ターザンが教えてくれた

風にかすれる、遠い国の歌

白い雪が降ってきた  4

2009-01-14 17:24:35 | 物語という昨日



耕一が自分たちの部屋のドアを
後ろ手に閉めノブから手を離すと
扉をロックする小さな硬い音がした。

ほんの僅かな時間その部屋にいなかっただけなのに
ベッドのシーツは驚くほど白く見え、
部屋の中の空気もこころなしか
そこにいるふたりにまだ馴染んでいないような
そんな心地良い新鮮な感触があった。

先ほどジムで使った着替えやシューズを
自分のバッグに仕舞い終えたところで
彼が「腹が空いた」と言い出した。

「そうだな、ひとつ飯にするか」

耕一はそう言いながらベッドサイドの時計を見た。

オレンジ色に数字が灯ったデジタル時計は
夕方の5時30分を示していた。

サイドテーブルの上に置いてある
ホテルのパンフレットを見てみると
ジムの一階下のフロアには
このホテルのメインダイニングをはじめ
他にも何軒かのレストランが営業をしていた。

店内の写真と共に記されている
それぞれの店の案内を丹念に読んでいた彼は、

「耕一さあ、しゃぶしゃぶなんてどうかな?」

そう言って耕一の顔を見た。

「お、いいな、旨そう旨そう」

「食べ放題コースがお勧めだって」

「ますますいいじゃねえか」

「よし、じゃあ、とりあえず決まりだね」

彼はそう言って
腰を掛けていた椅子から立ち上がると、
耕一と一緒に自分たちの部屋を出た。



レストランのあるフロアの
ちょうど一番奥にその目当ての店はあった。

日本風な構えの店の前には
「しゃぶしゃぶ食べ放題」
と書かれた看板があり
案内を待つ数人の客が立っていた。

「どうする?」

「いいよここで」

「他の店も見てみようか」

「おまえしゃぶしゃぶが食べたいんだろ、
 旨そうだよ、ここにしようぜ」

そう言って耕一は彼を促した。

店の中から和服を着た女性が出て来ると
耕一たちの前にいた客を店の中へと案内して行った。

続いて今度は先程よりも年配の女性が現れると、
たいへんに美しい所作でお辞儀をしたあと
ふたりを店内に招き入れた。

客席がどれもほぼ埋まっている店の中で
一番奥の方にある大きなテーブル席までふたりを案内すると、
その年配の女性は耕一と彼それぞれに
メニューを広げて渡しながらこの店の料理を紹介した。

耕一と彼が食べ放題特上コースというものを選んで注文すると、
その女性はふたりの大きな身体を見ながら
「どうぞたくさん召し上がってくださいね」
と言って朗らかに笑った。

運ばれてきた料理はとても満足するもので、
彼も耕一も心ゆくまで楽しんでいた。

ふたりのテーブルには
まだ肉の盛られた皿が十分に並んでいるにも関わらず、
先ほどふたりを案内した年配の女性は
忙しく店内を行き来しながら
「お代わりはいかがですか」と
そう頻繁にふたりに声をかけた。

時間をかけてたっぷりの食事を堪能したあと、
最後に出てきたかぼすの香りのするというシャーベットを
彼が耕一の分まで食べ終えたら
ふたりは席を立って会計を済ませるとその店を出た。

