ターザンが教えてくれた

風にかすれる、遠い国の歌

Jasmin は iPod

2008-05-19 21:03:22 | 日々

うちのジャスミンはiPod 5.5G 30G ホワイト、
つまりClassicバージョンになるひとつ前のやつなんだけども、
その前の5Gを落っことして買い換えてからだから
かれこれ1年半ほど使ってるかな。

はじめはビデオが見られればいいかなぁって感じで
動画メインで使ってたんだけれども、
音楽再生にしても以外に素直な音質だったので、
これはいけるかもと、
普段オーディオで行われるいくつかの「儀式」を
このかわいいiPodちゃんに施してみました。
っていうか、ずっとやってます(笑)

やはりこのiPodってやつは、
良くも悪くも、何でもなーい音なんだよね。
音楽を美しく美味しく聞かせようとは
さらさら思ってないってところに、
こちらとしては腕が鳴るっつうわけでしてね。

えと、それではまずは。


 
バーンインって、鳴らし込みなんですけどね。
新しい機器っていうのはメカニズム的にも、電気的にも
まだ十分にこなれていないわけで、
つまり「若くて硬い果実」なわけですよ(笑)
だから、これを十分に使って滑らかな状態に
持っていくために作られた特別の音楽信号なんだよね。

これと似ている言葉にエージングっていうものあるんだけど、
これは、もっと長期間に渡って鳴らし込みを行って
段々と素直な特性に変化させることなんだけど、
このバーンインって言うのは、
もっと積極的に新品のぎこちない状態を
短時間で改善するって意味なんだよね。

多分このバーンインってヤツは
音響機器を繋ぐコード、
(今はインターコネクトケーブルっていうんだけど)
これには1mで10万、20万なんてざらにあるわけで、
それを買ってきた新品から、
十分に使い込んで滑らかになった状態へ変化させるのに
登場してきたものだったと思う。
バーンインつまり金属の「焼きなまし」っつうわけで。。。

では、どうやってその焼きなましってヤツを行うのかというと、
オーディオチェックCDと言うものがありまして、
その中に収録されている「Burn-In Tone」って信号を
少しの間リピートして流し続けるだけ。
それだけで音響機器のバーンインが済んじゃう。

ほんとかよぉ???って思うでしょ。
自分も以前は眉唾だよーなんて思っていたんだけども、
これマジに変わります。
音響機器ってやはりまだ新しいうちは、
音が何となくざらついていたり、粉っぽいと言うか
情緒にかけるような落ち着きのない音だったりするんだけれども、
これがさぁ、もう一気に滑らかにぐっと落ち着いて
品のある音に変わるんだよねー。

自分は以前からAudioSource社の LLC5っていうCDを使ってるんだけど、
これ、最近では廃盤になったらしくて、入手困難。
なので、代わりにオーディオでは有名どころの製品で、
XLO社のTEST & BURN-IN CD RX-1000 っていうのがお勧め。








無事にバーンインが終わったら、
えと、今度は帯磁対策ですよ。

電気の流れるところには必ず磁気が発生しているわけでして、
これが少しずつだけれども、電子回路に溜まっていっていくと、
機械の中で電子がスムーズに流れなくなってしまうそうで。
一定の使用時間ごとに、
この磁気を取り除く必要があるわけですよ。

それを消磁・デマグネタイジングっていうんだけど、
これも便利な事に先ほどのCDに収録されている
Demagnetizing sweep toneっていう信号を流すだけで
システムの消磁が出来てしまうわけ。
ほら、簡単でしょ。




はいはい、次は静電気っすよ(笑)

磁気ときたら静電気っしょ、やっぱり。

プラスティックなどの絶縁体には
必ず静電気が帯電するわけでしてね、
これも微細な電気の流れに影響を与えるので、
なるべく発生してもらいたくないもの。

この対策は簡単、帯電防止剤エレガードなどを
吹き付ければ静電気は起きないんだけども、
あのスプレーの成分によっては、
プラスティックなどの表面を傷める恐れがあるんだよね。

