさんに似て、二人とも上手でした。
特に長女の唄い方はアカオさんそっくりで
私も常連さんも思わずアカオさんと重なるね、と口を揃えて感動しました。

アカオさんも喜んでいるに違いない。

最後に、歌手のママが唄ってくれました。
ママはアカオさんを想いながら心を込めて唄ってくださり、
最後に私達に言葉を添えてくれました。

「アカオさんは私達に愛をくれました。
 いつもお店のことを心配してくれて、
 気にかけて、何かと声をかけてくれました。
 頑張ろうね、何かあったら俺も手伝うからね、
 お互い頑張ろうね、と。
 とても温かい人でした。」


もう、会場中涙です。
皆、アカオさんの人柄を知っているだけに、
思い出されたのでしょう。
本当にそういうことを言う、気持ちがある人でした。
いつも人のことを心配し、思いやりのある、
本当に温かい人でした。

ボロボロに泣けたけど、
アカオさんも喜んでいると思います。
大好きな場所で皆におもてなしできて
好きなマスターとママの店で
いつもの唄もカラオケで流してもらって、
皆にも唄ってもらって、、、。


とてもいい法事となりました。





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このブログでも、闘病記録の最期の2日を書けないままでいました。

通夜、葬儀、と無事にできましたが、
私にはどうしてアカオさんが亡くなったのか、納得いかないというか、
不思議な感じなんです。
認めたくないというか、、、。

特に最期の闘病の、本当に苦しい闘病を看てきただけに
思い出すのが辛いというか、、、。


しばらくは悲しみにくれていましたし、
亡くなってしまったことを簡単に受け入れられずにいましたが、
時間と共に徐々に気持ちが切り替えられてきそうでした。
四十九日までは、なるべく何も考えず、無理に慌てることなく、
静かにアカオさんと向き合っていました。
そうすることで、これからのことが少しずつ整理できるような、
これからの方向性が見えてくる気がしていました。


案の定、少しアカオさんから答えをもらった気がしています。


同じような境遇の経験者(夫を亡くして15年とか)からも

「悲しみを癒してくれるのは”時間”しかありません。
 1年、3年は悲しみで暮れるでしょうが、
 少しずつ時間が癒してくれます」

 と、何人かに言われました。

だから、慌てることなく静かに過ごしていこうと思っています。



五・七日あたりから、少しずつ前向きになれました。
四十九日っていう仏教の教えも、
故人の仏の道へのことだけではなく、
現世に残る遺族にとっても、なるほど、
気持ちを癒す時間のことかなあ、なんて感じました。
私は無宗教だし、よく解りませんが、
宗教とはその土地土地の気候風土からなる教えなので、
日本、日本人にはちょうど適切な時間が四十九日なのかなー、
なーんて勝手に思った今日この頃。


とはいえ、四十九日が近づくと、
また新たに悲しみが増すというか、
故人を想う気持ちが強くでてきました。


今日は、そういう意味でも好い法事でした。
思いっきり泣けて、生前を強く偲ぶことができました。

また少し気持ちにふんぎりというか、強い気持ちを持って
故人を想いながらしっかり生きていかなければ、
そう思えるけじめの法事になった気がします。


アカオさんはそうやって残った私達に
声をかけてくれているのかもしれない。


そうして私達は祈るんです、

「アカオさん、迷わないで仏の世界に安心して帰ってください。
 もう楽してね。

 アカオさんは”命”を大事に、
 最期まで命を燃やして大事に生きていました。
 アカオさんがやってきたことは、
 私達やお客様の心には、鮮明に生き続けていきますから、
 安心してね。

 私達は大丈夫だから、心配しないで、
 安心して光の世界に向かってね。」




50日目の朝早く、朝日が差す頃に
その光と共に亡くなった人はこの世から旅立つらしいんです、


未練をもってこの世でさまようことなく、
安心して光の世界に旅立ってほしい、と祈ります。


もう安心して楽な世界に。。。