secret boots

ネタバレ必至で読み解く主観的映画批評の日々!

少年は残酷な弓を射る

2012-07-18 22:12:07 | 映画(さ)
評価点:86点/2011年/イギリス/112分

監督:リン・ラムジー

予想以上に、原作に忠実な映画化。

エヴァ・カチャドリアン(ティルダ・スウィントン)は朝起きたとき自宅に赤いペンキがべっとりと塗られているのに動じずに見つめいた。
彼女の心に去来するのは、夫との懐かしい日々、そして息子の16歳の誕生日三日前の朝の様子だった。
彼女は無表情のまま、新しい職場を探すべく、旅行代理店の面接へと向かう。
彼女の心は、再び息子のケヴィン(エズラ・ミラー)が生れる前へと移っていく。

数ヶ月前に単館上映の映画を見に行ったとき、予告編をみて興味を持った。
原作があると知り、発売日に本屋に走り、読み始めた。
ほとんど予備知識なしに読み始めたので、そこには驚きがあった。
けれども、この映画の鑑賞については、もちろん話の全容を既に知った状態で見た。
よって、映画単体での鑑賞はできなかったので、原作を読んでいない人とはずいぶん違った印象を受けただろう。
シーリア(映画ではセリア)が眼帯をしているシーンで僕は泣きそうになったけれど、その意味も多くの観客は分からなかったはずだ。

この映画は説明的な描写や台詞がほとんどない。
その意味で物語を知らない人にとっては何が起こっているのかすら把握するのが難しいかもしれない。
映画を見ることに慣れていない人は、面を食らうか、もしくは「期待はずれ」とがっかりするかもしれない。
けれども、何が起こっているかはすべて画面にあふれている。

ケヴィンが何を起こしたのかを見つめるためには、きっと想像力が必要だ。
多くの人が誤解したように、ケヴィンの内面はそう簡単に見せてくれはしない。
だからこそ、覚悟を持って映画館に行ってほしい。

もし見に行って、不満なところがあったなら、僕の下の記事を読んでもらえればと思う。

▼以下はネタバレあり▼

原作との比較はしたくない。
原作との比較をしても、マニアックになっていくだけで、あるいは差異を見つけ出すだけで何も生産性がないと感じるから。
けれども、どうしても僕は映像にこめられた意味を原作で補ってしまったことは間違いない。
だから、この批評も少しそういうフィルターが通されていることはまず断っておこう。

この映画の監督(兼脚本)がすごいところは、映画という〈語り〉をよく心得ているという点だ。
物語は大きく過去と、現在の二つを交互に描いて展開していく。
それはあたかも、(原作と同じように)語り手が現在から過去を振り返り語っているかのような展開である。
だが、実際にはエヴァは何も語らない。
彼女の現在から過去を振り返るようなナレーションは一切入らない。
下手な映画監督なら、きっとすべて夫フランクリンに対する手紙という原作と同じ形式でエヴァに語らせたことだろう。
けれども、この監督はそんな野暮なことはしない。
なぜなら、観客はそんな言葉による説明をしなくても十分理解できるだろうと確信しているから。

だから、この映画を見終わって不満を漏らす人が少なからずいるだろうと想像する。
特に、ケヴィンがあの「木曜日」になにをしていたのかを明かしてくれるはずだと心待ちにしていた人にとってはラストは非常に物足りないだろう。
けれども、この監督があのスクールシューティング(学校での銃乱射事件)を克明に描いたとしたら、それこそ「ケヴィンが指摘したとおりの状況」が生れたはずだ。
すなわち、「俺みたいな異常者をテレビを通じてお前ら視聴者は見たいんだ。なぜならおもしろいから。」という状況に陥ってしまう。
それは娯楽映画であり、事件そのものを「かわいそうだ。けしからん」と憤りながらもその指の間から惨状を楽しそうに「消費する」のと変わらなくなってしまう。
この映画はそんなことをテーマに据えたいのではないのだ。

もっと言えば、この映画はケヴィンが起こした事件がどんなものだったのか、ほとんど教えてくれない。
何人の人間が犠牲になったのか、なぜ被害者は体育館に閉じ込められるような馬鹿な行動に出たのか。
どんなメンバーが被害者として選ばれたのか。
分かることといえば、凶器がアーチェリーであること、複数の人間が犠牲になったということ。
用意周到に練られた計画であったということ。
その事件を起こす前に、二人の家族を同様の方法で殺したということ。

なぜ、このような断片的な情報しか与えずに、最も重要であるはずの事件を描かなかったのか。
単純である。
それが「最も描くべきもの」ではなかったから、である。
この映画は見れば分かるように、エヴァとケヴィンの二人がどのような母子関係を築いてきたのかという点にある。
しかも、その視点は終始「母親」からものもである。

僕たちは無条件に母親は子どもを愛するものだと確信している。
それは信仰といってもいい。
それは脅迫といってもいい。
僕たちは、電車などで、あるいは友達の子どもを見て、無条件で「かわいい子!」と褒め称えるはずである。