そこで、とっておきの方法を紹介するね。

洗面器半分くらいのぬるま湯(水でも可)に
洗濯のときに使う柔軟仕上剤を
小さじ半分ほどを入れてよく溶かす。
それから食器洗いでも何でもいいんだけど、
家庭用の中性洗剤をほんの一滴(!)を
加えてこれまたよく攪拌する。
で、出来上がったその液に浸して硬くしぼった布で拭く。

これだけっすよ。

吹いたものの表面にはごく薄い界面活性剤の膜ができていて
これが静電気を見事に防止してくれるわけですよ。
この方法は本当に効果が絶大で、
コンピュータ本体やモニターなどもこうやって
吹いておけば静電気が起きないので
ほこりを寄せ付けないために、見事に汚れなくなります。

この手作りの帯電防止剤で
かわいいiPodちゃんはもちろんのこと、
ヘッドホンのケーブルなどもちゃんと拭いてあげるですよ。
ほら、見事に音が変わったっしょ。
これはやめられなくなるですよ。マジに。




はい、その通り。再起動すんの。

このオリジナルiPodの場合はホイールの
真ん中と上を長押しなんだけども、
iPodに再起動をかけると、音が良くなるですよ。

なんだか冗談みたいな話なんだけど、ほんとだもん。
再起動をかけると明らかに以前よりも
滑らかに音がすーっと伸びるようになるもん。

音の改善って、
高い音が出るようになったとか、
低い音に迫力が出てきたとかではなくて、
いかに滑らかに音が出てくるか、
や、
右と左の間にどれだけ広い音のステージが現れるか、
そんなことに注目するとわかりやすい。

そうやって見ると、
この再起動をかけることでは、
本当に著しい音の改善効果があるって思うんだけどなぁ。
すごく簡単に出来るし。

なので、自分普段からお出かけ前に
iPodを手に持ったらまずは再起動。
これ習慣っすよ。
マジにお勧めです。




RockBoxっていうのは、
iPod上で動作するOSのようなもので、
これを入れることによって、
標準のiPodでは出来ないような、
複雑な設定や、スクリーンデザインを
変える事ができるようになったりするんだよ。



ね、なかなか面白いでしょ。

自分はこのRockBoxにすると大幅に音質が向上するってんで
頑張って入れてみたんだけれども、
。。。ん~正直言って微妙かな。

確かにね、音に関するイコライザー等の設定は、
ものすごく複雑にできるようになるんだけど、
あきらかに音自体が良くなったとは自分は思わなかったわけで。
それにフリーソフトの宿命で、
このRockBoxをスムーズに使いこなすには
下準備も含めてなかなか面倒なもんだから、
ひと通り遊んで止めました。

興味がある方はこちらからどうぞ。

感想はねぇ、「あぁ。。。面白かった」(笑)




iTunes Store で売っている音楽ファイルは
AAC 128kbpsなんだけどもね。
まぁ、これだけを聴いている分には
なかなか判らないかもしれないけど、
やはりこのスペックでは
思わず聞き惚れてしまうような高音質は望めないわけで。

やはりAACだったらiTunesでエンコードできる
上限の320kbpsでインポートしておきたいよね。
で、その中でもこれは!というとっておきの
アルバムなどは、自分はappleロスレスでやってる。

本当はWAVやAIFFなどの無圧縮が一番いいんだろうけれども、
これをやると聴いている最中にも頻繁にHDDの読み出しが
行われるので、電池の持ちが激減してしまうんだよねー。
それで、音質とバッテリーを両手に考えた結果、
ロスレスでいいじゃん。って感じかな、今は。

ただ、このロスレスでもAAC320kbpsに比べて
約3倍のファイル容量があるので、
そろそろこの30Gが足りなくなっている予感なわけですよ。

HDDの容量も増えて、かつバッテリーも改善された
新しいiPod Classic でWAVファイルを聴くってのが
今のところ最強なのかもなぁって思う今日この頃、
みなさまのiPodちゃんはいかがお過ごしですか?

