ターザンが教えてくれた

風にかすれる、遠い国の歌

ララバイSINGER

2006-11-21 13:06:03 | 風に流される音楽もあった
   ら くにいきようとするほどに

   ら くにあるけるみちのゆくさきはとおい

   ば かなやつらといわれるものたちが

   い ちばんうつくしいえがおをしっているのだろうか


   し にたいほどにひとをあいしそしてひとをいつくし

   ん でひとをよろこびひとをだきしめる

   が んばってがんばってあるいたみちのりのずーとず

   ー とはるかうしろにはおさなきひのなつかしきひび


   な いてもわらってもずっとここまでいきてきたな

   か でこころにいまでもおもいだすのはわすれえぬ

   じ かんとすてさったきずのいたさだ

   ま たひとつまたひとつとしずかにとしをかさねて

   み ればまえをゆくひとびとののこしたこころのねいろ

   ゆ きすぎるあしおとにこのわたしのいのちをたしかめたら

   き のうのためかぜにのせふぶきにのせてうたをうたおう

   


   発売記念日記 2006/11/21




   NAKAJIMA MIYUKI OFFICIAL SITE でじなみ
   http://www.miyuki.jp/

   YAMAHA MUSIC COMMUNICATIONS
   http://www.yamahamusic.co.jp/goods.php?id=414&a_id=59

   BIGLOBE MUSIC 特集「中島みゆき」
   http://music.biglobe.ne.jp/special/0611/nakajimamiyuki/index-dn.html

   AOL ENTERTAINMENT MUSIC SPECIAL 中島みゆき
   http://entertainment.aol.co.jp/music/miyuki/index.html

   


花びらに映る陽

2006-11-12 22:30:45 | モノローグ
昨日の夜から関東平野は突風が吹きまくっておりまして、
今日も一日風の音が五月蝿いったらありゃしない日曜日です。
皆さんはいかがお過ごしだったでしょうか。

ワタクシ本日はちょっと嬉しい事がありましたですよ。
今朝、ユニクロのサイトを見ていたら、
このところずっと狙っていた今年のフリースジャケットが、
定価¥1,990-のところ期間限定で¥1,490-になってた。
それも12日まで、って今日じゃん。
慌てて駅ビルのユニクロまで買いに行きましたよ。

フリースって暖かくて軽くて大好きなんです。
ひと冬で使い倒しては毎年買ってるんだけどね。

いそいそと出かけた駅ビルの4階にあるユニクロ。
はじめはブラウンかなーとか思ってたんだけど、
実際に見るとなかなか強烈な茶色だったので、
結局いつものベージュMサイズに決定。
自分の持ってる服はほとんどがこのベージュ色なんだよね、
やさいしい感じがするし、なによりも色合わせを
あれこれ考えなくてもあまりおかしくないのが
いいなぁなんて思ってるんですけどね。
んで、家について、
ささ、新しいフリースに包まって、午後のコーヒーでも、
なんて思ったらさ、なんと肩が入らない、脇もキツキツでんがな。
えー!びっくり。本人が一番びっくり。
一年前はSサイズだったんだよー。
一緒にもらったカタログを見てみると、この今年のフリースは
タイトにデザインされていてシルエットが素敵になりました。
とか書いてあるんだけど、これちょっとタイト過ぎないかい。
っていうか、自分がデブになったの?
いやいやすべては筋肉だと思いたい。
これではどうにもならないので、さっきユニクロで
もうひとつ上のLサイズに交換してもらってきましたよ。
週に2日3日のジムを地味~に続けている成果を、
ほんの少しでもこうやって感じる事ができるのは嬉しいなぁ。

フリースジャケットをお考えの方は、
今年のユニクロフリース気をつけて下さいまし。
サイズがキッツイっすよ。すごく。
必ず店頭で、恥ずかしがらずに試着をお勧めしますです。

というわけで、ようやく新しいフリースを着込んで、
ぬくぬくいい気分でこの日記を書いたりなんかしてるわけですが。
これなかなかいい感じだなぁ。。。
そうそう、こういう感じ、こういうほっこりした感じ。
こんな風に家の中でひとり本を読んだりして
静かに過ごすのが一番好きなことっていうのは、
僕の場合、子供の頃からずうっと変わらないんだよね。
思えば、泥んこになって外で遊びまわるという事のない子供でした。
人一倍気は強くてなかなか激しい気性も持っているのに、
積極的に人の前に出て行く気にはなれずに、
他人が騒いだり喧嘩したりするのをじっと眺めてるような
冷めた感情が自分の中にあるのを味わうような子供だったかもなぁ。