けれども、それが本質なのだろうか。
母性は無条件に人間に備わっている、本能なのだろうか。
これだけ児童虐待が事件となり、育児で鬱になる母親が増える中で、本当にそれは自明のものなのか。

あるいは子どもは生れもって聖なる存在、善なる存在なのか。
僕たちはそれを巧みに隠している。
そういう話題については「タブー」であり、人種差別よりもそういう話題を口にすることを嫌がる。
そう、まさに「子どもがかわいくない」ということは人間でないような、そういう強い忌避である。

本当なのだろうか。
この映画が説得力があるとすれば、そういう問題について僕たちはあまりにも語ってこなかったからではないだろうか。
そして現実に「ママ」よりも「パパ」よりも先に「いやだ」ということばを口にする子どもがいたとしたら。
六歳になるまでずっとオムツをはいたままで、母親を困らせるためにそうしているような、そんな子どもだとしたら。

だが一方で、子どもは感じていた。
この母親は、自分のことを心底愛しているわけではないのだと。
エヴァは子どもを授かったとき、自分の体型を鏡で見るたびにいやな気持ちになった。
そして生れたときも、うれしそうな顔ができなかった。
なぜなのだろうか。

ボールを返しても返ってこない。
いつまでもトイレを自分で行かない。
私の部屋だと、地図を張り巡らせた部屋をペンキでぐちゃぐちゃにしてしまう。
幼い妹を使い走りにする。
何に対しても興味を持とうとしない。
違和感だった子どもに対して、次第に不安感になり、悪意すら感じるようになる。
それが、セリアの左目失明だった。

セリアはなぜか漂白剤を目に入れ、左目を失明してしまう。
救急車を呼んだのはケヴィンだった。
エヴァはセリアがケヴィンにそそのかされて漂白剤を目に入れたのではないかと疑う。
普通ならありえないだろう。
けれども、そういう疑いを母親が持つほど、ケヴィンは悪意をもった子どもだったのだ。

彼は自分の弓で同じ高校に通う高校生たちを射るという事件を起こす。
なぜだろうか。

それを紐解く一つのヒントは、母親のパソコンをクラッシュさせたときに言った一言にあるだろう。
「意味はない。それが重要なんだよ」
彼がなぜ高校生たちを惨殺したのか。
しかも、その前に自分の父親、妹も殺している。
それを問うた、母親にこのように答える。

「わかっていたつもりだったんだ。でも今は違う」
母親はそこでようやく彼と抱擁を交わす。
二人は少しだけ分かり合ったのかもしれない。

ケヴィンはすべて母親に対して悪意を貫くことで生きてきた。
楽しいことを楽しいとも思わず、うれしいことも彼にとっては何もうれしいことではなかった。
彼には興味や好奇心など何もなかった。
彼は悟りきって生きてきた。
だから、戸惑いなくクラスメイトを射ることができたはずだ。

けれども彼は口にする。
妹を、父親を、なぜ射たのかわからない、と。
それは、彼が揺れ動いているということの何よりの証拠だ。
それまで全く悩まず、自分自身の生き方を貫いていたにも関わらず、彼はようやく揺れたのだ。
「わからないこと」が生れたのだ。
しかも、自分の行動について。

抱き合ったとき、彼は何をつぶやいたのだろう。
彼女は何を聞き取ったのだろうか。
原作ではそれが明かされている。
それをあえて僕たちには明かさずに、ティルダ・スウィントンの表情だけで描こうとしたことに僕は感動を覚える。
観客と役者を信じなければきっとそれはできなかったはずだから。

エヴァはすべてを失った。
妹も、夫も、仕事も、家族も。
そして彼女は何を得たのだろう。
息子を本当に分かっていたのは、うわべだけの関係だった父親ではないだろう。
彼女は、ケヴィンを愛するようになるまで、多くのものを失った。
ケヴィンも、多くのものを失った。
その意味で彼女は、誰よりも深くケヴィンを愛したのかもしれない。

この物語は、「ケヴィンと真剣に向き合うまでの物語」なのかもしれない。

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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (カラス)
2012-08-01 23:59:30
ダークナイトまだ?
返信する
アップしました。 (menfith)
2012-08-05 22:40:41
管理人のmenfithです。
「おおかみこどもの雪と雨」見てきました。
近々アップします。

>カラスさん
コメント返信遅れました。

アップしました。
こんなんでいかがでしょうか。
返信する
すっきり (ゴギギ)
2017-03-05 23:02:48
レビューを読んで全て納得しました。自分もほとんど同じ意見です。言葉にできない部分も保管していただいた気分ですありがとうございました。
返信する
コメントありがとうございます。 (menfith)
2017-03-07 21:13:56
管理人のmenfithです。
仕事が立て込んでいます。
徹夜するほどにはなっていませんが、なんだか危険なカヲリがしてきました。

ここがすぎればちょっとましになると思うのですが。
3月はちょっと映画館に行きたいと思っています。

>ゴギギさん
コメントありがとうございます。
こういうコメントを読ませてもらうことで、また何とか記事を書こうという気持ちになります。

少しでもお役に立てて光栄です。
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