NO MUSIC, NO LIFE.とまでは思わないんだけども、
やはりいい音楽をいい音で楽しむ事には
手間を惜しまずに頑張っていきたいな、
と、ま、そんなことを思いながら。。。



その爪に この体温を乗せてくれ 番外編

2008-05-02 16:59:36 | 物語という昨日



これで本当にこの物語は終わりです。
おまけとして、
架空のインタビューってやつを付録にしました。

どうぞ笑って読んでいただけたらと思います。(笑)

いろいろとワタクシ、
こんな、恥ずかしいったらありゃしねぇ話を
こうやって皆さんに読んでいただくことに対しての
言い訳を考えたのですが、ほらこれでも自分、
なかなか正直になれない性質ですので。。。

ああ言えばよかった、こう言えばよかった。
いつもそんなことで後悔をするのなら、
いっそのこと、架空の人物に登場していただこうかなと。
そして、その彼らに好き放題に発言してもらおうかなと。
そんな事を、ワタクシ考えたわけですよ(笑)

あぁ、とにかく。

最後までお付き合いくださいまして
本当にありがとうございました。
心より感謝申し上げます。

今回のお話はいかがでしたでしょうか。
そのことだけが気掛かりです。
もし少しでも楽しんでいただけたのなら
自分は本当に本当に嬉しいです。


最後まで、お付き合いありがとうございました。


-----------------------------------------b-minor---------





   『その爪に この体温を乗せてくれ』作者インタビュー


記者  こんにちは。
    本日は「その爪に この体温を乗せてくれ」の作者である
    b-minorさんにお話をうかがいたいと思います。
    どうぞよろしくお願いいたします。

作者  こんにちは。どうぞお手柔らかにお願いいたします。

記者  では、まずこのストーリーを読んだみなさんが
    b-minorさんに一番に訊いてみたい事だと思うのですが、
    この物語はフィクションなのですか、それとも
    実際の体験をもとにしてお書きになったのですか。

作者  いきなりですか?(笑)そうですね、
    この物語は約半分ほどが実際の体験から出来上がっていて、
    後の残りの半分は想像上の出来事、つまりフィクションです。

記者  そうですか、半分が本当で半分が創作だということですね。

作者  はい、そうです。ただ、物語の中でどこの部分が本当で
    どの部分が創作かと言うことになると、その扱い次第で
    ずいぶんと感じの違った読み物になるとは思うのです。
    物語そのものなのか、シーンの中なのかという・・・

記者  物語を構成する核となるストーリー自体に創作があるのか、
    それとも、そのストーリーを繋ぐそれぞれの場面の中に
    実際とは違った作られたものが置かれているかということでしょうか。

作者  ええ。そうですそういうことになります。
    実際の体験をただそのまま書いていたのでは、それは物語ではなくて、
    ドキュメンタリーというものになります。ドキュメンタリーと
    いうものは、そのテーマ自体に強い求心力がないと成立しないのです。
    今回のこのストーリーのようなある男同士のカップルの話を、
    実体験そのままに書いてみても
    それは誰も興味を示すことはないものになってしまうと思うのです。

記者  はい、少なくともこの私はその恋人同士の話を
    読んでみたいとは思いますが(笑)
    おっしゃっていることはよくわかります。

作者  この物語のふたりの関係においては、実際にはもっと不純物が
    たくさん含まれていると思うのです。人間関係の話ですので
    ほんとはもっとドロっとしたものがあるものですよね。

記者  ええ。

作者  実は、その部分を僕はなるべく表現したくありません。
    そうすることで、ストーリーの中に風が通るのでは
    ないかと思うのですね。僕は自分でそう説明するんですけれど、
    登場人物の間を風が吹き抜けて行くというようなことが
    この僕が描きたい風景なのかなと思っています。

記者  なんだか、少しだけ寂しいような気になりますね。

作者  ええ、そういう印象をも持たれるかもしれません。
    でも、人はどんなときにも寂しいというものを
    気持ちのどこかに抱えているものじゃないですか。
    だから、人は誰かを求める、だから人は優しくなれると
    そんな風に思いますね。

記者  では、もう一度あえてお訊きしますが、
    その半分だという実際の体験とは、b-minorさんにとって
    忘れがたい大切な思い出なのですか?