中央に広い吹き抜けがあるそのフロアを
ちょうど半周ほど歩いてふたりはエレベータに乗った。

他に乗客のいないエレベーターは
ドアが閉まって滑らかに下降を始めると、
操作パネルの上に表示される階数の数字が
軽快に同じリズムで変わっていった。

エレベーターのドアが開き
ホテルの長い廊下を歩いて
一番端にある部屋まで来ると
耕一はジーンズの尻のポケットから
部屋の鍵を出し扉を開けた。

ふたりが戻ってきた部屋の中は
すっかり暗くなっていて、
天井のダウンライトを点けるために
彼は壁にある照明のスイッチに手を伸ばした。

ライトが点り部屋が明るくなったあとで
再び耕一がスイッチを落とす。

部屋の中が一瞬だけライトに照らされて飴色に染まったあと
またすぐに暗くなった。

耕一は後ろから彼の身体に自分の太い腕を回し
その腕に力を込めて次第に強く抱きしめていった。

密着した皮膚の熱さとかすかに伝わる鼓動が
耕一から彼の身体へ流れ込むと
ふたりの中で小さな火花が弾けた。

耕一は彼の体を自分の方へ向かわせ
その両肩を自分の足元へ向かって少しだけ押し下げた。

彼は耕一が何をしようとしているのかを理解すると、
自分の手で耕一の太ももを掴みながらゆっくりと腰を下ろし
両膝を床についてひざまずき顔を上げて耕一を見た。

耕一の手が自分の腰の位置にある彼の頭を掴んで
そのまま上を向かせ顔を近づけると口付けをした。

耕一が姿勢を戻し両足を開いて真っ直ぐに立つと、
今度は彼の手が耕一の膝から腰へ滑り、
そして股の間にあるジーンズのボタンを上から順に開けていった。

ゆるく口を開いたジーンズの隙間に両手を差し入れると
彼は一気にそれを広げその中にある膨らみに自分の顔を近づけた。
耕一の足の付け根を手で強く掴み自分の頭を前後に動かし始めると
次第に彼はその行為に夢中になっていった。

耕一は部屋の真ん中で仁王立ちになり
相手の動きに合わせて自分の腰を突き出し続けた。
物音のしない部屋の中で
時おり漏らすふたりの息使いだけが響いてた。

その行為を始めてから
何度かの高まりをやり過ごしたあとで
耕一は一度深く息を吸うと
自分の下半身に力を入れた。

太ももの筋肉が引き締まって大きく動き
それにつられるようにして
今度は左右の膝が小刻みに震えた。

両手で彼の手を強く握り
目を閉じて自分の顎をわずかに上げると
耕一は低い声で相手の名前を呼んだ。






部屋の照明を消しているので
街の灯りに照らされて白く煙った景色がよく見えていた。
固く結晶になった小さな雪が
彼の目の前で窓のガラスにはね返されると
そのまま地上までこぼれ落ちて行った。

鮮やかなブルーの小さなショーツだけを身に着けている彼は
しばらくそうやって窓の外を眺めた後
部屋を横切って備え付けの小さな冷蔵庫を開け
その中にある冷えた水のボトルを取り出した。

片手で透明なボトルを持って
プラスティックのキャップをねじ切り
自分の口にあて中の水を口に含んだ。

両方の頬を膨らませたまま
含んだ水が自分の体温と同じ温度になるまで
しばらく待ったあとで一気に飲み込んだ。

バスルームから洩れ聞こえていた音が止まって
シャワーを浴びていた耕一がバスルームの扉を開けた。
バスルーム一杯に充満していた湯気が
淡い雲のように煙って通路まで流れ出した。

耕一が自分の濡れた頭を大きなタオルでぬぐいながら
「雪はどうだ」と訊いた。

彼はもう一度窓の外へ目をやり
そして再び部屋の中を振り返ると
耕一の口調を真似て

「止みそうにねえな 空がすげえ低い」

と大きな声で言った。

耕一が笑い、そして彼も笑った。

         




   「白い雪が降ってきた」  


               おわり










   あとがき-------------



大昔の日本には現代の我々で言うところの
「愛」という意味を持つ言葉はありませんでした。
それが江戸時代に入り、英語の「Love」を
翻訳しなければいけないということになった時に、
そこで初めてこのたいへんに複雑な意味を持つ
「愛」という言葉が人々の間で
使われるようになったのだそうです。

人間の持っている感情の中から、
情けや、思いやり、慈しみ、親しみ、そしていとしさ、
そんな様々なものを注意深く分類して選り分けてみる時に
その中には本当にこの愛と名付けるべきものがあるのだろうか。
本来人々が口にするひとつの単語は、
他のどんな言葉でもってしても決して言い表す事のできないもの、
それなのに、この愛という言葉は、
人が文字として、また、話す言葉として表現するほどに
その本質が捻じ曲げられ意味を失うように思えてならないのです。

人が生きているということは、
常に何かを表現し続けるものだとぼくは思っています。
言葉を通して、声を通して、視線を通して、
仕事を通して、家族を通して、社会を通して。
そうやって自分が生きるこの時代の中で
みんなそれぞれが自分の役割や自分の意味というものを
ずっと表現し続けてゆくのだと
そんな風にこのぼくは思っているのです。

ですから、
人はこの自分の中にあるはずの愛というものを
自ら外へ向かって表現しようとするためにこそ
その相手となる他の誰かを求めるのかもしれない。

大陸には高気圧が居座って
日本列島へ向けて厳しい寒さの北風を吹き込み、
気温が下がった夜半には小さく凍った粉雪が舞いはじめます。
白い雪は地面に届く間もなく風に煽られて
寝静まる夜の中に消えて行きます。

