secret boots

ネタバレ必至で読み解く主観的映画批評の日々!

トランセンデンス

2014-07-06 20:39:42 | 映画(た)
評価点:73点/2014年/アメリカ/118分

監督:ウォーリー・フィスター

それは「彼」なのか。

ウィル・キャスター夫妻はコンピューターの部門では他の追随を許さない研究者だった。
彼らが考えていたのは、PINNと呼ばれる人工知能だった。
ある講演会の日、同時多発テロが起こる。
犯人はRIFTと名乗る反情報化社会を標榜する集団だった。
狙ったのはコンピューター関連の研究施設だった。
ウィル・キャスター(ジョニー・デップ)も狙われて、狙撃されてしまう。
何とか致命傷は避けられたと思った矢先、その弾丸には放射能物質が込められており、数週間で絶命することが判明する。
妻のエヴリン(レベッカ・ホール)は彼の命を救うことを断念したが、殺された研究者が人間の意識をパソコン上にアップデートできる技術の開発に成功していたことを知り、ウィルの意識をアップデートすることを提案する。
試行錯誤を繰り返した結果、ウィルはパソコン上に現れて……。

クリストファー・ノーランが製作に携わったというSF作品だ。
様々なメディアで取り上げられているので、知っている人は多いだろう。
ずいぶん前から映画館の予告でも何度も流れていた。
クリストファー・ノーランの名前が出ている以上、見にいかざるを得ない。

同じ日に「her」を見にいって「なんだか似たような映画だな」と思ったが、こちらは正統派の超大作だ。
しかし、SFと思って見にいくとちょっと消化不良に陥る可能性がある。
スケールが壮大であるが、物語の焦点はそこにはない。
予告編がちょっと映画のテーマを誤解させるようなところがあるので注意が必要か。

監督のウォーリー・フィスターはクリスと何度もタッグを組んできた人である。
だから、クリスの映画に登場してきた俳優たちが何人か登場する。
パソコンについての知識はなくても楽しめると思うので、人間ドラマに注目して見ていただきたい。

▼以下はネタバレあり▼

同じ日に観た「her」がOSを通してリアルに向き合おうという話だったのに対して、こちらは生きている人間をネットに閉じ込めて、現実から目を背けようという話のように思える。
偶然とはいえ、同じコンピューターを題材にしながら、かなり対比的な映画である。

この物語をSFと捉えてしまうことに私は強い違和感がある。
この映画は、語り手を務めるマックス・ウォーターズ(ポール・ベタニー)が最初と最後に語るように、キャスター夫妻のラブストーリーだと思うのだ。
そうでなければすっきりしないところがあるし、そうであるからこそこの映画は悲しいのだと思う。

話をもう一度整理しておこう。
PINNの制作によって世界を変えたいと思っていた夫妻は、不幸なことにテロリストに襲われてしまう。
人間の意識をアップデートしてその危機から救い出そうとしてエヴリンはウィルの意識とPINNとをつなぎ、ネットワーク上にあげてしまう。
それを「ウィル」だとしているのは、実はエヴリンただ一人で、ネットワーク上の至る所にいるのにもかかわらず、その「存在」を認めるのは一人という奇妙な状態になる。
これは一種の密室ともいえるような状況だ。
そして、ウィルは自分の王国を築こうとする。
研究所を何もない平たい土地に築き、膨大な量子コンピューターによってナノテクノロジーと再生医療の技術革新を進めていく。

それに対抗しようとするRIFTはあまりにも脆弱だ。
そして彼らの実態は驚くほど曖昧にしか描かれていない。
ポイントになるのはFBIのブキャナン捜査官(キリアン・マーフィ)だ。
アメリカの捜査官とテロリストが手を組んで、ウィルを追い詰めるという設定は確かに興味深い。
しかし、ここで違和感を憶えるのは私だけではないはずだ。
これほど大事(おおごと)になっているのに、なぜ捜査官一人の単独行動のようにしか描かれないのか。
あるいは、大事でなかったとしても、なぜ捜査官とFBIがそう簡単に手を組んでしまうのか。
ウィルとの闘いを描こうとするなら、あるいはウィルが本当に人工知能の恐ろしさを象徴するなら、この対立構造はあまりにも脆弱だ。
映画としてあまりにも弱い。

この映画がSFでないというのはそういう意味だ。
もし真正面からこのアップデートされたウィルを、人類の危機として描くなら、そこにテーマがあるならば、このテロリストと捜査官の連合軍は貧弱すぎる。
少なくともウィルの「弱点」と「課題」を浮き彫りにするほどの「敵」となり得ない。
言い方を換えると、ウィルと対峙すべき〈他者〉とはなり得ない。
SF好きの人なら、きっとこの映画は好きになれないのではないか。
だってSFじゃないから。

では、この映画のテーマはどこにあるのか。
何を描かんとしてこのような脆弱な「敵」を用意したのか。

私はこの映画をラブストーリーだと思った。
それはウィルというアップデートされたPINNにある。
アップデートされたウィルは本当にウィルだったのだろうか。
モーガン・フリーマンが直感的に「ここから逃げろ」とエヴリンに訴えた意味は何だったのか。
ウィルはやはり死んでいた。
ネット上に広がった「ウィルなるもの」はウィルそのものではなく、ウィルを望んだエヴリンが生み出したものではなかったか。
そう考えると全てに合点がいく。

エヴリンはウィルを望んだ。
とても深く愛していたから。
そしてアップデートに成功したが、それはエヴリンの考えや願望、意識が色濃く反映されたものだった。
おそらくエヴリンが望む形にPINNが進化したのだろう。
したがってネット上に広がったウィルは「エヴリンが望んだウィルの幻影」となった。
エヴリンは「世界を変えたい」と考えていた。
ウィルなるものは、世界を変えるべく、ナノテクノロジーで世界を浄化させることが可能になった。

ウィルが進化して人類に影響を及ぼし始めたとき、はじめてエヴリンは気づく。
それはウィルそのものではないのだということに。
この物語は、「人口知能の及ぼす恐怖」では決してない。
「エヴリンがウィルの死を受け止める物語」なのだ。
そして、その愛の限界が見えたとき、ウィルなるものは、エヴリンを再生させることで自死する。
ここでもエヴリンが作り出したウィルであること(エヴリンのために進化したウィル)がわかる。
なぜなら、彼は自分がエヴリンを救えばウィルスによって自死してしまうことを承知していたからだ。
それでも彼女を救おうとする。
かくして、世界を変えたいと望んでいたエヴリンの言うとおりに、世界は全てのIT機能を停止して、アンプラグド状態に戻る。
その決断は、ウィルの決断でありながら、エヴリンの決断なのだ。
RIFTのメンバーが「あいつは誰も殺さなかった」というのは象徴的だ。
彼は世界をひっくり返して我が物にしようとしたのではない。
彼は、彼女が望む世界を実現させたかったに過ぎない。

愛する人をネット上に存在させて生きながらえさせたい。
その思いは間違えていないのだろう。
汚染された環境を改善し、本来の健康的な体を再生させたい。
その思いは間違えていないのだろう。
レベッカ・ホール扮するエヴリン・キャスターが望んだことは、女として科学者として間違えたものではない。
しかし、それはやはりダメだったのだ。

そのことに気づかせるために、RIFTが設定されているし、FBI捜査官が置かれている。
だから、この映画はSFとしての緻密さや広がり、警告じみた教訓もあまり描かれてはいない。
この映画はラブストーリーなのだから。




コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« her 世界でひとつの彼女 | トップ | アナと雪の女王(V/吹替) »

コメントを投稿

映画(た)」カテゴリの最新記事