でね、何を言いたいかっていうと。
自分はこんないけ好かない子供だったんだよって事ではなくて、
幼いころから変わらない自分ってあるじゃないですか。
良くも悪くもその人の性格や体質や癖。
そういうのって、大人になってもずっと変わらないこと
多いんじゃないかなぁって思うわけですよ。
ほら、表面上はさ、大人の常識やら社会性を発揮して
上手くやってるように見えてもさ、
いざという時の考え方や対処の仕方って
結局はいつも同じような事やってること多いじゃん。
その度に「まったく、おまえらしいよなー」とか
他人に言われたりなんかしてさ。

何か問題が起こったときなんかにさ、
ある人は、何が何でも自分ひとりで頑張らなくちゃと
すごく自己責任性を発揮するし。
また別の人は、そうだ友達に頼んで協力してもらおう。
とばかりに、周りに援助を求める。
これって、どちらが良いとか悪いって事じゃないんだよね。
自分で頑張る人は、責任感の強い立派な人だけど、
ある意味頑固だしその点で失敗する可能性は大きい。
周りに頼っちゃう人は、ま、甘えてるとも言えるし、
見ようによっては問題を仲間と上手く乗り切って行ける
逞しさというものかもしれないしさ。

こういう自分自身の傾向性って
そうそう簡単に取り替えられるものではないよね。
だからこそ、人それぞれの個性が表れるものだし、
人それぞれの持っている自分らしさというものが
その人自身を助けたり困らせたり時には愛しんだりして
自分というものを生きてゆくのかもね。

そう、この、自分らしさってやつ。
僕はひょんなことからこれを再確認する羽目になったんだけど。
今日は時間があるので、
ちょっとその事を書いてみたいと思います。

えーと、
僕が今やってるウェイトトレーニング、
これがすごく面白いってことは、
以前の日記に書いた通りなんだけど、
懸命に頑張れば少しづつではあるけれど
目に見える形で自分の身体が変化してくる感激。
これはもう本当にたまらない感動です。
トレーニングをやっていない身体に、
ウェイトによって負荷がかかり始めると、
その新鮮な刺激に人の身体は素直な反応を見せて、
はじめの1年ほどはぐんぐん成果を感じるんだそうです。
つまり身体が大きくなってわくわくするんだよね。
でも、残念ながらずっとその感激が続くわけではなくて、
次第にその刺激に対する慣れが出てきてしまい、
思うように身体の変化を感じる事が
できなくなってしまうんですよ。
そうです、ここにもあった「倦怠期」なんですね。

さあ、そこからどれだけ地道に頑張る事ができるかで
素敵な(!)マッチョになれるかどうかが決まるんだけど、
この世の中、
ニッコリ笑う魔法使いはやっぱりどこにでもいてね、
「そんなに真面目に時間をかけなくてもさ、
すぐにでもおまえに筋肉を持たせてあげるよ~」っていう
囁きがね聞こえてくるわけ。この耳に。
その魔法使いの名前は「ステロイド」。
オリンピックなどで厳しく禁止されているもので、
正式には「アナボリック・ステロイド」といって、
ハッキリ言っちゃえば、
ホルモンのバランスを異常な状態に追い込んで、
普通ではありえない効率で、
身体に筋肉を作らせる薬物ですね。
ふふふ、怖いでしょ、恐ろしいでしょ。
アメリカ合衆国ではこのステロイド剤は、
法律で禁止されているので使ったら捕まりますけど、
ここ日本ではまだ大丈夫。
なので使っちゃいました。てへっ!
(って軽く言わないと洒落になんないよ。。。)

僕が試したのは、
経口蛋白同化ステロイド・アナボルタブレットっていう、
その名の通りに錠剤を口から摂取するものだったので、
自分で注射するなんて事はなかったです。
もちろん副作用の事なども含めて、
2ヶ月ほどかけてネットで散々調べた結果、
これは一度体験してみようって決心しました。
このアナボルタブレットはスケジュールを組んで、
大体一ヶ月ほどに渡って摂取してゆくんだけど、
はじめて一週間くらい経った頃からかな、
だんだんと効果が現われて来ました。

まず、なんといっても疲れない。
トレーニングをがんがんやっても一向に疲れないので
逆に止めるタイミングが難しいくらい。
気持ちがとにかく前へ前へとアグレッシヴに変化。
怒りっぽくなり、細かな事がどうでも良くなる。
食欲、性欲の亢進。
常に身体がパーンと張っている感じがして、
どくどくと血液が巡るのを認識できる。
常に自分の強さを確かめたい衝動に駆られたりなんかして、
本気で誰かと喧嘩したら楽しいだろうなぁ
なんて思うようになっていました。

これじゃまるでいきがった思春期のガキじゃんよー。
って、今となっては自分でも呆れるんだけども、
そう、これが男性ホルモンの仕業なんだよね。
すごすぎ。もう僕じゃないもんね、この人。
自分自身の精神の変化にほんとびっくりしながらも
この感じよく味わっておこうとしてたかな。
だって、こんな風に攻撃的な気持ちになった事ないもん。