そんな冬の時刻には
自分の側に誰かいたらいいなと
自分のこの傍らに人の温もりがあったらいいなぁと
ふとそんなことを思ってしまうものなのです。




   -------------




今回タイトルに使用した画像は
ECMレコードより発売されている
以下のCDジャケット写真及び
インナーブックレットの
イメージ画像をお借りしました。

そのたいへんモダンな
ヨーロピアンジャズの調べは
凍てつくような冬の夜に
とてもよく合うと思います。

ひとりの夜にも、
また、ふたりの夜にも
是非どうぞです。



Miroslav Vitous
Universal Syncopations

Jan Garbarek soprano and tenor saxophones
Chick Corea piano
John McLaughlin guitar
Miroslav Vitous double-bass
Jack DeJohnette drums

Bamboo Forest
Univoyage
Tramp Blues
Faith Run
Sun Flower
Miro Bop
Beethoven
Medium
Brazil Waves

Recorded 2002-2003
ECM 1863








Jan Garbarek
In Praise of Dreams

Jan Garbarek tenor and soprano saxophones and/or synthesizers, samplers, percussion
Kim Kashkashian viola
Manu Katché drums

As seen from above
In praise of dreams
One goes there alone
Knot of place and time
If you go far enough
Scene from afar
Cloud of unknowing
Without visible sign
Iceburn
Conversation with a stone
A tale begun


Recorded March and June 2003
ECM 1880








 ゲイ小説

白い雪が降ってきた  3

2009-01-13 15:57:00 | 物語という昨日



ふたりは部屋を出てエレベータに乗ると
ホテルの一階まで降りた。

フロントと反対にある廊下を奥へ進んでゆくと
中庭に面して造られた感じの良いレストランがあった。
そこで、その店の時間的にはランチだが
このふたりにとっては遅い朝食を注文して食べた。

ライ麦の入ったバケットを焼いて
チーズとトマトをはさみ、
オリーブオイルで味付けしたサンドウィッチ。

羊の肉に香草とスパイスを磨り込んで
そのまま串であぶり焼にしたもの。

ゆで卵とツナと海草のサラダ。
デザートにはヨーグルトとコーヒーを選んだ。

サラダにはドレッシングをかけないこと。
そしてまた、ヨーグルトも上に乗せるジャムを省いて欲しいと
耕一が注文を取りに来た従業員に頼んでいた。

注文した食事がテーブルに運ばれて来ると、
その旨そうなとても良い香りに
自分たちが実はたいへんに空腹だった事をあらためて気付かされ
大きな皿に盛られた料理を次々にたいらげていった。

昼食時だというのに、
このふたりの他には周りのテーブルに客の姿はまばらで、
雪の日の街の静けさがこの建物の中にまで
入り込んで来ているように思えた。

耕一がコーヒーをもう一杯頼むと、
コーヒーのサーバーを手にした従業員がやって来て
ふたりのカップに熱いコーヒーをたっぷりと注ぎ、
「どうぞごゆっくり」と言った。

腹ごしらえが終わると
ふたりは再びエレベーターに乗って自分たちの部屋へ戻り、
それぞれにトレーニングのための準備を整えたら
もう一度エレベーターに乗ってこのホテルの最上階へ向かった。

ほんの2ヶ月ほど前に耕一が入会しているトレーニングジムが
この高層ホテルに新しく店舗を開いた。
本来なら、この新しいジムを利用するには、
そのスポーツジムとしては最高級の設備の為に、
この店舗にだけ通用する驚くほど高額な
利用料を収める必要があるのだが
今年いっぱいの期間に限っては、
耕一の通うトレーニングジムの会員証があれば
そのままでふたりとも入館ができるようになっていた。

ホテルの最上階を示すエレベーターの数字の横には
そのスポーツジムの名前の入ったプレートが埋め込まれていて
ふたりの乗ったエレベーターが到着すると
軽快な電子音と共にそのプレートが光った。

レセプションと表示されたジムの受付で
耕一が自分の会員証を見せると、
対応した若い女性の従業員が丁寧に挨拶をして
そのあとふたりを奥にあるロッカールームへと案内した。