作者  本当のことを言うと、
    その質問には「違います」としかお答えすることができません。
    僕は、文章にするということはある意味で
    記憶を葬るということになるんだと思っているんです。
    
記者  記憶を消すということですか。

作者  記憶を消し去るというより、記憶の価値を自分の中で
    変化させるということでしょうか。
    例えば、とても辛く悲しい記憶はまず忘れる努力をしますよね、
    心の中で考え続けても、
    答えは出ないままに悶々としてしまうからです。
    文字にその記憶を固定すると、脳はもうこれ以上憶えていなくても
    いいと思う。脳にもう大丈夫、これ以上考えなくても
    いいと言ってあげる。そして自分の書いた文章を誰かに
    読んでもらうことは大変な覚悟が必要で、
    またそのある種の緊張でもって脳に強い刺激が行くんですよね。
    その出来事はもう自分の手を離れてしまったんだなと。
 
記者  つまりその記憶の責任を皆に分けてしまうと。

作者  はい、皆さんには迷惑でしょうけれど
    そういう事になるのかもしれません。(笑)
    わたしは本来はずっと心にしまって
    同じ事をぐるぐると考えてしまう性質を持っているのですが、
    そこで逃げずに覚悟を決めて文章にしてしまう。
    思い出を自分の中にだけ閉じ込めずに、それを読んだ人の中に
    それぞれ少しずつ預かっていただいて、
    後はもう好き勝手に忘れ去ってもらったらいいのかなと思っています。
    そして、もうこの話は自分の手を離れてしまったと思うのです、
    ですからこの先この僕の中でぐるぐると
    悲しく廻り続けることはありません。
    
記者  忘れるためのストーリーなのですね。

作者  はい。そのような物語があってもいいと思っています。

記者  なるほど。そのことを意識しながらこのストーリーを
    あらためてもう一度読んでみたいと思います。
    ところで、もうひとつ気になることがあるのですが。

作者  はい。

記者  それはこの登場人物であるふたりの男が
    ある歌手を共に贔屓にしているというくだりがありますが、
    その歌手というのは実在の人物なのですか。
    もしよろしければ教えていただく事はできますか。

作者  ええ。実在の人物です。それは「中島みゆき」さんです。
    実はこの物語のタイトルである「その爪に この体温を乗せてくれ」
    という言葉も、中島さんの「ボディ・トーク」という曲の歌詞から
    お借りしています。身体を通して伝わろうとする言葉ではない何か。
    そんなイメージをこの曲からもらって、
    それを出発点にこの物語を書きました。

記者  相手の男が歌を口ずさむ場面がありますが、
    その歌は中島みゆきさんの歌だったのですね。

作者  ええ、そのように思っています。この物語の中でふたりの男は
    心の奥にそれぞれが口に出せない想いを持っています。
    共通の歌手の歌を通して、ふたりの男は相手に何かを伝えようとした、
    そのことを僕はとても貴重な体験として描いたつもりです。

記者  はい、そのことはこのストーリーを読む中で感じる瞬間がありました。
    
作者  そうですか、ありがとうございます。
    文字の中には実際に音楽と言うものを流すことはできませんが、
    濃密な時間の中でふたりの気持ちにはずっとこの歌が流れていた、
    その事を少しでも感じていただけたとしたらたいへん嬉しいです。
    そこで、ひとつお願いしたいことがあるのですが。