それまでね、人と争って我先に進もうとする人なんか、
どっちかって言うと突き放して見てた。
「よくやるなぁ~、たいへんだねぇ~」って感じでさ。
でもね、人と競争したい、人を蹴落としてでも先へ行きたい。
これって良くも悪くも男の性(さが)なんだよねー。
僕はそういうものをどちらかというと
これまで排除してきた人なので、
このことはものすごく貴重な体験になった。

と、ここまでは「ものすごく貴重な体験になった」
とか余裕で話したりしちゃってるんだけども、
実はこれからがたいへんだったのです。
(ちょっとネガティブな表現入るんで
そいうのいやな人は注意してくんさい。)

「うひょー、こんな気分はじめてだよー」
とか言いながら今までと違う自分を
楽しんでいる内は良かったんだけど、
一方には普段通りのよく知っている自分、
もう一方は有り得ない男性ホルモンに
すっかり支配された激しい自分、
このふたつの性質。
何とかつり合っている内はよかった。
でもだんだんと、
そのバランスが変わってきたから、さあ、たいへん。
例えるならば、
なんだかえらく勢いのあるもうひとりの誰かに
自分のこの心を乗っ取られるような感じ。
とにかく常に頭に浮かぶのは、
今までの引っ込み思案だった自分自身。
そいつを気性の荒い自分が責めはじめてしまった。

「もっとさぁ、がんがんいってればさ
もうちっとマシな人生になったんじゃないの」
とかさ、思っちゃうんだよね。
どうにもならない過ぎた過去を
後悔という名の心がさかのぼって行っちゃうわけ。
恐ろしいまでの悔しさと苦しみが心を渦巻く。
あのね、昔、知人の精神科の医者に聞いたんだけれど、
正常で健康な心と異常な病の心の間には、
ハッキリと境界線があるわけじゃなくて、
地続きにだらだらと繋がっているって事なんだそで、
それをこの時僕自身は辿ってしまったのだと思う。

普段人の中で生きていればさ、
落ち込む事も後悔する事もたくさんあるじゃん。
でも、その度にさ人は自分を慰めたり
ある時は自分自身を奮い立たせたりしながら
また明日もがんばってみようってさ思うわけじゃん。

そんなささやなかな希望の言葉さえも
後悔という名の大波に飲まれて行ってしまうわけ。
言葉はまるで砂粒のように波に翻弄され
波に掻き消されてしまうわけ。

癒し慰めという浄化作用である
人間の心のシステムがね、
全く働かなくなってしまうわけですよ。
これはね、ほんとうに恐ろしいこと。

自分の心が深い闇の中へ落ちてゆくのが
ハッキリと認識できた時に、
「あぁ、人はこうやって鬱(うつ)になるんだなぁ」
と思ったら叫んじゃってた。「助けて!」ってさ。

そんな恐ろしい魔法の薬にも
ちゃんと解毒剤は準備されています。
(ちなみに、それらの名前は、
抗エストロゲン剤の NOLVADEXと
同じくClomidという薬剤です。)
急いでその薬を飲んだ僕は、
結局その後一ヶ月ほどかかって何とか
元の懐かしい自分に戻ることができました。

通勤途中に見る桜の木の葉は
こんなにも綺麗だったんだなあ、とか
洗い立てのシーツはこんなも肌触りの
気持ち良いものだったんだなぁとかさ。
ほんの些細な事への嬉しさがね蘇って来た時。
あぁ自分は本来こなにも穏やかで、満ち足りていて、
ずっと幸せだったんだなぁって思ったらね、
安心してすごく泣いちゃったなぁー。

それまで自分自身でやっぱりどこかに
己を責める心があったと思うんだよね。
自分を叱咤激励するのとはあきらかに
ちがう、自分を責めるこころ。
もっと積極的にならないと駄目じゃん。
みんなおまえを追い越してどんどん先へ
行ってしまってるよ。とかさ。
でも、
これまでずっとこの自分自身を面倒見てきたのはさ
まぎれもないこの性格の自分なんだもんね。
自分自身を嫌うことなく、
自分自身を愛しむことは
本当に素晴らしいことだなと思えた瞬間でした。

魔法の薬ステロイドが残したものは、
ほんのちょっぴりの筋肉。
そして、
一生付き合う事になる自分自身の姿は
思うほど悪くなかったよ、という話です。

人ってまったく別人にはなれないんだよね。
その人の生まれ持った性質はずっと変わらない。
そして、その人らしさというものも
生涯ずっと変わらないものなのかも知れないと思うんです。
だからね、その自分の性質を疎ましく思ったりせずに
上手く付き合っていくしかないこと。
いや、いくしかないって言うような消極的な事ではなくて、
この自分自身が、
その自分らしさの最高の理解者になってあげようってさ、
今はすごくそんな風に思っているんです。

自分を愛し得ない人が、
他人を愛する事なんてできないと思うからね。
どうやって人を愛(めで)ることをおぼえてゆくのか、
その道のりが人それぞれって言うものかもしれないね。