ふたりはバッグから取り出したトレーニングの為の服に着替えると、
ロッカールームを出て同じフロアにある
ジムエリアへ向かって歩いた。

このスポーツジムはビルの最上階のフロアすべてを使って
トレーニングのための最新の設備が備えてあり、
それらの中でも最も人気を集めていたのが
大きな屋根自体がスライドして開き
青空の下でもって快適に泳ぐことの出来るプールだった。
今日は雪のためにその自慢の開閉式の屋根は
閉じたままだったが、それでも大きな壁一面の
ガラスのタイルを通して雪景色が見える中で泳ぐのは
とても快適に見えた。

床一面にマットを敷いてある部屋で
ストレッチを繰り返して入念に身体をほぐしたあと、
ふたりはジムエリアに備えられた機器を確かめ
これから自分たちが行うそれぞれの
トレーニングメニューを決めていった。

傍目には自分自身に苦痛を与えているとしか思えない
筋肉を大きく肥大させるためのハードなトレーニングを
ふたりはただ黙々と続けた。

太いバーベルのシャフトの両端に
丸い円盤の形をした重りが何枚も重ねてあり、
息を吸い腹筋に強い圧力を加えると、
あとは己の筋肉を限界まで収縮させながら
渾身の力を込めてそれを持ち上げ続けた。

ウェイトによって大きな負荷を掛けられた筋肉に
血液が大量に流れ込むとそれを熱く脈打たせ、
日に焼けた褐色の肌を大きく膨らませた。

全身の筋肉が悲鳴をあげて軋(きし)んだ。

ふたりのトレーニングがその強度を増して
一段と佳境に入ってくる頃には、
周りの男たちがふたりを遠巻きに取り囲んで見物を始めていた。

およそ2時間ほどかけて今日のメニューを終えたふたりは、
真新しい大浴場に行き汗を流して身体を洗った。
美しく磨かれた大理石の大きな湯船に肩まで浸かると
その湯の心地良さに思わず声が出た。

過大な負荷によって損傷を受けた筋肉の繊維が
熱い湯で暖められて少しずつその柔らかさを取り戻し始めていて、
湯の中で身体を伸ばすとたまらない心地良さが全身を巡った。

ロッカールームに戻り着替えを済ませたところで、
トレーニングウェアを着た青年に声を掛けられた。

その青年は
先ほど遠巻きで眺めていた中のひとりらしく
ふたりの身体を見てそれを手放しで褒めると、
自分は最近ジムに通い始めたばかりで
トレーニングに関してはまだあまりよくわからないこと。
どうすれば効率よく自分の身体をつくる事ができるのか、
そんなことを非常に丁寧な言葉で質問した。

その青年の質問に対して主に彼の方が答え、
あまり真剣にその話を聞く青年のために
実際にお手本を見せるという事になった。

「じゃあ、ちょっと行ってくる」

彼は耕一にそう言うと、
恐縮する青年を促してジムエリアの方へ歩いて行った。

耕一は最後にジーンズを履きおえると
彼らと同じドアを出てジムエリアとは
反対にあるバーカウンターへ歩いた。

中にいた女性の店員に耕一は
「プロテインシェイクをひとつ」と言って注文すると、
女性の店員が「フレーバーはどれになさいますか」と
手元にメニューを広げて指をさしながら訊いた。

「じゃあ、このフレンチバニラディライトで」

「はいフレンチバニラディライトおひとつですね」

女性は耕一を見ながらそう答えると、
店の奥にあるミキサーに水とプロテイン
数種類のビタミンの粉末を加えてよく攪拌し
それを大きなグラスに移して耕一の前に差し出した。

耕一は代金を払ってグラスを受け取ると
カウンターにある背の高いスツールに
腰を掛けてそれを飲んだ。

空になったグラスをカウンターに返すと
今度は先ほど青年と彼が歩いて行ったジムエリアへ向かった。

中ではちょうどその青年がベンチプレスに
挑戦をしている最中だった。
青年は汗を噴き出しながら真剣な面持ちでバーベルに掴まり
懸命に力を入れている上腕が細かく震えていた。

結局それから小一時間ほどかけて
ふたりはその初心者の青年のトレーニングに付き合う事になり
怪我をしない方法や効率的なメニューの組み方などを
そこでできるだけ教え込んだ。

