耕一がアーケードの入り口へ向かって戻って行くと、
途中で一軒の雑貨店が目にとまった。
店の前には木製のワゴンを出して
色とりどりの輸入菓子が山盛りに並べられている。
耕一は開け放されている扉をくぐってその店に入ってみた。
店内に入ってちょうど正面には、
大きな人工のバナナの木が設えてあり、
鮮やかな黄色のバナナの実の形をしたぬいぐるみが
たくさんぶら下げられていた。
耕一は順にその店の中を見てまわった。
外から覗いていたときには
店の中にはこれでもかと言うほどの
たくさんの色彩が溢れていて、
いったいこの店の客は自分の欲しいものを
どこでどうやって見つけて買えばいいのだろうかと
そんなことをぼんやりと思っていたのだけれど、
こうやって間近に商品を眺めていると、
次第にその陳列の仕方に特徴があるのがわかった。
あるコーナーでは薔薇に関するものが集められていて、
薔薇のお茶のセットから、酒、シロップ、石鹸、
そして薔薇の造花までが所狭しとディスプレーされているし、
また、別の場所には、ライムグリーンの子供用の傘を中心に
ライムの酒や菓子はもちろん、黄緑色した外国の洗濯洗剤や、
洒落たグリーンのボトルに入った芳香剤がまとめて並べられていた。
ゆっくりと店内を一周して
ちょうど店の一番奥にあるレジの右の棚に
袋に入ったキャンディーが並べられていた。
耕一はその棚を端から順にパッケージを
手に取りながらひとつずつ丹念に見ていった。
時間をかけて吟味したあとで、
耕一は透明のパッケージに鮮やかな果物の絵と
シュガーフリーと大きく書かれた商品を選ぶと
レジに持って行きその代金を支払った。
レジの店員が店のロゴの入った紙の袋へ入れようとするのを
耕一は「そのままでいいです」と言って断わると、
店員の見ている前で、今買ったキャンディーの袋を
肩から斜めに提げた自分のバッグへ入れた。
彼をこの店に連れて来たら
とても面白がるだろうなと耕一は思った。
お互いにそれぞれの抱える仕事が、
このところにわかに忙しくなってきていて、
しばらく彼と会えない週が続いていた。
今度の週末にはようやくふたりが会えるかなと思っていると、
耕一が急な出張に出掛けることになったり、
また、ある時には彼の方が休みを返上して
仕事をすることがあった。
今週になっても
やはり週末はお互いに忙しく、
ようやく取れた耕一の休みも週の中ほどになった。
彼は耕一に合わせて休みを取りたがったが、
その日はどうしても抜けられない仕事のために
早朝からこの街にある自分の勤める会社にいた。
そして彼は、いつもの手馴れた仕事なので
午前中には十分に終わらせることが出来ると言い、
駅前にあるバスターミナルで待ち合わせをしようと
そう耕一に提案した。
そうすれば遅くともその日の午後には
ここでふたりは会うことが出来る。
耕一も彼のアイデアに喜んで賛成した。
耕一はアーケードを出て駅に向かって歩き出すと、
羽織っていた薄手のシャツを脱いだ。
容赦なく照りつけている頭上の小さな太陽が、
どこまでも真っ直ぐに射し込んで、
汗で光る耕一の肩を熱く焦がした。
彼の肌を覆う淡いブルーのタンクトップが
じわりと濡れてその身体にぴったりと
張り付いているように見えた。
首の付け根から背骨を挟んで肩から脇へと広がり
背中を厚く覆っている強靭に鍛えられた筋肉は、
彼が腕を振って歩く度に収縮を繰り返して
異様な大きさに盛り上がった。
ウエストから膝のあたりにかけて
少しルーズなシルエットにデザインされたジーンズの中では、
まるで人体模型をほうふつとさせるように大きく肥大した筋肉が、
両足全体にくっきりとその形を浮かび上がらせていて、
耕一がゆっくりと大きなストライドで歩く度に、
ジーンズの厚い生地を押し広げてその存在を誇張していた。
約束の時間ちょうどに
耕一はバスターミナルへ着いた。
綺麗に整備された駅前の広場は
煉瓦色の四角いタイルが規則正しく敷き詰められていて、
彼の乗った路線バスが到着するターミナルも
ちょうどその一角にあった。
広場の周囲には背の高い街路樹が植えられていて、