記者  はい、何でしょう。

作者  先ほどもう一度この物語を読んでみるとおっしゃいましたけど、
    それは本当ですか。

記者  ええ、この後すぐにでも読ませていただこうと思っています。

作者  では、是非もう一度だけ読んで下さい。お願いします。

記者  はい。

作者  そして、忘れてください。

記者  はい。

作者  こんなふたりはどこにもいなかったんだと忘れてください。

記者  はい、忘れます(笑)。

作者  (笑)ありがとう。
    
記者  最後にもうひとつ、この後の続編の予定はありますか。

作者  いえ、ありません。
    この物語はこれで忘れるためのものなのですから、
    つづきも何も存在することはないのです。

記者  今日はどうもありがとうございました。

作者  こちらこそ、ありがとうございました。



『ボディ・トーク』収録アルバム「I Love You, 答えてくれ」
 YCCW-10037/ヤマハミュージックコミュニケーションズ




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その爪に この体温を乗せてくれ その4

2008-05-01 17:04:42 | 物語という昨日




俺、実は好きなヤツがいるんだ。
 
それが二日後の真夜中になってようやく届いた
相手からの返事の最初の言葉だった。

でも、そいつには相方がいて、
俺にはどうしようもないんだけどね。

君からあのメールをもらってから今までずっと考えた。
君と一緒にいて、その事はすごく楽しかったし、
それにのんびりと寛いだいい気分だったとか、
いろんなこと書こうと思ったんだけど、
でも、どれもなんか違うなって、
言葉にするほどなんか違うなって思ってさ。

正直に言うと、君からのあのメールがなければ、
知らん顔してこのまま関係を続けることも思った、
それとも、
こうやって返事を出さないまま終わりにすることも思った。

でも、君の気持ちをこうやって聞いた以上、
俺はこの先を続けることは無理なんだ・・・


そうやって相手から届いたメールは、
今までの感謝と短い侘びの言葉で終わっていた。

そのどの言葉もが、本当なんだろうと思った。
そして、そのメールのどの言葉もが、噓なんだろうと思った。

人のこころは変わるもの。
そして、ずっと変わらないのもまた人のこころなんだよなぁ、
相手から届いた最後のメールを読みながら、彼はそう思っていた。

そのどちらのこころを信じることが出来るのか、
それさえ今の自分にはよくわからなくなっているのを感じた。
でも、
彼は何故そうなってしまったのかという理由を知りたいとは思わない。
相手はあの日に出会った始まりからずっと変わらずに
他の誰かを好きでいるままこの自分と会っていたのだろうか。

それとも。。。

自分では計り知れない人の気持ちを、
あれやこれやと堂々巡りで考えることは、
結局、いつしかこの自分自身を悩ませ傷つけることになるのを、
彼はもう十分に知っているのだから。

その相手は、彼を選び取りはしなかった。
そう、ただそれだけのことだ。

掲示板で出会った相手に、
大人の約束事を越えて、いつのまにか本気になってしまった、
よくある馬鹿な男達の中の一人がこの自分なのだと、彼は思った。

しかし、だからと言って、
これまでのことのすべてが噓になるわけではなく、
あれは、あの日相手が自分に伝えようとしたものは、
真実を隠した束の間の関係の中で、
ほんのところどころに垣間見えた
わずかな本当と言うものだったのかもしれない。
彼はそう思うことで、
何とか今回のことを自分に説明しようと考えていた。

そして、以前には感じることのなかった
違和感を自分自身の中に感じていた。
決して自分では認めることのなかったもの、
それは、ずっとひとりでいた彼自身の中で
遠い昔に忘れられていて、
もう再び思い出すこともないのかもしれないと思っていた
あの感情なのかもな、と思った。

あぁ、自分は今、この声に出して言ってもいいんだよなぁ。

寂しいというこの言葉にたどり着くまでに
自分はいったいどれだけの時間をかけてきたのだろうと彼は思う。
自分は今とても寂しいんだ。
そうはっきりと言えることが、
かろうじて彼のこころを慰めることになっているのを
彼自身はちゃんとわかっていた。



次の日の朝はいつになく早くに目が覚めた。

彼はベッドから出ると、
カーテンを開いて寝室の窓をいっぱいに開け放したあと、
裸足のままキッチンへ向かった。

あの日、相手の男が自分の誕生日のために
自ら抱えて持ってきた、緑色したウィスキーのボトル。
それはまだ中身を半分ほどを残したまま、
誰にも飲まれることなく、キッチンの棚にあった。