上気した顔から汗を滴らせながら
青年はふたりに対して今日の礼を言い
最後に腰を深く折ってお辞儀をした。

耕一は、
そのままふたりをバーカウンターへ連れてくると
先ほどと同じ女性の店員に、

「プロテインシェイクふたつ、
 フレーバーはフレンチバニラディライトで」と言った。

出来上がってきたグラスをその青年と彼に持たせると
「おつかれさん」といってそれを勧めた。

そしてふたりに一歩近づくと真面目な顔で

「洒落た名前だが、ただのバニラだ」と言った。                       




               つづく


ゲイ小説

白い雪が降ってきた  2

2009-01-12 20:46:57 | 物語という昨日


途中で一度ホテルのルームサービスで頼んだ
遅い夜食を揃って食べた以外は
ふたりは時間を忘れてずっとその行為にのめり込んでいた。

お互いが会うことができなかったのは
ほんのひと月ほどだったのに、
それでもこうやって相手の身体に触れその肌に唇を滑らせると
なんとも懐かしいようなあたたかな匂いがした。

その懐かしい肌の匂いは
鼻から深く吸った息に溶け込んで、
そしてそれは喉から胸を通りへその下まで降りて行くと
最後には耕一自身を尚更に熱くさせた。

耕一の腕に抱かれた相手の彼の右肩のあたりが
ベッドサイドの小さなランプの明かりに照らされて強く陰影が付き
丸く盛り上がった筋肉の塊りがいっそう大きく見えた。
上に乗しかかっている耕一の背中をその手の平で撫ぜる仕草につれて
その筋肉の塊りは滑らかに膨らみながら伸縮を繰り返した。

彼の肉体は耕一の身体に比べるといく分小柄に見えたが、
その代わりにたいへんにバランスのよい骨格を持っていて、
それを支柱にしながら柔軟で美しく発達した筋肉が
彼の身体をこれ以上ないほど官能的に仕上げていた。

身体のトレーニングなどをしていない人々から見たら、
おそらくこの彼の方がマッチョな身体だと評されることが多い。
耕一の身体はあまりにその筋量が大きくなり過ぎていて
人々の中にはその姿に抵抗を示す者が少なくなかった。

暖かく快適な温度に保たれたホテルの部屋の中で
ふたりはお互いの身体を心ゆくまで堪能しようとしていた。
どちらかが昇りつめてしまわないように
うまく手加減を繰り返しながら
なるべく最後までの時間を引き伸ばそうとした。

大きなベッドに掛けられたブランケットは
全部剥がされて部屋の隅に飛び散ってしまい、
その下にある清潔な白いシーツは、
ふたりの汗で濡れた身体にまとわりついては
その激しい動きのために引き伸ばされて
細かな皺をよせながら透明な染みを作っていった。


「何か飲もうか」

耕一がそう言ってベッドから起き上がったのは
深夜というよりももうすでに明け方の方が
すぐ近くなっている時間だった。

「ああ、何か熱いものがいいな」

彼はそう答えると自分もベッドを出て
サイドボードにある湯の入ったポットを確かめると
その脇に用意されている数種類のティーバッグの包みを見つけた。

「お茶があった」

「俺にも淹れてくれ、喉が渇いた」

彼はホテルの名前の入った小ぶりのマグカップを取り
ポットの湯を注ぐと、そこへ緑色のアルミパックを破って
中にある紐の付いた日本茶のティーバッグをその湯の中へ浸した。

白い磁器でできたマグカップの中で
透明な湯の中に日本茶の色がゆっくりと滲み出した。

彼はカップを二つとも手に持つと
そのひとつをベッドの端に裸で腰掛けている耕一に渡した。

そして自分はその場に立ったままで
熱い湯気の昇るマグカップに息を吹きかけ
そろそろとカップの縁に口をつけた。

その姿を見て耕一は思わず笑った。

「おまえいいぞ、その格好」

「マッチョな男がこんな真夜中に
 裸でホテルの部屋の真ん中に立ったまま
 マグカップで日本茶をすすってるんだぞ」

そう言って自分も同じカップを手にしながら
もう一度声を上げて笑った。

「それも男と存分に楽しんだあとでな」

彼は耕一の言葉にそう付け加えると同じように笑った。


熱い茶を飲み終えるとふたりはその汗を流すために
バスルームに入り交互にシャワーを浴びた。

先にバスルームを出て部屋へ戻った耕一は
入り口の壁にある空調の調節パネルで
部屋の温度を少しだけ下げると、
床に散らばったブランケットを拾ってベッドの上に戻し
その中に自分の身体を潜り込ませた。

そこへ同じようにバスルームから出てきた彼が、
先ほどのパネルの脇にある
天井の照明のスイッチを全部落としたあと、
耕一の横たわるベッドの足元から頭を入れ
そのままブランケットの中を這い上がって
やがて耕一の隣へすっぽりと入り込んだ。

