ターザンが教えてくれた

風にかすれる、遠い国の歌

ガラクタを捨てる

2006-08-11 22:30:42 | Organic Life
いつかまた読みたくなるかもしれないと思って
ずっと取っておいた本を捨てる。
昔はあんなに夢中になっていた本だけど、
ここ一年以内に手にしたのかと言うと、していない。
どれもこれも、「また、いつか。。。」
の合言葉のもとに本棚の奥深くへ行きたがるんだよね。
その本からもらった知識と驚きは
ちゃんとこの身になってますよ。

スパゲティを茹でる為の寸胴鍋を捨てる。
煮物に使う大き目の鍋で事足りるもんね。
料理に合わせた柄物の皿ももう要らない。
手間隙かけて作った凝った料理よりも、
新鮮な無農薬の野菜で作る簡素な料理の方が
今の自分にとってはご馳走に思えるし
飾らない生成りの食器が似合うと思うから。

LPレコードを捨てる。
ほとんどをCDに買い換えてるんだものさ、いらないよ。
ま、こーゆー趣味のものは一概には言えないんだけどね、
少なくとも今の自分にはもう価値がないものです。
今まで楽しませてくれてありがとね。

冬物の布団と毛布を捨てる。
今は無きマーサスチュワートの
素敵なやつだったけど捨てる。
もともと自分用ではなくて友達が泊まる時用だもんね。
寒い時期に来客があったらその時考えよう、
それに同じベッドでも僕は一向に構わないしね。。。(笑)

映像関係はコンピュータへ任せることにしよう。
そうすれば、その後の話は早いぞ。
TVモニター、ビデオ、DVD、
レーザーディスク、全部要らない。
どれもこれもありがとう、今までお世話になりました。
あなた達のおかげで毎日が楽しかったよ、
でもね、これからはもっと
別のことをしてみたくなったのさ。

そうなると、本やレコードの収納棚もいらないね、
小さく分解するのはちょっとたいへんだけど。


一度買ったものを大切に使う事って
とても大事だと思うんだよ、
そう思うんだけどね、人は前へ進んで行くの、
嫌でも何でも生きて前へ進んで行くんだよね。
昨日まではあんなに必要だった物が、
今日の自分にはもう用はないと思える事。
それはごく自然なことなのかもしれない。
この世の中に、不変なものは何一つ無くて、
また、完全なものも何一つ無いのだから。

お金で買うのは物ではなくて、
その物を通してできる「体験」、
それを買うんだよね。
自分に必要なタイミングで
自分と期間限定で触れ合う物たち。
そこから得られる体験が終わったら手放そうね、
まだ十分に使えるものであれば
それを必要としている次の人へ。
そうじゃなければ、土と水と空気へ帰そう。

自分のものなんてこの世の中には
何ひとつも無いのだよね。。。
だってさ、この自分の身体でさえ
およそ80年のレンタルなんだもんね。
いずれは地球に返すんだもんね。

その物とさよならするまでは大事に使う、
でもそれに縛られることは嫌なんだ。
物にこだわるあまりに
かえって心が不自由になるのは嫌なんだ。

何を買ったのか、何を持っているかが自分じゃないの。
そんなものは自分をなにも表さない。
その本を読んでどう思ったのか、
レコードが奏でる音楽を聴いて何を感じたのか。
そういった思いはずっと記憶に残って心をつくり、
その心ってやつこそが僕なんだもん。
それは目には見えないけれど確かなものです。

だから、僕は自分の心を信じるし、
同じように、相手の心を信じる。


良い物だからと取っておいた服に袖を通してみる。
そこで、穏やかな安堵感や華やいだいい気分がなければ
躊躇なく捨ててしまおう。
それはもう自分とは関係が終わったものだから。
ぽっかりと空いたクローゼットの隙間を
しばらく楽しんで眺めた後は、
今度はどんな素敵な服がここに来るのだろう。
そう思うのもなかなか心地良いもの。

自分の周りを物で埋めなくても大丈夫な心持ち。
自分の落ち着かない不安な心を
物で代替しなくてもいいような心持ち。
そんな風通しのよい生活、悪くないよね。



参考書籍 
「ガラクタ捨てれば自分が見える/カレン・キングストン」
--CLEAR YOUR CLUTTER WITH FENG SHUI/Karen Kingston--
      


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