彼はそれを取り出すと
コルクの蓋を取ったら、
勢いよくボトルを上下に振りながら
シンクの中へ中身を全部捨て流した。

琥珀色した液体が、
シンクの表面の水分を弾き飛ばし
飛沫を上げながら一気に広がった。

あたり一面にバーボンウィスキーの匂いが立ち込めて
あまり酒に強くない彼は、
もうそれだけで顔が赤らんでゆくのを感じた。
洗面台の上の壁に掛けてある鏡に
自分の顔を映してみると、
そこには、目の周りから頬にかけて
ほんのりとピンク色に染まった顔があった。

これが、昨夜失恋した男の顔なんだなぁ、
と思い、彼はその自分の赤い顔を眺めながら笑った。

今朝はあまり食欲はなかったが、
いつものように、バナナと牛乳とそれに熱いコーヒーの
簡単な朝食を時間をかけて食べ終えたら、
彼は再びキッチンへ行き、
粉末のプロテインパウダーを
もう一杯コップに注いだ牛乳に溶かしてそれを飲み干した。

まだぼんやりとしている頭の中で、
昨夜のことを少しずつ思い出してみたけれども、
それは彼が用心しなくてはならないほど
彼の気持ちを動揺させることはなかった。

彼は、少し安心すると共に、
よしよし大丈夫、この調子、この調子。
と、小さな声をかけて自分を励ました。

今日が休みの日でなくてよかったと彼は思った。
いつものように仕事場で忙しく働いていれば、
瞬く間にも今日の一日は暮れる。
そうやって自分をゆっくりと
明日へ向けて馴染ませて行くことが
辛い気持ちを助けるのにとても有効なのだということを
彼自身のこれまでの経験からよくわかっていた。

果たして今回のことは、
すっぱりと忘れ去って、何処にもなかったことに出来るのか、
それとも、
いつかは懐かしく思い出すことの出来る良い経験となるのかは、
今の彼にはわからない。

そして、そのことをこれ以上考えるのは止めようと思った。


マンションの玄関を出て、
いつも彼が利用する電車の駅までの道は
ただこのまま真っ直ぐに歩けばよかった。

道の途中で彼は、桃色の花びらが
道路一面に散っているのに気付いた。
さくらなんてとっくに終わったのになぁと思いながら
彼が見上げたのは、
枝の先いっぱいに玉のような花をつけた八重桜の樹。
それは、彼が今年の春に見る最後の最後のさくらの花だった。

風に乗った八重桜の花びらは、
思いのほか遠くまで散っていったものらしく、
もうすぐ駅の前を通る大きな幹線道路に出るという所まで
ずっと点々と続いていた。

道路の向こうに見える電車の駅はもうすぐそこだ。

横断歩道を渡ろうと、
彼は信号を待つ間、歩道の脇に足を止める。
春の日差しはこの朝の早い時間でもすでに眩しい、
白い逆光の中でいつもの街の風景が急に歪んで見えた。
あれ、どうしたんだろうと顔を上げたとき
彼は泣いていた。

涙がまぶた一杯に溜まったあと、
次々と溢れ出して彼の頬を流れ落ちた。

いろんなことがあるもんなぁと彼は思った。
この歳まで生きていれば、
それはいろんなことがあるもんさぁと、彼は思った。

ここで泣けるということもまた
ひとつだけ強くなれることなのかもしれないと
そんな風に、彼は思いきりながら
顔を上げてもう一度空を見上げる。




信号が青に変った。






             おわり






 
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4日間に渡ってこのような駄文に
お付き合いくださいまして
ほんとうにありがとうございます。

心からお礼申し上げます。

この物語はこれでおしまいとなりますが、
次回はあと少しのおまけがございますので、
もう一日どうぞお付き合いくだされば嬉しいです。

よろしくお願いいたします。


             
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