目を閉じてはいたがお互いに相手の体温を感じ
一緒にひとつのベッドの中にいるという
その感触を楽しもうとしていた。
静かで穏やかな闇がまだ熱気の残る
ふたりの身体をゆっくりと包んでいった。

「雪が降ってきたぞ」

そう言って耕一はベッドを揺らさないように
静かに起き上がると裸のまま窓へ歩いた。

まだ薄暗い夜の中を無数の雪が舞っていた。
外気の冷たさが窓のガラスを通して入り込み
ひんやりと床の上を流れていた。

耕一の背後でベッドが揺れる音がして
横たわる彼が自分の方を見てるのがわかった。

先ほどまではその上気したままの自分の身体が
内部から熱を持ったように火照っていたが、
こうやって裸で窓に立っていると
次第に落ち着きを取り戻していくのがとても心地よく思えた。

雪は積もりそうかと彼が訊くと、
耕一は降りしきる窓の粉雪を見ながら「おそらくな」と答え、
その後で「雪の降っている空がすげえ低い」と言った。

大きな窓ガラスの向こうで
雪雲は驚くほど低く垂れこめてどこまでも続いていた。
その低い空の下では
高層のビル郡が淡い灰色の影の中に沈んで
冬の寒さにじっと息を潜めて建っていた。

耕一が窓から離れて部屋の中を振り返ると
彼は上半身をシーツから出したままで
すでに眠ってしまっていた。

腰までめくれているブランケットを
彼の胸元へ引き上げてかぶせると
耕一はそこに立ったままでその相手の彼を眺めた。

彼は端正というかその歳のわりには落ち着いた顔をしていた。
常にどこかに腰の座ったような諦めともとれる
ある種の冷静さというものを持っていた。

それに対して耕一の方は激しい情熱型という一面を持っており
さすがに最近はその年齢からくる落ち着きというものが
うまくそれをカバーしているようだったが、
それでも時には、一旦何事かに夢中になると、
他には一切目もくれなくなってしまうというような
憎めない無邪気さを示すことがあった。

子供が遊ぶおもちゃのブロックのように、
お互いの出っ張りとへこみ、へこみと出っ張り、
そんなようなものがどれも絶妙にはまり合っては
どちらもが自分自身に無理をせずに自由に振舞えるという
ことにおいて、かけがえのない存在になっているようだった。

耕一は静かにベッドに上がり彼の隣へ横たわった。
彼の頭から先ほど使ったシャンプーの匂いがするなと
ぼんやりと思った瞬間に眠りに落ちていた。



寝返りを打とうとして、
自分の右の腕が横に寝ている
彼の背中に触れた感触で耕一は目を覚ました。

もう夜は完全に明けていて
ベッドサイドの時計を見ると11時を少し回ったところだった。

片足をベッドの端から床に下ろして
ゆっくりと身体を持ち上げると
隣の彼を起こさないように用心しながらベッドから出た。

窓の外を見ると明るいグレイの空間一杯に
風の勢いに乗った雪の塊りが大量に吹雪いていた。
この分だと今日一日は大雪になる。
昨夜エレベーターの中でホテルの従業員の言ったことが
おぼろげに思い出された。

部屋の中の温度がいく分下がっていて
耕一はひとまずシャワーを使おうと思った。
そのあとで彼を起こしたら
のんびりと食事にでも出掛ければいい。

部屋の入り口にある空調のパネルで
室温を少しだけ高く設定し直すと、
バスルームの洗面台で歯を磨き
そのあとで熱いシャワーを丹念に浴びた。

バスルームから出て来ると、
ベッドの上では彼が目を覚ましていた。
バスタオルを腰に巻いて部屋へ入ってきた耕一を見ると
彼のその目元がやさしく崩れ、
微笑みながら「おはよう」と言った。

「おう。よく眠れたか」

「ああ、爆睡だよ、爆睡」

「そうだろうな、あれだけお乱れになったんだもんな」

耕一は笑ってそう言うと、
自分の腰に巻いてあるバスタオルを片手で取って
そのあらわになった腰を左右に大きく振って見せた。

彼はそれを眺めながら、
まだ少し眠い顔のままでその目元をますます崩し
耕一に向かって声を上げて笑いかけた。



                つづく




ゲイ小説

白い雪が降ってきた  1

2009-01-11 08:08:48 | 物語という昨日



お越しくださいましてありがとうございます。

これから先の文章には
同性愛についての内容や
また、若干猥褻な表現が含まれています。

それらをご了承いただきお読みいただければ幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします。


 -------------------------------------b-minor




「白い雪が降ってきた」



耕一は凍えるように冷たく磨かれた
ホテルの窓の前に立つと
そのガラス一枚だけ外にある冬の景色を眺めていた。

天井の照明はどれも落としてしまっていたので、
まだ完全に夜が明けていない部屋の中は暗く、
ベッドを覆ったシーツも
昨夜上着を掛けたままのソファーも
そのまま薄暗い空間の中へ沈み込んでいた。