ときおり吹き抜ける風が
その大きく張った枝を上下に揺らした。
バスのターミナルには、
すでに人の列が出来ていて、
誰もがバスの到着を黙って待っていた。
耕一はその乗客の列から少し離れた場所に立つと、
肩に下げたバッグの中から先ほど買った
キャンディーの袋を取り出した。
透明の袋の中には一粒ずつ小分けに
包装された飴がいっぱいに入っていて、
耕一はその中のひとつをつまみ出すと
パッケージを破いて中の飴を自分の口に入れた。
街路樹の間を通って来た風が、
広場の中心へ向かって吹き抜けていった。
この街の匂いを含んだ熱く乾いた風は
耕一の焼けた肩を撫ぜたあと、
バスを待つ乗客の持つ華奢な日傘を揺らした。
ほどなくすると、
広場の右端にある信号を通って、
クリーム色した路線バスが進入して来た。
そしてそのまま、
今しがた客を乗せて走り出した
地元のタクシーの後ろについて
ゆっくりとターミナルへ向かって進んだ。
バスを待っていた乗客たちが、
それぞれの荷物を手に持ち直して
自分達の並んでいた列の間隔を詰めはじめると、
耕一の周りには誰も人がいなくなった。
バスはターミナルの手前で限界まで減速した後、
もう一度ゆっくりと前進して止まった。
太陽を照り返すクロームメッキの窓枠が、
鈍く輝きながら小刻みに揺れた。
耕一はバスの乗降口がちょうど正面に見える位置に
両足を大きく広げて立ち
胸の前でしっかりと腕を組んだ。
日差しを白く反射するバスの窓の中には、
ここでバスを降りようとする人の影が
それぞれに立ち上がって中央に集まるのが見えた。
乗客を降ろすために
バスの中ほどにあるドアが開くと、
最初に乗降口近くの優先席に座っていた年寄りたちが
ステップの脇の太い手すりに掴まりながら降りてきた。
耕一は、先ほど頬張った飴をゆっくりと
口の中で転がしてみる。
砂糖とは違う人工的な甘さが口に広がった。
彼は乗客の一番最後にひとりバスを降りてきた。
バスの中からすでに
腕を組んで立っている耕一の姿を見つけていたらしく、
強い日差しの下で彼は眩しそうに目を細めながら
いつもの人懐っこい笑顔で片手を上げると、
耕一へ向かって真っ直ぐに歩いて来た。
背後から強い風が吹いて
彼の着ているシャツの裾を翻(ひるがえ)し、
広場いっぱいに鳴いていた蝉の声は
一斉に聞こえなくなっていた。
耕一は下の顎に力を込めて口の中の飴玉を砕いて割った。
よく熟れた桃の香りがした。
これ以上ないほどの幸せが
耕一の顔いっぱいに広がった。
おわり
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このような稚拙な文章を最後までお読みいただき
こころよりお礼申し上げます。
最初にもお話したように、
この物語はおそらくこの自分自身にとっての
おとぎ話といいますか、
ほんのひとときの「夢」なのだと思います。
どうしようもなく暑く湿った夏の風の中で
こんなふたりのこんな関係があったとしたら
それはささやかな一服の清涼剤となってくれるのではないか。
そんな事を願いながら
この物語を書き進めていたように思います。
耕一と彼のふたりの関係においては
ドラマティックな場面はどこにもありません。
ただ淡々とふたりの時間が流れてゆくだけです。
でもその生活の中には当然として
嫉妬や喧嘩や我侭な感情なども起こるのですが、
もうすでに彼らふたりは大人なのです、
大抵のことは自分の中で整理をつけることが出きるのです。
そしてその事が結局のところ
お互いの幸せというものに繋がってゆくのだということを
理解しそしてそれを実行する理性というものこそ
本来の意味での大人の男というものではないかと、
そんな希望も込めて書きました。
そして、それらの成熟した理性というものを
大きく包んでいるものが極度に発達した肉体だとしたら、
その姿は一種のエロスだと言ってもいいのかも知れません。
最後までお付き合いいただきまして
本当にありがとうございました。
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