窓辺に立っている耕一の姿は
くすんだ藍色にぼんやりと見えて、
胸の辺りが色付くほど上気していた耕一の身体が、
次第に冷えてきているのがわかった。

先ほどのふたりの体温が残ったベッドの中で
恋人の彼を腕に抱きながら
けだるい疲労感に眠りに落ちそうになるところで
耕一は窓の外に雪が降り始めているのに気付いた。

窓の方へ背を向けて横たわっている彼の耳元に
「雪が降ってきたぞ」と耕一は囁くと、
裸のままベッドを出て窓へと歩いた。

高層のホテルの大きな窓の外には
もう少しで夜が明けるという時刻の鈍い明るさの中、
低く重い灰色をした冬の雨雲がずっと続いていて
そこから小さく凍った雪の結晶が降り始めていた。
固く冷えきった空気の中を白い雪がゆっくりと落ちてゆき
やがて暗い街並みの中へと消えていった。

「積もりそう?」

ベッドの中の彼がそう訊くと、

「ああ、おそらくな。
 雪の降っている空がすげえ低い」

耕一は窓の外を眺めたままで答えた。

彼はブランケットから上半身を出したままで
自分の体勢を窓の方へ向け直した。
窓の外の灰色に濁った空間に
小さな粉雪が無数に舞っているのを確認したあと、
その視線を裸で立っている耕一の後姿に移した。

身体全体を均等に鍛え上げた耕一の肉体は
どの部分もが太く肥大した筋肉で覆われていて、
耕一がその身体に力を込めると
とたんにそれらが大きく盛り上がって動き出した。

こうやって極端に肥大した男達の身体からは
荒々しく動物的な印象を持つ事が多いのだが、
耕一の場合にはその満遍なく綺麗に発達した筋肉のおかげで
美術のテキストに載っているような彫刻の像を思わせ、
それを見るものにある種の静かな迫力を感じさせた。

今はこうして静かに窓の外を眺めているだけなので
耕一の身体の表面には滑らかな隆起が見えているだけだったが、
両足で立ってるふくらはぎの部分だけが、
はっきりとその筋肉の形を示すように
強く緊張しているのがわかった。



いつの間に眠っていたのだろうと彼は思った。
昨夜は耕一の後姿を見ているうちに
そのまま眠り込んでしまったらしく、
目を覚ましてみると部屋の温度が下がっていて
ブランケットから出ている肩が少し冷えていた。

窓の外は夜が明けてすっかり明るくなっていたが、
そこには大量の雪が白い塊となって風に煽られ
音もなく窓ガラスに吹き付けているのが見えた。

静まった部屋の中に耕一の気配は無く
部屋を出たドアの向こうにあるバスルームから
時おりかすかに水を使う音がしていた。

彼がベッドサイドに置かれたデジタル表示の時計を見ると
もう15分ほどでちょうど正午になるというところだ。

昨夜遅くに都心にあるこのホテルのロビーで
耕一と彼はおよそ一ヶ月振りに待ち合わせをした。
メールや電話での会話ではいつでもすぐに
遠慮のないやりとりが出来ていたので
お互いが会う時間が取れない間でも
あまり寂しいと感じることはなかったが、
やはりこうやって実際にその相手を目の前にすると
自分の気持ちの中にやわらかく温かいものが
とろりと広がってゆくのを感じた。

ふたりでホテルのフロントへ行き
耕一が自分の名前を告げると
ホテルの従業員は
手元のキーボードを操作して予約の確認を行い
名前を記入するためのペンを耕一に差し出すと
ごく自然な笑顔で宿泊の礼を述べた。

チェックインを済ませたふたりは
そのまま別の従業員に案内されて
上階へ向かうエレベーターへ乗った。

「お客さまはお車でいらっしゃいますか」

そう案内の従業員が尋ねると、

耕一は「いや、違います」と言った。

「失礼いたしました。
 明日の朝にかけて
 ひどい雪になる予報が出ておりまして、
 道路の凍結も心配されますので
 今夜は皆様にお尋ねしております。」

従業員はふたりを交互に見ながらそう言った。

足音のしない長い廊下を歩いて
フロアの一番端にある部屋へ案内されたあと
部屋の説明をひと通り済ませた従業員は
丁寧にドアを閉めて戻って行った。

部屋のちょうど正面は
床のすぐ上からそのまま天井まで届くほどの
一面の大きな窓になっていて、
部屋の天井に灯るダウンライトに照らされて
ホテルの部屋の中に立つふたりの姿が
明るい飴色に染まって映り込んでいた。


「髪が伸びたね」

自分の荷物を床に置きながら彼は耕一に言った。

「おお、ここのところ忙しくてな。可笑しいか?」

耕一が少しだけ伸びすぎた自分の坊主頭を手で撫ぜながら訊いた。

「いや、これぐらいがちょうどいいかもな。
 あまり短いとさ、耕一少し怖いからさ」

そう言って彼が笑いながら耕一の短い髪を掌で触って来た。

耕一はその彼の仕草に応えるように
自分の両手を彼の背中へまわすとその腕に力を込めた。
厚みのある相手の身体がその力に十分に反応して
彼も同じように耕一の腰に手をかけると
その腕に力を込め強く自分の方へ引き寄せた。

耕一は爆発しそうな自分の欲望を
ただ黙ってコントロールしているようだった。
彼の身体を両手に抱えたまま
できるだけゆっくりとベッドの上へ倒れ込んだあとも
時間をかけて着ている服を脱いでゆき、
相手の彼が何をしたがっているかを探った。
そしてしばらくすると、
大きなホテルのベッドが
ふたりの体重によって不規則に揺れ始めた。




               つづく




ゲイ小説

健やかに幸へ給へ

2009-01-11 08:04:53 | 日々


新聞の一面も
テレビのニュースも
どれもみな思わずうつむいてしまうような
元気のない話しばかりを伝えますね。

道を行く人誰からも
未来は暗いんだと言われ続けているようで
精一杯の笑顔さえなんだか胸を張ってはできなくて
顔を上げなくちゃ、前を見なくちゃと
気負うばかりに尚更に躓いてさ。


もしもレモンをもらったら、
という話しを聞いたことがありますか。

もしも神様から酸っぱいレモンをもらったら、
と言う話しを誰かに聞いたことはないですか。

そのままではとても食べる事のできない酸っぱいレモン、
できればもっとおいしいものの方がいいなぁって
誰もがそう思うわけですね。

でも、
でもさ、
この自分はその酸っぱいレモンを手にしてしまった。

いやだいやだと泣き喚くのか。
もっと他のものがいいと地団太を踏み続けるのか。

「もしも、神様から酸っぱいレモンをもらったら
 今度はそれでおいしいレモネードを作って飲めばいい。」

といいますか、それしかないじゃん?(苦笑)

そのように考える事の出来ること。
それこそが、
この自分のできることだと思うし、
この自分がここに居る意味なのかもしれないなぁ
なんてことをちょっと考えたりした年の始めでした。

生きとし生けるものをみな健やかに生かし給えと
そうこころから願わずにはいられません。



みなさま今年もどうぞよろしくお願いいたします。







などと
愁傷なことを言ってみたりしておりますが、
田舎に帰省するための飛行機のことを思うだけで
それはもう緊張と不安で倒れそうになる
この飛行機恐怖症の自分ですので、
空港での時間待ちでも何か気のまぎれるものはないものかと
懸命に探し回る中でふと思いついたのは例の「エロ小説」(笑)

目の前にある嫌な事を束の間でも忘れる事ができるなら
それはもう呆れるほどの集中力を発揮する自分なわけでして。

おかげで、
何とか筆もはかどり一応の形となったかなと言う感じです。

また再び皆様のお目を汚してしまいますが、
お時間がございましたら
最後までどうぞお付き合いくだされば嬉しく思います。

今回のお話はタイトルを「白い雪が降ってきた」といいます。

「彼の味がする」で真夏に登場したふたりのおとこたちが、
今回は寒い冬の一日を同じ空間の中で過ごすというものです。

自分の興味のあることを物語のニュアンスとして
あれやこれやと詰め込みましたので、
自分をよく知っている友人などからは
鼻で笑われそうな出来になりましたけど(笑)
まぁ、最初から言っている通りに
これは自分にとって御伽噺(おとぎばなし)ですから、
そのあたりのことに関してはどうぞ勘弁いただくってことで。


何卒よろしくお願いします。